魔法使いとブリード教 6
© 2019 sasori_bi クランカイトの双子の片割れ、フローレイン・アステリアだ。右が金色で、左が水色。そんな、左右で異なる不思議な瞳を持っていた。
しかし、彼女がやってきた直後、時計塔の鐘の音が鳴り響いた。ほとんど同時に教師が教室へやってくる。フローレインは慌ててユージオの隣に腰掛けた。
「――静粛に。魔術学の授業を始めます」
クランカイトは可笑しそうに隣で声をひそめて笑っている。ユージオは居心地の悪い思いで、両隣に挟むように座った双子に呆れた。
フローレインは口元に手を当ててひそひそ声で話しかけてくる。
「カイトが言ってた、私を助けてくれた男の子だよね?」
尋ねられたユージオは、横目でクランカイトをじろりと睨んだ。おおかた彼の親と同じように、綺麗にまとめた話でも聞かせたのだろうと思ったからだ。
フローレインは気にせずさらに言葉を掛けてくる。
「昨日はありがとう。私、なんだか失敗して大騒ぎさせちゃったんだけど……あなたのおかげで火傷も怪我も全然しないで済んだ」
クランカイトとは対照的な、陽だまりのような和やかさの少女だ。異端の子供にそんな態度で接して来る人間はいないため、ユージオはますます居心地の悪い思いになる。
「私、フローレインって言うんだ。レインって呼んで。あなたは?」
きっとまだ彼女はユージオがそういう外れ者だということを知らないだけだろう。冷静な気持ちでそう思いながら。
「……ユージオ」
「本当にありがとう、ユージオ」
フローレインの満面の笑顔に、ユージオはいたたまれないような気持ちで返事もせずに俯いた。
「礼拝堂に住んでるんだよね。何か特別に戒律とかがあるの? なんかすっごく厳しそうだなあと思ってるんだけど、遊びに出掛けてたりとかしていいの?」
「え……別に、聖職者以外の普通の信徒と変わらないと思うけど。遊びに……は、門限を破らなければ」
「本当? それなら放課後、屋台に何か食べに行こう。私今日、お財布忘れちゃったから、全部カイトに出して貰うことになるけど」
「ああ貸してやる。後で利子つけて耳揃えて返せよ」
「横暴!」
「ところで、楽しそうに話してるとこ悪いけど」
ユージオが何かと視線を向けると、クランカイトは教科書を広げて前を見据えたまま。
「見られてるぞ」
その言葉にさっと緊張を走らせたユージオとフローレインは、口を噤んで慌てて教科書を広げた。
教壇にいる教師はこほんと一つ咳払いをすると、私語については咎めず授業に戻った。
「では、魔術学についての基礎知識は先日の授業の中で説明した通り。四元素ごとに異なるそれぞれの魔術式を基礎として、想定する結論を導き出すための算式を加えて陣を形成し、術を発動させます。これは――」
ほっと胸をなで下ろすユージオとフローレインを横目に、クランカイトは可笑しそうに目を細めて微笑むのだった。
「そういえば昨日のユージオのあれは、魔法じゃなくて魔術だって言ってたよな」
授業が終わって教科書を片付け始めるユージオに、クランカイトは思い出したように尋ねてくる。
ユージオはまだ蒸し返すのかという顔をしながらクランカイトを見た。授業中、おかげで周囲からの視線が痛かった。フローレインも興味深そうな視線を送ってくる。
「魔術学的にはどういう式だったんだ? 四元素の『水』の魔術式を使ったわけじゃなさそうだったけど」
「基礎は『気』の魔術式だ」
魔術学の授業でやったように、魔術の基本は四元素を操るものだ。気・水・火・地の四つに分かれ、それぞれで陣を形成するための魔術式が異なる。
火を消すなら水を。そう思うのは無理もないが、あの時のユージオはそうしなかった。
