魔法使いの青少年 20
© 2019 sasori_bi 結局、一度目の転移魔法でユージオの魔力が切れ、帰りは歩いて帰ることになった。厳密には底をついてはいないが、もう一度転移魔法を使えるほどの魔力は残っていないというのが正しいか。
フローレインと別れて、すっかり晴天を取り戻した森を二人、散歩がてら歩いて抜ける。道中、あまり会話はなかった。唯一話したことといえば、思い出したようにクランカイトが呟いたことだけだ。
「あ、そういえばネヴィン……」
一緒に森に来たはずのネヴィンの姿がなかった。試しに上空を見上げるが、やはりそこにも鳥の影すらなく。
――まさか、付いて行ったのでは。
揃ってそんな最悪の想像をしていたが、口から出たのはまったく違う言葉だった。
「は、腹減ったら、帰ってくるだろ」
「……そうだな……」
それきり会話は終わった。繁華街に入ってもそれは同じで、騒然とした街の中をひたすら並んで歩いていた。
しばらく歩き続け、もうすぐ家が見えてくるという頃になってやっと、クランカイトは再び何とはなしに呟いた。
「……まあ、それにしても本当に行ったな」
未だ信じられないとでもいうような呟きに、ユージオは微妙な表情を浮かべる。口を開いたと思ったらそんな言葉かと拍子抜けしたのもある。
「何か問題があるのか」
「いや。……もう一年ずつ律儀に進級する理由もなくなったなと」
「そうだな。やるか」
クランカイトはにまりと笑って「ああ」と短く答えた。何をどうするのかは、今さら口に出す必要もない。すでにやるべきことは決めている。
と、クランカイトはふと足を止めた。ユージオもそれを視線で追いながら立ち止まる。そして、クランカイトの視線を追うようにして視線を巡らせて――
「あれ」
「――アステリア!」
おそらく怒りにか、頬を上気させたアーサーの姿を視界に入れた。彼はクランカイトの姿を見つけるなり、大股でずんずんと近付いてくる。
対人距離を越えて近付かれたクランカイトは少しばかり嫌な顔をしたが、アーサーは気付かない。クランカイトの胸元を掴んで詰め寄ってくる。
「なんでお前ら、そんなに平気そうなんだ!? アステリアが連れて行かれたんだぞ!」
見送りの中にはいなかったはずだが、フローレインがいなくなった今になって、一体なぜこんなところにいるのだろう。この辺に住んでいるという話も聞いてないが、たまたま居合わせたとも考えにくい。現にクランカイトを見つけるなり一目散にやってきた。
ユージオは不思議に思って首を傾げるが、クランカイトはしゃあしゃあと言い放つ。
「俺なら目の前にいるだろ」
「お前じゃない!! フローレイン!」
なんだかこのやり取り、前にも聞いたことがあるぞ――とユージオは遠い目で思った。状況や話の流れからどちらのことかわかるはずなのに、わざとずれた返答をしているに違いなかった。
うまくかみ合わないアーサーは、もどかしそうにクランカイトの胸倉を掴んでがくがくと揺さぶる。
「しかも今日が出立だったって!? 卒業したばかりだっていうのに、何でそんな急な日程にしたんだ、馬鹿か!? そんなこと――言ってなかったじゃ……」
「名残惜しくなるから、慌ただしい方がいいってよ。もう行ったのに今さらぐだぐだと……難癖に付けに来たのか?」
アーサーの手を解いて制服の襟を直しながら、クランカイトは「まったく」と呆れたように嘆息する。
「お前どんだけレインが好きなんだよ」
「……え?」
ユージオは目を丸くしてクランカイトを見る。今何と言った。フローレインのことが好きだと言ったか。――誰が。アーサーか?
思いがけない話の流れに、ユージオはまじまじとアーサーを眺めた。アーサーは――怒りか羞恥かわからない――顔を真っ赤にしながら、必死の形相で声を荒げる。
「違う!!」
「残念だったな、お前なんかじゃ手が届かないとこに行ったぞ。今さらどうしようもないんだから、おととい出直せ。俺らに言ったって意味ねえの、わかんだろ」
「だから違うと――」
「じゃあ何しに来たんだ」
言い掛けた言葉を遮ったクランカイトの冷徹な問い掛けに、アーサーはぐっと唇を噛んだ。答えられないのか、それともクランカイトの声音に怯んだか。どちらもかも知れない。傍で聞いていてもクランカイトの声には少し気圧されるものがあった。
少しの間押し黙ったかと思えば、ずいぶん頭が冷えたか。アーサーは遠慮がちにぽつりと言った。
「お前たちはずいぶん……平気そう、だな」
「落ち込んでる暇があんなら、やることやろうってだけの話だ。無駄吠えするだけの腰抜けとは違う」
「やること……?」
クランカイトの喧嘩腰に再び構えるアーサーだったが、今度は怒りよりも疑問が先立ったようだ。怪訝そうにクランカイトの言葉をおうむ返しにする。
話していい話か否かと迷ったか。一瞬だけ口を閉じたクランカイトも、アーサーの必死の視線を受けて「まあいいか」と肩を竦める。
「あのはねっかえりの自由人が、大人しく宮の巫女なんかに収まってられるわけねえだろ」
なあ、と同意を求める視線を受けて、ユージオもやむをえず頷いた。言い方は悪いがその通りだ。フローレインはもっと自由のある場所が似合う。
