異端者達 2

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 巨木の森の中は、日が落ちるのが早い。まだ日が沈み切っていない夕暮れ時ですら、森の中は薄暗く影が下りる。夜行性のコウモリが空に飛び交い始めた頃、それを合図にしたように三人は街へと引き返すのが毎日のことだった。
 しかし、今日はまだ森の中ですらほんのりと光が差して明るい。ユージオはそのことが急に不思議になって尋ねた。

「やけに早く、帰るなんて言い出したんだな」

 まだもう一時は外にいられそうだ。礼拝堂に帰ってもあの陰険な巫女たちに囲まれなければいけないことを考えると憂鬱だ。だから、もう少し外にいてもいいのでは――などという気持ちが完全になかったわけではない。
 しかし、言い出したクランカイトの方も不思議そうな顔を見せた。

「なんか最近、やたら早く帰って来いってせっつかれるんだよな。いつもの時間で帰ると小言が飛んでくるから、たまには早く帰っておこうかと思って」
「何か用事でもあるとか」
「いや。そういうんじゃなくて、見えないところにいられるのが嫌みたいだな。もしかすると金で恨みでも買ったのかも」
「笑えないから止めろ」

 クランカイトの両親は両替商で、金貸しなどの役割も担っている。そういう金に絡んだ職業上、どうしても恨みは買いやすいのかも知れない。
 その恨みの矛先が自分たちの子供に向かうことを恐れるのも、きっと当たり前のことだ。礼拝堂に住むユージオには覚えのないことだが。

「でも、優しそうに見えた」

 礼拝堂に訪れた夫妻は仲睦まじげで、よく笑う愛嬌に溢れた夫人と、落ち着いて理知的な主人で、ずいぶんと似合いに見えた。
 クランカイトの金の髪は父親譲りで、翠の瞳は母親譲りなのだろう。性格はわからないが、どちらかというと父親側に似たのだろうか。彼の父がここまでねじ曲がっているとは見た感じでは思わなかったので、断定はできないが。

「お前の親のことは聞いていいのか?」

 クランカイトが直截に尋ねてくる。気を遣ったところはなく、純粋な好奇心だけが読み取れた。
 はっきり切り込んで来られると気が楽だ。そう思いながらユージオは淡々と答える。

「聞くも何も、人に言わせれば『黒魔女』だそうだ」
「そういうのじゃなくて。覚えてないのか」
「覚えてる」

 鏡を見るたびに思い出す。ユージオと同じ橙色の温かい瞳。夜空の髪もそっくり同じだった。
 優しかった。いつも微笑みを絶やさなかった。華やかではなかったが、欲目でなく奥ゆかしい美しさを持った人だった思う。

「父親は知らない。母さんが一人で、薬師をしながら育ててくれた」

 クランカイトが意外そうに「薬師?」と尋ねてくるのに頷く。
 町外れの小さな家にはいつも薬の匂いが満ちていた。彼女は生薬を煎じながらよく歌を歌っていた。それを毎日子守唄にして育った。異端として外れ者にしておきながら、その腕を信じ、薬を求めて忍ぶようにやってくる人がたくさんいた。

「口癖がろくでもなくて、『毒をもって毒を制す』だった」
「ろくでもないな」
「薄ら笑いで『殴られたら二発殴り返せ』とも教わった」
「黒魔女って言われてるの、そのせいじゃないのか」

 ユージオは反論できずに黙り込む。否定できる要素がなかった。
 それに、どうして彼女が黒魔女と呼ばれているのか、ユージオは本当のところよく知らない。ただ、薬師をしていたあの頃、彼女は少なくとも黒魔女と呼ばれることはなかった。異端ながらも薬師としての腕は信頼されていたと思う。
 ただ、彼女の口ずさむ歌は、いつの間にか聞くことがなくなっていった。そして、それと比例するように彼女の身体は病に侵されていった。

「母さんが死んで、俺のこと見てくれる人なんかいないから、結局は礼拝堂の先生が迎えに来て――でもその後、母さんは黒魔女と呼ばれるようになった。だから呪われて病気で死んだんだと巫女の連中も言い出して」

 そっからは今の状態――と嘆息混じりに呟くと、クランカイトに手を握られた。

「……なにすんだ」

 顔を覗き込んでくるクランカイトを睨む。しかし、彼は怯みもせずけろりと言い放った。

「なんだ。泣いてない」
「泣くわけないだろ。ふざけるな」
「不思議だよな。人間には魔法があるのに、病気一つ治せないなんて」

 クランカイトの呟きに、ユージオは無言で手を強く握り返した。
 神が持つ万能の力を授かったはずなのに、どうして人間はこうも脆い。

「――本当に」

 不思議だ。そう思ってゆるりと目を閉じる。視界を落とせば、指先にあるクランカイトの手の平の感触だけが残った。
 涙は出なかった。ただ、クランカイトの呟きがふと母の声を思い出させた。

 ――魔法みたいに治せればいいのに。

 病に伏した彼女がぽつりと一度だけ呟いた言葉だった。
 動物は魔法の治癒が使える。病だって原因がわかれば除くことができる。なのに、人間だけは聖火の加護に守られて、魔法の力で侵すことができない。魔法による外的な危害からは守られても、身の内を蝕む病に対しては原始的な薬に頼る他ないのだ。

 それは本当に加護なのか。

 その疑念はきっと、聖職者に知られれば異端と叫ばれるような恐ろしい考えであることに、ユージオは薄々気付いていた。けれどもことあるごとに考える。口に出さないまでもどうしても思いを馳せる。
 母を生かしたかったと思う気持ちを思い出すたびに、その考えが付き纏う。

「……手を離せよ」

 クランカイトはぱちりと瞬きした。
 何を考えているのか知らないが、手を握られている。しかし、森を抜けたらもう人通りがある。誰かに見られでもしたら最悪だ。

「泣いて頼んでくれたら考える」
「バカじゃないのか」
「二言目にはそれだ」

 クランカイトは可笑しそうに手を離した。ユージオは掴まれていた手をぎゅっと握り締める。残った体温を手のひらの内に留めるように。
 本当はわかっている。彼なりの心遣いなのだろうと。けれど、思い上がってはいけないと自制心が訴える。こんなことは彼にとって、いくらでも貰えて有り余っているものを他人へ気紛れに振る舞うような、その程度のことでしかない。

「また明日」

 母のことを思い出してしまったせいか、やけに感傷的な気分だった。こんな気持ちで一緒にいたくない。そう思って、森から出た途端に、ユージオは早口に別れを告げた。
 クランカイトはユージオの態度に少しばかり不思議そうな顔をしながらも、ユージオを引き止めたりはしなかった。

「また明日な」

 森を抜ければまだ空は青い。金色の髪が日に照らされて眩いほどに輝く。ユージオは目を細めながらその場から歩き去った。
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