大人になる日 6

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 クランカイトの姿を見た瞬間、フローレインは開口一番悲鳴じみた声を上げた。

「何その髪――――!?」

 朝起きて、昨夜まで短かったはずのクランカイトの髪がすっかり切り落とされていれば、その反応も妥当だろう。寝ぼけ眼を擦りながら出てきたはずのフローレインも、眠気などとっくに消え失せたか、様変わりしたクランカイトの姿に目を丸くしている。

「似合うか」
「に!? に、似合うけど! 嘘でしょ何で!? 何で急に!!」
「邪魔だったから」

 平然と言い放つクランカイトに、ユージオは溜め息の一つも吐きたくなった。

 朝起きて、クランカイトが寝台から降りてなにやらごそごそやっているかと思えば、括った髪を無造作に切り落としていたのだ。さすがにユージオも、眠気や全身のだるさなど吹っ飛んだ。飛び起きて、クランカイトの正気を疑ったほどだ。
 乱暴に切り落とされた髪は不揃いで、とても見るに堪えない状態だった。見かねてユージオが鋏で揃えてやったが、朝一番、自室から出てきたクランカイトの姿を見たシグリが、皿を一枚落として割った。あの時の顔はしばらく忘れられそうにない。

「そんなこと言ってなかったじゃん……」

 せっかくきれいだったのに、とフローレインが落胆している。とぼとぼと食卓に着いて、椅子に掛けると、シグリが朝食を運びながら笑った。

「驚いたでしょう。私ももう、朝からびっくり。ユージオが切ったんですって。器用ね」
「こいつ、信じられない。いきなりばっさり切り落としたりして、切り口バラバラのまま出て行こうとするから。本当に……ありえない」
「ユージオが切ったの?」
「見苦しくて放っておけない」
「とりあえず切れる部分だけ切って、誰かに揃えて貰おうかと思ったんだが、手間が省けた」

 言いながら、クランカイトが露わになった首筋を落ち着かないそうに擦っている。今までずっと長いままを保ってきたのだ。急に短くなれば、慣れないものもあるだろう。

 飲み物を飲んで少し落ち着いたのか、フローレインは息を吐いて、訝しげに首を捻っていた。

「っていうか、何でカイトの髪はあんな真っ直ぐサラサラなのに、私の髪はこんなぴんぴんハネッ毛なの……? どこで取り違えた? お腹の中?」
「性格が出たんじゃないか」
「この世の何より納得がいかない!!」

 ユージオも内心で同意したが、口には出さなかった。性格が捻じれているのはよほどクランカイトの方だ。

「ねえユージオからもなんか言ってよー、急にこんな短くなって、別人みたいで落ち着かないよ」

 スープを口に運んでいたユージオは、話を振られてぎくりと顔を背けた。

「……知らない」
「えー嘘、何で? びっくりしなかった?」
「髪ぐらい、本人の自由だろ。俺がどうこう言えることじゃない」

 と、もっともらしい言葉をどうにか口にするが、心当たりがあるせいで妙に後ろめたい思いだった。フローレインは「それもそうかあ」と少し諦めがついたように呟いていたが、それすらもちくちくと良心が痛んだ。嘘ではないが、嘘をついているような思いだ。

 昨晩、クランカイトの髪を引っ張ってしまった流れで、そろそろ切るかという話は出たのだが、まさか昨日今日でこんな暴挙に出るとは、さすがにユージオも思わなかった。というか、クランカイトの髪の話題の間中、昨夜のあれこれが思い出されて本当にいたたまれない。
 身体もだるく、ギシギシとした違和感があちこちに残っている。見上げるクランカイトの顔を思い出すたびに顔が火照る。不機嫌な顔を作ってごまかしていても、クランカイトには見抜かれているのが業腹だ。

「……何か変わったか」

 不意に問い掛けられる。
 ユージオは眉をひそめ、じろりとクランカイトを睨んだ。こんな状況で、二人の時の話を持ち出すのはどうなのだろう。忌々しい思いでぼそりと呟いた。

「後ろめたさとか……」
「結局かよ」
「どうしようもない……」

 シグリの顔を正視できない。クラウディアスは朝早くに出てしまったが、シグリやフローレインに対して心底後ろめたく、今も同じ食卓にいるのが落ち着かない。
 クランカイトに呆れたような反応をされるのも納得がいかない。