「火は酸素を取り込んで燃える。だから、陣の内側の酸素を全部排出して燃焼を抑え込んだ。陣の外に風が吹いたのは、たぶん、その――気圧差ができて起こった軽い竜巻――いや、暴風? だと思うけど」
ユージオ自身も思いがけない反作用だった。魔術の下手がすぐにわかる結果だ。完全な魔法や魔術にはあのような反作用が伴うことはないので、魔術を使ったユージオ自身、あの結果を見て内心かなり焦った。陣がもう少し完全であれば、あの空間が完全に隔絶されて、暴風が起きることもなかっただろう。
だから、聖職者たちがあれほど怒り狂うのも、完全に八つ当たりというわけではなかった。いや、ほとんどはそうだろうが、その中の一割ほどは、確かにユージオにも非があった。そして、前もってその可能性を頭のよぎらせながらも、やはりユージオはあの時魔術を使ってしまったのだった。
気まずい思いで呟くが、当のフローレインはけろりとしたものだ。
「そういえば私、あの時ちょっとの間だけど息ができなくて、何が起きたのかと思った」
「水もないのに消えたから、どういう魔法なのかと思ったな」
教科書一式を持ってユージオが歩き出すと、その後ろで二人は口々に言いながら着いてくる。
なぜ一緒に来るんだ――と思いながら、ユージオはやむなく話を続けた。
「逆に、消火のために水をそこに出現させようと思ったら、周囲の大気の中から水分を全部集めてくる魔術か、または完全に無から水を生み出す魔法だろうな」
「大気の水分を集める魔術はなんで使わなかった?」
「礼拝堂の中はいつも火の気で乾いているから、どのぐらい水を集められるかわからなかった。魔法は……魔術より高度だ。失敗したらと思ったし、あの時は人を巻き込む可能性が高かったから」
それに、とユージオは気まずい思いでぼそぼそと答える。
「女の子に頭から水被せるのもちょっと……」
「嫌がらせみたいだしな」
「うるさい」
やってもいないのに悪さをしたような気持ちになって、ユージオは顔をしかめてクランカイトへ冷たく言い放つ。
フローレインは小難しい顔ながら、感心したような声を出す。
「ユージオ、難しいこと知ってるんだね。私、半分ぐらい何喋ってるのかわからなくてごめん……」
クランカイトはそれとは逆に胡乱げな目つきで横に並んでくる。
「実は履修めちゃくちゃ詰めてるだろ。上級生向けの授業まで取ってると見た」
言い当てられてユージオは言葉に詰まる。火を使った燃焼実験は初等学校の上級生向けの授業内でしかやらない。何しろ礼拝堂にいる時間が少しでも短い方がいいので、空いている時間に手当たり次第、授業を詰め込んだ。結果的にそれは魔術式を作るための基礎知識になったわけだが。
「い、いいだろ別に、何取ってもいいって言われてるんだから」
「後で履修表写させて。俺のも見せるから」
「何でだよ、あんたの履修なんか興味ない」
「お前がなくても俺はある」
「金持ちはこれだから……」
手前勝手な言い分にユージオはこめかみを押さえた。この男と話していると頭が痛くなってくる。美しい外見で中身はとんだ傲慢ぶりだ。
「仲がいいね。私全然知らなかったんだけど、カイトとユージオはいつから友達になったの?」
呑気なフローレインの問い掛けに、ユージオはぎょっとしながら「なってない!!」と即答する。しかし、それとは対照的にクランカイトは落ち着き払って「昨日」と断言した。
フローレインが食い違う答えに怪訝な顔をする。
「友達じゃないってユージオ言ってるけど」
「そう、俺の一方的な片想い」
「か……うるさい。っていうか、何であんたらはついてくるんだ」
ユージオは我慢に堪えかねてやっと疑問を尋ねた。しかし、クランカイトはまったく動じずに尋ねてくる。
「次の授業、何」
「え……国語」
「それなら同じだから、一緒に受けようよ」
