異端者達 20
© 2019 sasori_bi 相変わらず騒がしい場所だと、青年は冷めた気持ちで思った。
王都の中心部に位置する王城内は、まさに議会が開かれている真っ最中だ。貴族やその身内が頻繁に通り掛かる。大抵が侍従を連れて仰々しい。そのたび端に避けて道を譲るが、単に形式的なものでそれ以上の意味はない。
また、王城に勤める召使たちもせかせかと足早に通用路から出てきて廊下を横切る。彼らは青年が軍人であることを確かめると、特に気に留めることなく立ち去っていく。城内の警備で見慣れた姿だ。
青年はそれを横目に、王城の居住区にある客間の一室へと足を向けた。久々にガレシア軍の服を着て肩が凝った。早く脱いでさっさと寝てしまうに限る。そう思いながら、人通りが少ない客間の前まで来ると、部屋に入るのを待たずに制服の釦をおもむろに外し始めた。
そんな青年へ、後ろから男性の声が掛かる。
「――ウルスラ」
咎めるような声だ。それを察知しながら帽子を外して青年は振り返る。
そして、思わぬ姿を目にして何度か瞬きをした。
「あらいやだ。なんて無防備な格好をなさっているんですか、ジオ様。誰かに会ったらどうなさるおつもりです?」
「誰が来るっていうんだ。こんな離れた客間に。人一人見当たらないだろうが」
「そういうことでなく。誰かに襲われたらどうするんですかと申し上げているんですよ」
「頭の痛い馬鹿だな」
お前に身だしなみをとやかく言われたくないと突っぱねて、青年よりも先に客間の中へ戻っていく。青年は平然とその後ろに続いた。
青年――ウルスラは男性の後ろ姿をじっと眺める。普段は括られている夜の海の色をした髪が、わずかに湿ったままほどかれている。湯浴みを済ませてきたのだろう。羽織っているものも華々しいコートでなく、首回りがゆったりしたガウンだ。
その姿で誰かに会ったらどうするのかとやはり思わずにいられないが、今まさに軍服を脱ぎ掛けていた自分が言うのも確かに不適格だ。
苦笑していると、椅子に掛けた男性が訝しげに尋ねてくる。
「それで、何が楽しくて軍人の真似事をしているんだお前は」
「真似事も何も。時間を持て余したので古巣に立ち戻っただけですが、似合いませんか?」
「似合う似合わないで軍人になるのか、お前は……」
ウルスラはこめかみを押さえる男性の下に跪いて、その手を取った。
手の甲に口付ける。そんなウルスラを青い瞳でじろりと見下ろして、男性はつっけんどんに問いを投げてきた。
「耳飾りはどこの寝所に忘れてきた?」
顔を伏せていたウルスラが、男性の死角で軽く目を瞠る。目ざといというか、そんな細かい変化を気に留めてくれるとは思わなかった。
ウルスラは顔を上げ、含んだ笑みで尋ねる。
「おや。……気にして下さいます?」
「ない」
「ええー。期待を持たせておいて」
一瞬の迷いも感じさせない即答に、ウルスラはあからさまに残念がった声を上げながら立ち上がった。男性が座る椅子の背もたれにしなだれかかる。
「今日は人攫いに遭った子供らの救出に行ってきましてね。といっても誘拐犯が異端だっていうんで、そりゃもう気分の悪い結末になりましたけど」
「誘拐?」
「両替商の子供ですって。天使か人形かってぐらい綺麗な見た目して、なんだかへんてこな双子でしたよ。片方は化け物じみた魔力の量の女の子で、片方は魔力が濁っている男の子っていう」
「覗き見たのか」
「見えちゃうんです。必要に迫られた結果ってやつですよ。ご不快でしたらどうかご容赦を」
「いや。……いい。優れているのはいいことだ」
困ったように笑うウルスラの、必要に迫られたという背景事情を知っている男性は、気まずそうに賛辞をくれた。
いつでも不機嫌そうに眉間に皺を寄せてしかつめらしい顔をする男性が、気を遣うような言葉を掛けてくれるのが可笑しくて、ウルスラは口元を押さえる。にやける口元を隠さないと怒られそうだと思ったからだ。
笑みをごまかしながら話を続ける。
「ちなみに俺のイチオシはもう一人の、濃藍の髪の少年ですね。ちょっとちょっかい掛けようとしたら、綺麗な方の少年にものすごく警戒心をむき出しにされましたけど」
「お前が警戒されるような不審な真似をしたんだろう」
「濡れ衣もいいところですよ」
心外という声で反論したが、男性は不審の眼差しを向けてくる。少年趣味を疑われているようだが、身に覚えがない。