「それ以外は……」

 何が変わっただろうかと思案していると、急に後ろから声を掛けられた。

「何が後ろめたい?」
「!!」

 シグリだ。出来立ての料理を運んできてくれたようだ。卓上のユージオの前に置かれた皿からは、香草と鶏肉を焼いたいい匂いがしているが、ユージオは声を掛けられたことに動揺して、手料理に対する反応すらできない。

「な、な、何でも……ない、です」
「そう? 全然、気なんて遣わなくていいんだから。いっぱい食べてね。何ならもう一泊……」
「いやそれは! さすがに!!」

 力いっぱいはねつけると、シグリは残念そうに「そう……」とまた厨に戻っていく。
 姿が見えなくなったことに胸を撫で下ろすが、クランカイトが面白くなさそうな目つきを寄越した。

「もう一泊すれば」
「いや本当……無理」
「ま、どうせ卒業後はしばらくうちにいるからな。いいことにする」
「うっ……か、考え直し、を」
「却下」

 何をされるかわかったものではない。今から想像して頭が重い。今ですらこんなにいたたまれないのに、高等学校までのひと月ほどの期間を一体どう過ごせばいいというのか。

 クランカイトはというと、まったく変わらない涼しい表情だ。見習いたいが、見習っていいものかどうかも悩ましい。罪悪感がないとなると、それはそれで問題がありそうだ。

 何も知らないフローレインは、いつもと変わらずのんきに朝食を頬張っている。

「卒業したら、ユージオ、しばらくうちにいるの? 私も残ろうかなあ」
「お前どうするんだ。聖宮に行く日取り、まだ決めてないんだろう」
「そうなんだよねえ。えーもう迷った。ユージオいるなら、私も少し残りたいよ……」

 中等学校を卒業するまでの猶予は残されているとはいえ、聖宮に発つ日取りが決まったわけではない。その辺りはフローレインの希望を聞いてくれるようだが、日取りが決まらなければ向こう側の準備が整わない。そのうちせっつかれて焦ってくるだろう。
 だが、それでもまだ、フローレインは焦っている素振りもなくいつも通りのままで。

「レイン見てると安心する」

 ユージオは嘆息混じりに呟いた。フローレインは朝食を頬張りながらきょとんと瞳を瞬かせる。

「何で急に」
「変わらないなと思って」

 シグリ手製の朝食を口に運びながら、ユージオは何とはなしに呟いた。聖宮に行くと決めてからも、それほど変わった素振りは見られない。もちろん、聖宮に行くための準備等はしているようだが、こうして一緒にいる時のフローレインは、昔から知っている性質そのままだ。

 フローレインはどうしてそんなことをと言いたげな顔つきだ。何の気負いもなくさらりと言い放つ言葉は、やはり彼女らしいと思うものだった。

「そりゃだって、いきなり昨日までと全然別人になったりしないんだから。変わったりしないよ」

 なんだかひどく肩の力が抜ける気がした。

「それもそうか……」

 そう言って、それきり話題は別のことに移る。
 学校のことや、近所のこと。身の回りのこと。他愛のない内容だ。そんなことを話題の中心に朝食を済ませると、ユージオは宿泊の荷物を片付けるために、クランカイトと共に部屋に戻る。

 フローレインと廊下で別れた後、ユージオはおもむろに呟いた。

「しなけりゃよかったとは、思ってないから……」

 暗い反応ばかりを返してしまっていたが、それも本当だった。誤解のないようにと唐突に告げれば、さすがに少し面食らったような反応でクランカイトは振り返る。

「ああ……」
「……だ、大丈夫」

 頬が熱い。俯いてどうにか言うが、恥ずかしくてすでに後悔していた。そんなことをわざわざ言わなくたって、気にするような男でもないだろうに。なぜあえて自分から、昨夜の出来事に触れるような話を振ってしまったのか。

 そう思ってこめかみを押さえていると、クランカイトは蕩けそうな翠玉の瞳を細めて笑う。

「そりゃよかった」

 その表情は髪のせいか、どこか昨日までと違う人のように大人びて見えた。
 だが、それも悪くないと――不思議とそう感じられて、そんな気持ちが自分でも不思議だと、ユージオは思った。


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