異端者達 1
© 2019 sasori_bi 三人で一緒に行動するようになって、数ヶ月が経った。
拾ったカラスの雛、ネヴィンはあっという間に飛べるまでに成長し、三人の上空をいつも飛び回っている。
ちなみに餌については、
「虫だけじゃなくて木の実とかも食べるらしいじゃん。カイトの嘘つき」
とフローレインが文句を言いながらも、きちんと虫を攝子で摘んで与えたりしていた。虫への嫌悪は克服したようだ。森で拾った木の実の殻をむき、上空のネヴィンに向かって頻繁に放っている姿も見る。
ついでというべきか、ネヴィンはユージオやクランカイトにもよく懐いて、肩や頭に止まることも多かった。やむを得ずフローレインと一緒に木の実を放ったりしていた結果だろう。
湖のほとりで、ユージオが上空に向けて手を差し伸べれば、その指先にネヴィンが降り立つ。その羽は野生のカラスたちと比べて明らかに艶やかで、フローレインの丹念な世話の甲斐が見えた。
フローレインによると、どうやらネヴィンの意思はそれとなく伝わってくるらしい。空腹時などには餌を要求してくるため、さほど世話の苦労はなかったという。魔法の中には動物との意思疎通が取れるものがあるので、おそらくフローレインの魔力が働いた結果なのだろう。
「俺は全然、何考えてるかわからないんだけど」
「たまに、空から見た綺麗な景色とか見せてくれるよ。こう、頭の中にパッと映像が浮かぶの。不思議な感じだけど」
ユージオは「へえ」と感嘆を上げる。隣でクランカイトが首を横に振っているところを見ると、やはりわからないのが普通らしい。フローレインしか意思疎通できないようだ。
腕を軽く振り上げると、ネヴィンが再び空へ飛び立った。
「種は?」
「ほら」
まだ魔法の実験の最中だ。クランカイトに差し出された種を、ユージオは両手で握り魔力を込める。
ぱらぱらと土に落とすと、その種は土に触れた瞬間に緑の芽を出し、瞬く間にツルを伸ばしていく。植物を操る魔術だ。うまくいったようだ。
二人と遊びながら覚えたおかげでというべきか、ユージオの魔術は反作用がほとんど抑え込めるようになっていた。みるみるうちに思った通りに伸びていく植物は、獣を捕まえる時などに便利そうだ。
「――詠唱なしでもほぼ完璧だな」
クランカイトはそのツルの端を摘みながら言った。
詠唱は大規模な魔法を構築する時や、魔法を安定させる時に勝手のいい言霊になる。例えるなら算数で書き残す途中計算のようだ。子供のうちは詠唱を使った方が魔法を安定させやすいので、授業の中では使うことを奨励されている。しかし、大人になるにつれ詠唱は魔法を使うのに手順が増えるというので使われなくなる傾向にある。
ユージオも魔術の際にはすっかり詠唱の必要がなくなった。
「魔術の時はな。魔法はまだ」
草むらにごろごろと寝そべっていたフローレインが、急に起き上がって言う。
「私は魔術の方が却って使いにくいかな。色々と制限があって不便っていうか、理屈っぽいっていうか。魔法だと制限がないし思った通りのことができるから楽な気がする」
と言いながら、何もない空から突然ツタの種をぱらぱらと手のひらへ降らせる。見事なものだ。
ツタの種を受け取るユージオは感心しきりだ。
「今のところ、同級生の中で一番の魔法の使い手はレインだな」
「そうだな、さすが破壊神。特に失敗魔法の規模なんかもダントツ」
「なんでそう余計なこと言う?」
派手に魔法を失敗して、学校の校舎の一部を壊した事件は記憶に新しい。幸い怪我人は出なかったし、壊した箇所もすでに元通り直してあるが、あれ以来クランカイトはフローレインを破壊神呼ばわりだ。
何度目とも知れないクランカイトの憎まれ口に、フローレインは仏頂面になる。危うく声を出して笑いそうになったユージオは、すんでのところで手で口元を押さえて堪えた。
「ところでレインお前、今日は料理の手伝いだとか言ってなかったか? 帰らなくていいのか」
「あっ!」
「まだ間に合うなら急いで帰った方がいいんじゃないか。怒られるぞ」
フローレインは顔色を変えてすっくと立ち上がった。慌てた手つきでローブについた草や土を叩き落とし、草の上に置いていた鞄を拾い上げる。
「忘れてた、ありがとう! 今日はもう帰るね、ユージオまた明日!」
大きくぶんぶんと鞄を振って駆け出していく後ろ姿を、ネヴィンが滑空して追って行く。あくまで主人はフローレインのようだ。
ユージオはひらひらと振っていた手を下ろし、片膝を立てて頬杖を突いた。フローレインの姿が見えなくなったことを確認して、思わず小さく零す。
「……料理なあ」
「レインに跡を継がせる気はないらしい」
クランカイトはそうにべもなく呟いた。ユージオはその横顔を覗き込む。何をわかりきったことをと思った。
「両替商か? あんたが継ぐんじゃないのか」
「どうだろうな。まあ皆そう思ってはいるんだろうが」
家業なのだからクランカイトかフローレインのどちらかが継ぐことになるだろう。だが、男がいるのならそちらが優先的に継ぐと考えるのは自然だった。クランカイトがいるのに、わざわざフローレインが家に残る必要もないと考えるのも。