「それでもって、耳飾りはその子にあげちゃいました。失くしたっていうから。ついでにちょっと唆しても来ましたけど。色っぽい話じゃなくて安心されました?」
悪戯っぽい問い掛けに返ってきたのは、男性の呆れたふうな目つきだった。
「趣味で状況を引っ掻き回すな」
「でも、どうするか選ぶのはあの少年です。俺はその余地をあげただけで。少年が敬虔なブリード教徒であったら、俺の言葉なんてあってないようなもんですよ」
二度と会うこともないだろうが、何の疑問も抱かずに大人しく司祭の言うことを聞いて、耳飾りを手放すような少年なら、むしろ忘れた方がいいというものだ。ウルスラの言葉に耳を傾けるとしたら、それはブリード教に対して全幅の信頼を寄せてはいなかった場合だ。
年齢に似つかわしくない、利発そうな少年たちだった。――きっと下手を打つことはないだろうと思いながら。
嘆息混じりにウルスラは付け加える。
「そういえばあの子供たち、どうやら誘拐犯を庇いたかったみたいでしたね。どんな理由があったか分かりませんが」
「身の上を聞いて、同情でもしたか」
「そんなとこかも知れません。……売られてどんな目に遭うのか知っていたら、そんな悠長なことできないと思いますけど」
「経験者の意見か?」
「俺? 俺はむしろ、魔法兵になって良かったですよ。結果的にはあなたに拾って頂けましたから」
「結果論だ」
素っ気ない男性の言葉に「俺は前向きなんです」と迷わず答えてウルスラは笑う。
そうして、どこか色めいた含みの仕草で、後ろから男性の首元に纏わりついた。
「それで、働いた犬にはご褒美を下さい。……魔法禁忌に関する情報統制の現状について調査しに、ガレシア軍内部への密偵に入った報告を、ぜひ閨中にてさせていただきたく」
耳打ちするウルスラの低くなった甘い声音に、男性は険しい顔つきで舌打ちをした。もともとの眉間の皺がさらに深くなる。
「……うるせえ」
「あっはっは。俺のご主人様は口がお悪くていらっしゃる」
上機嫌に笑うウルスラの腕を払いのけながら、男性は冷たく吐き捨てた。
「お前の主人になった覚えがない」
「ではお義父様と?」
「気色悪いから止めろ。『ロードレッド候』」
怒りを帯びた低音で、言い含めるようにウルスラへと言う。それでもウルスラが怯む素振りもないと見て、男性は溜め息混じりに頭を抱えた。
「女の寝所に忘れて来た方がどれだけましか。お前がそんなだから、俺は愛人を養子に取ったなんて言われる羽目になってるんだ」
「何か語弊がありました?」
「大ありだ。……おい、近い」
「ジオ様。なにとぞ、御聴許のほどを」
男性の前に立って、椅子の肘置きに両手を置くと、ウルスラは悩ましげな顔つきで懇願する。
それがまるで耳を垂れた犬か何かのような悲哀を感じさせて、男性はぐっと拒否の言葉に詰まった。この上なく苦々しく呟く。
「犬の躾を間違えた……」
それを是と見なして、ウルスラは遠慮なく男性の額に口付ける。男性がウルスラからそういう顔で迫られることに弱いぐらい、とうに承知の上だ。
男性の反応を見てしたりというようにウルスラは笑う。うやうやしく男性の手を取って、その手を導いた。
「では早急に。イージアス・ウィンデル様」
名前を呼ばれた男性――イージアス・ウィンデル。ロードレッド領領主、またはロードレッド辺境伯――は、冗談めかして畏まるウルスラへと、吐き捨てるように低く呟く。
「……堪え性のない」
「若いもので。あなただってまだお若いでしょうに、そんなに眉間に皺を寄せて。勿体ない」
「余計な世話だ」
ウルスラ――サクラ・ウルスラグナ・ウィンデルは、イージアスの言葉に笑みを深めた。
しかめっ面で正装を纏う彼の姿は、歴々の貴族たちに劣らぬ風格がある。実際の彼の年齢からすれば、周囲と比べても若輩の部類に入るはずだが、城内でもその立場にふさわしいだけの発言力と地位を持ち、一目置かれていた。
自分以外誰も知らない。貴族の装いを取り払った彼の、年相応の面など。
ウルスラはそんな密やかな優越感を胸の内に留めながら、客間の奥にある寝台が据えられた部屋へと、イージアスと連れ合って姿を消した。© 2019 sasori_bi
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