「そうだな。それまで俺らはできることをやる」
「?? 何を言っているんだ」
ますます呑み込めないという顔をするアーサーに対して、クランカイトは今度こそぼかさずにはっきりと明言する。
「レインを取り返す算段をすんだよ。……それじゃあな」
短く言い捨てて、クランカイトはアーサーの横をすり抜けた。
ずいぶん口の軽いクランカイトに溜め息を吐きながら、かといって咎める気にもならずに、ユージオもその背を追った。その際、すれ違うアーサーに慰めの一つも掛けてやるべきかと思ったが、そんな義理もない。邪魔さえしなければどうでもいいと、ユージオもそんな情のない思いだった。もともとは黒魔女の息子だなんだと因縁を付けてきたような連中の一人だ。
しかし。
「待て……いや待って下さい!」
アーサーに腕を掴まれたユージオは、目を丸くして振り返る。そこまで食い下がってくるとは思わなかったし、哀願の響きが入った声にも驚かなかったといえば嘘だ。
振り返ったクランカイトは、すぐさま思いっきりアーサーの腕を叩き落とした。
「んだよ」
「いっ………たい!」
よほど当たり方が悪かったのか、叩かれた手を押さえてしばらく悶えていた。さすがにひどいのではとクランカイトを見るが、彼は白けた顔でアーサーを見下ろしている。その目はなぜか殺気立った冷たさだ。
涙目で顔を上げたアーサーは、クランカイトを前に明らかに怯んだ様子だが、どうにか気持ちを奮い立たせ、毅然を装って言った。
「フローレインを取り返すっていうなら、俺も……俺もやる。俺は、フローレインが宮の巫女になるなんて嫌なんだ!」
行ってしまった今になって、何を言う気なのか。
そう思っていたのだが、さすがにユージオは思いがけない言い様に面食らった。クランカイトも予想しなかったのか、少しの間、言葉を詰まらせていた。
先に我に返ったのは、クランカイトだ。
「……何で?」
「な……何で、と、言われても……と、とにかく、嫌だ。駄目なんだ」
「王子の妃になりたくて出てった女だぞ? お前そんなことして恨まれるんじゃねえか?」
「フローレインは……そ、そんな女じゃ……」
「ないって? お前はレインの何を知ってそんなことを言うんだ? というか、誰がフローレインって呼んでいいっつった? 本人か? 誰の許しがあってよくもお前、聖宮の巫女相手に呼び捨て……」
「止めてやれ」
どんどん消沈していくアーサーがさすがに気の毒になり、ユージオはたたみ掛けるクランカイトの肩を掴んで制した。クランカイトは白けた顔でユージオを振り返るが、それ以上詰問を重ねることはしなかった。
ユージオはクランカイトの肩を掴んで振り向かせ、アーサーに背を向ける。聞こえないように声をひそめながら尋ねた。
「で、どう思う?」
「いいんじゃないか。こいつ、いいとこの坊ちゃんだし。コネ持ってるし。次男だから最悪、婿に取れるし。丸め込むの楽そうだし使えるぞ」
「あんた、人を人とも思わず平気で利用しにかかるな」
というか、いいと思っているならなぜ、あそこまで容赦なくいびろうとするのか。今のところただ、妹にこっそり想いを寄せているだけの一介の青少年に過ぎない。彼氏でもないというのに、そこまでつらく当たられるいわれはあるのだろうか。
クランカイトはユージオに「じゃあ反対か?」と尋ねてくる。ユージオは首を横に振った。
「……いや、使えそうなのには同意」
「よしきた」
幸いにして、意見は一致している。そうと決まれば断る理由はない。クランカイトはアーサーを振り返った。
「じゃ、最速で行くから、足引っ張るなよ」
一瞬にして翻った態度に、アーサーは食い入るようにクランカイトを見ていた。てっきり断られると思ったのだろう。あのいたぶるような非情な物言いから考えれば、その気持ちもわからなくはなかったが。
ユージオもこの先、自分に降ってくるあらゆる面倒事を想像し、顔をしかめながら言い遣る。
「と言っても足手まといには変わらないから、死ぬほどしごいてやる。足引っ張ったら殺す」
自分たちのこともあるのに、わざわざ時間を割いてあれこれと面倒を見てやるなど、労力が惜しいにもほどがある。それなのに中途半端な気持ちでだらだらと歩調を乱されたりしては敵わない。
ほとんど脅迫めいた言葉を突き付けると、アーサーはびくりと怯えたような顔をした。おずおずと問い返してくる。
「最速って……な、何する気だ、お前ら」
クランカイトは愚問とばかりにアーサーの首根っこを掴んで歩き出す。ユージオもそれに倣って再び歩き出した。
「死ぬほど勉強しろ」
引き摺られるようにして歩くアーサーは、本当かと窺うようにユージオに目配せし――一つ頷いて見せると、がっくりと項垂れて力を抜いた。無駄な抵抗をしないだけ賢いと褒めてやるべきだろうかと思ったが、やはりそんな義理もないので無視した。
素直じゃない青少年の純朴な心をめいっぱい利用することに決め込むと、二人はアーサーを連れてアステリア邸へと戻った。
アーサーにとってそれは、勉強漬けにされる暗黒の青春の幕開けだった。© 2019 sasori_bi
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