フローレインも同様に退かなかった。嫌だ――と答えようにも、悪意のない少女に対して冷たく突き放すのはどうしても良心が痛む。クランカイトだけなら冷たく突き放すのが楽なのに。
結局完全には拒絶しきれず、ガレシア国の共通語の授業の教室でも、ユージオはやたら派手な容姿の双子に挟まれることになった。
もちろんそれは双子と同じだけ自分も人目を引く原因になった。たくさんの視線が真ん中にいるユージオへと集中する。これだけあからさまな視線に晒されることがないので委縮してしまう。さらに、もともとユージオを快く思っていなかった同級生までもがその光景を見ていた。
彼らは聞こえよがしに大声で笑う。
「おい、アステリア兄妹が異端と一緒にいるぞ」
その言葉を筆頭に、くすくすと嘲笑が交わされる。ユージオはむっすりと不機嫌顔のまま押し黙った。言われるであろう可能性は予想していたので、取り立てて驚くことはなかったが。
「一体どんな手を使ったんだ?」
「黒魔女の息子は、他人を惑わす魔法の使い方でも知ってるんだろ」
「違いない。そうでもなきゃあの兄妹に相手になんかされねえだろうからな」
確かに、とユージオは内心で同意した。
あんな事故でもなければ、自分が彼らと口を利くことはなかっただろう。家柄からしてあまりに違い過ぎる。そんな遠い存在だ。だからこの状況は、彼らのほんの一時の気紛れなのだろうと思っている。
授業の準備をしながらユージオは反論もせずに黙っていた。クランカイトが物言いたげに横目で視線を寄越す。それを敢えて無視していると、彼らはますます声を大きくした。
「昨日みたいに、いきなり魔法で何をし出すかわからない異端の孤児なんか、誰も相手にしたくないよな」
礼拝堂内で魔法を使ったことを言っているのだろう。あの混乱で気付いていない人間もいるが、ユージオの仕業だと気付いた者ももちろんいる。どうやら彼らは後者だったようだ。
急にガタンとけたたましい音が鳴り響く。ユージオのみならずその場の皆が驚いていると、隣の少女が動いた。
「――勝手なこと言うな!!」
フローレインの鮮烈な声が教室中に響いた。
よく通る声だ。思わず聞き惚れたが、フローレインはずかずかと悪口を聞かせていた少年たちに詰め寄っていった。我に返ったユージオは、戸惑いながらその後ろ姿を見る。
「な、何怒ってんだよアステリア」
「人間に魔法は掛からないって先生が言ってたじゃん。火の加護があるから、人間に直接魔法を掛けることはできないって。君たちは先生の話の何を聞いてた?」
それに、とフローレインは机に思い切り手のひらを振り下ろした。バン、と短く一度、激しい音が鳴る。教室中がしんと静まり返った。
「友達ぐらい自分で選ぶ。それで、昨日私を助けてくれた恩人と、聞こえるように陰口言うような性根の曲がった同級生だったら、私は恩人を選ぶに決まってる。だって、何もしてない同級生の悪口言う友達なんて私は要らないし!」
周囲の少年や少女たちがざわめいている。困惑しながら、喧嘩かと囁き合う。その様子を見て、そろそろユージオは誰かが監督者を呼びにいくのではと考えた。
騒動の仲裁は大人の役割だ。しかし、そうなればフローレインは揉め事の中心人物として呼び立てられるだろう。そして、間接的に発端になった自分もだ。
そうなれば今日こそ折檻は免れないだろう。そう思って渋々立ち上がろうとすると、先に隣にいたクランカイトがするりと動いた。
「ユージオが悪いと思ってる君たち自身に、全然非がないと思ったら、その考えは大間違いだ! ひとの悪口言う前に、自分の悪いところを直したらどう!? 君たちが自分の悪いところがどこだかわかるぐらい、ユージオみたいに賢ければの話だけどね……!!」
「そこまでにしとけ、レイン。うるさい」