クランカイトが何をきっかけにそんな話を始めたのかは、ユージオにも薄々わかった。
「料理の手伝いってのは、要するに花嫁修業なんだろう」
「だろうな。……想像できないな。十年後もこうして、三人で一緒にいるんじゃないかと思うのに。そう甘くはなさそうだ」
「バカだな」
「俺にそんなこと言うのはお前ぐらいだ」
くすくすとクランカイトは笑みを零す。確かに彼はこの歳でずいぶん頭の回る小賢しい面がある。フローレインに対してバカだなんだと扱う彼が、逆にそう呼ばれることは少ないだろう。
だが、ユージオにしてみれば、兄妹いつまでも一緒にいたいと願うような子供らしい面が彼にあるとは驚きだ。
「家業を継ぐのが嫌なのか」
「嫌ってことはない。けどたまに、不自由だと思うことはある。やりたいことが見つかったら、きっとそういう期待はしがらみになる」
笑みを浮かべたまま淡々と言うクランカイトの姿を、ユージオは意外に思った。裕福な家庭で育って、歳のわりに頭が切れて口が巧くて、何でもうまく立ち回ってしまう。そんな彼でも不自由だと感じることがあるらしい。
そういう意味では自分の方が自由なのかも知れないとユージオは初めて思った。
「ならレインに継いで欲しいのか」
「それも違うな。でもまあ、目の届くところにいてくれるならそれが一番安心するが。――知ってるか」
クランカイトが翠の瞳をすっと細めた。急に空気が冷たくなったような気がして身震いする。
「レインの魔力のことを聞き付けたか、もう何件か見合いの話が来てる」
「それって……」
「そう、子供に強い魔法使いが産まれる可能性が高い。たぶん貴族や大商人からの申し入れだろう」
ユージオも顔色を曇らせた。完全な政略結婚だ。あるいは金で買われた妻になる。まだ少女という年頃の娘相手に必死なことだ。
「気が早いな」
「まあでも、うちはそこそこ金はあるから。金に目が眩んでさっさと嫁に出されることはないし、そこはまだいいだろうが」
事前に見合いを持ち掛けてくるだけまだいい。そう言うクランカイトに、ユージオも頷いた。
「魔力の高い子供を狙った誘拐ってのも、話に聞くことがあるな」
話ではそういった人身売買の対象として狙われることもあるという。国の治安を守るガレシア軍が取り締まってはいるが、完全に根絶できてはいないという状況だ。
彼女はその身の内にある桁外れの魔力のせいで、どこにでも好きなようにいられる身分ではなくなってしまった。
「俺よりもレインの方がずっと不自由で、気の毒になる」
「そんなこと、本人には言うなよ。レインは思ってもないだろうし」
ユージオがたしなめると、クランカイトが思いがけないという顔をした。
そうかと思えば揶揄するような笑みを見せる。
「俺のことは気の毒に思ってくれないのか」
「カイトを?」
ユージオは目を丸くして問い返した。何の冗談かと思った。
この少年が不自由でみじめな思いをすることなどあるものかと心底思った。
「あんたはその気になったら、どんな手を使っても好きなようにすると思ってた」
そして実際に成し遂げる実行力や頭脳を持っていて、さらにはことを荒立てる性質でもない。正しさを盾にめちゃくちゃに事態を引っ掻き回すよりなら、嘘で全部をきれいに丸く収める方を選ぶ。そういう狡賢さを持っている。そう思っていた。
ユージオがクランカイトのそんな面を買っているということを、彼が知っているかどうかはわからないが。
「違うっていうならがっかりだ」
クランカイトは今まで見たことがないぐらい目を皿のように丸くして――そうかと思えば声を上げて笑い始めた。
腹を抱えて大声でげらげらと笑い転げるクランカイトに、ユージオはひたすら困惑する。ここまで取り乱して笑う姿は滅多に見ることがない。自分の言動の何がそれほど彼の動揺を誘ったのか、とんと理解ができなかった。
笑い過ぎて呼吸が乱れたか、ぜいぜいと荒く息をしながらクランカイトは俯いている。置き去りにされたような思いでユージオはその様子を窺った。
「はー面白い。最高だな……」
「どっか壊れたか、あんた。しがらみで心を病んだっていうならさすがに同情してやる」
「っこれ以上笑わせないでくれ……!」
肩を震わせるクランカイトに、笑わせるつもりはなかったんだがと弁解する気も起こらない。心配してやったのにとんだ杞憂だ。さすがに腹が立ってきてしかめっ面になってくる。
クランカイトは笑い過ぎたと思ったのか、目元に滲んだ涙を拭いながらユージオに笑い掛ける。
「レインも帰ったし、俺らもそろそろ帰るか」
小首を傾げた拍子に、細い金の髪がするりと肩口を滑る。見蕩れるほどの美しさだ。
黙っているとクランカイトが不思議そうに「ん?」と声を出す。ユージオはその声にはたと我に返り、慌てて答えた。
「なんでもない」
そう言ってクランカイト同様に立ち上がると、並んで帰路を歩き出した。
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