クランカイトがフローレインの肩を掴んで自分の後ろに引っ張り戻す。フローレインは急に水を差されて冷静になったのか、目を丸くして黙り込んだ。そのぐらい、クランカイトの声音は落ち着き払っていた。
絶妙なタイミングに、ユージオは思わず感心してしまった。
クランカイトは相手の少年たちににこりと微笑みかける。
「血の気の多い妹で悪いな。髪の毛焦がすようなうっかり屋の馬鹿だから、許してやってくれるとありがたい――が」
このまま穏やかに事態は収まるのでは。
そう期待しかけたユージオは、クランカイトの笑顔が翳ったことに嫌な予感がした。しかし、なおも言葉を重ねようとするクランカイトが一体何を言い出す気か、すぐに判断できるほどの理解はなく。
「それにしても、他人を貶める暇があるとは羨ましい。あいにく俺らは忙しくて、他人の粗を探して足を引っ張ってる暇なんかなくてなあ」
くす、と口元に手を当てて笑みを零す、その笑顔は溢れるほどの悪意に満ちていた。それを見た瞬間、あの男は――とユージオは心底頭を抱えたい思いになったし、実際俯いてこめかみを押さえていた。
「暇人に付き合ってられないんだよ」
少年たちはフローレインの威勢とクランカイトの毒舌に圧倒されたか、ぽかんと口を開けて反論もしなかった。
そんな彼らをまるっきり無視した男は、ユージオのもとへ悠々と戻ってくる。その片腕には首根っこを掴まれたフローレインが、クランカイトに連れられて大人しく戻ってきた。
素直に礼を言う気持ちになるはずもなく、ユージオはげんなりと暗い顔色で咎める。
「いい笑顔で煽るなよ……」
「あっわかってくれた。そうそう、カイトって性格悪いよね、今まで親に言ってもわかってくれなかったんだよ。カイトの根性が悪いとこ」
フローレインがそう言いながらユージオの隣に座る。その反対の席へ「褒め言葉をどうも」と言いながらクランカイトも座った。さっきの今で、どうあっても挟んで座る気なのかこの双子は――と言いたい気持ちだった。
どっかりと座ったクランカイトは、隣で腕を組んでふんぞり返る。
「本当にユージオが黒魔女の息子で、人心を操る魔法が使えるんだったら、あんなちょい下手魔術にならないよな」
「うるさ……あんた俺に喧嘩売ってないか!? っていうか馴れ馴れしく呼ぶな」
「じゃあユージオ様」
「何でだ!!」
「ほらみろ」
やっぱり怒るじゃないか――と言うクランカイトに、ユージオは急に黙り込んだ。
その、と口籠る。二人はけろりとしていたが、ユージオにしてみれば自分に関わったことで悪く言われるのは気分がいいものではない。自分だけ言われるよりもはるかに気が重くなる。
「やっぱりあんたら、俺に構わない方がいい。別に今回が珍しいわけじゃない。今度はあんたらまで異端だなんだと言われるようになるぞ」
そう遠ざけるような言葉を口にするユージオに、二人は顔を見合わせて、
「「関係ない」」
そうきっぱりと言い切った。
ユージオは目を丸くする。双方の顔を代わる代わる見ていると、フローレインは真剣な顔で言った。
「私は売り言葉に買い言葉で言ったわけじゃない。友達は自分で選ぶし、周りにどうこう言われる筋合い、全然ない。ユージオに言われたってそれは同じだ」
クランカイトも真顔で言い切る。
「俺は人見知りだから、せっかく本音で話せる奴ができたのに離れるのはちょっと」
ユージオは目を眇めて「笑うところか?」と尋ね、フローレインは「カイトはすぐ適当なこと言う」と呆れた声を出した。当のクランカイトは悪びれもせずに微笑む。その本心はよくわからなかったが。
「――俺も、俺の好きなようにするだけだ」
その横顔は悪意の欠片もない、優しく美しい微笑みだった。
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