「それでは申し訳なかったね。私が生きているから驚いただろ?」
「いえ、僕が勝手に幽霊だなんて思ってしまって…ごめんなさい」
先輩が謝ることなんてないのに。
僕が噂を信じ込んで先輩を幽霊だと思い込んだまま挙動不審な態度をとっていたんだから。
返す返す謝っていると思い出したように名前を聞かれた。
そういえば名乗ってもいなかったんだ!
あわてて答えると、先輩は優しく笑ってくれた。
なんだかその笑顔に少しほっとした…先輩は怒った様子もなく僕の話を聞いてくれているみたいだ。
「では三反田君、君はなぜあの穴の中に?」
「あ、それは、その…包帯を追いかけてたらそのまま…」
そうだった。
包帯を追いかけてたら穴に落ちたんだ。
そもそもはこの長屋の近くに来たことに気付いて、驚いて。
ここに着いたのも元を辿ればは左門を追いかけてきたからで…。
色んな原因を思いだしていく度に気持ちが沈んだ。
やっぱり僕は不運なんだろうか?
そんな僕の話を呆れた素振りもなく聞いている建穂先輩。
ついには「災難だったね」なんて言ってくれた。
「あ、大丈夫です。慣れてるので…」
保健委員会に入ってからというもの、穴に落ちるのなんて日常茶飯事だ。
小さな怪我だって毎回必ずあるというわけではないけど、ないこともない。
それが日に何度もあるから流石に慣れてきてしまっている。
これはもういっそ諦めにも似た感情だった。
溜息でも出てきそうだ…なんて思っていると、建穂先輩が急に黙った。
何か気に障るようなことを言ってしまった…?
視線が真正面からぶつかって、その瞳に剣呑な光を感じた。
ひゅっと、知らぬ間に息をのんでいた。
「…慣れてはいけないよ。きっとかわせるようになる」
先輩の声色が、変わった。
さっきまでの優しげな声じゃない…少し冷たさを覚える、怖いと感じる声だ。
そこから先輩はぽつぽつと自分のことを話してくれた。
もともと学費を稼ぐために学園長先生のお使いをしていたこと。
そのため学園にあまりいられなくて、学園のいる同輩と力の差を感じていること。
でも、諦めたりなんてしていないこと。
「目先の見返りばかりを期待したって何にもなりませんよねえ」
えっ、まただ。
今の声は自分に言い聞かせてるみたいに小さな声だったけど聞こえてしまった。
…声が、また変わった。
最初に聞いた声でも、今までの冷たい声でもない。
先生や父さんと話しているような、ぐんと年上の男の人の声に感じた。
そのせいなのか、怖いと思う気持ちは霧散していた。
先輩の声音ひとつで、こんなにも僕の感情は左右されている…。
あの幽霊の噂はきっと全部が嘘なんかじゃない。
この人は、本当に優秀な忍たまなんだ…!
それにとても優しい人だと思う。
目敏く僕の諦めを悟って、自分の話をしながら諦めを選んではいけないと言ってくれた。
不運という言葉に逃げては駄目だ。
諦めずに自分を鍛えれば越えられるんだって、言ってくれたんだと思う。
「纏まりのない話を突然してごめんね?そろそろ保健室へ行こうか」
「いえ、そのっ…建穂先輩、ありがとうございます!」
これからも穴に落ちないように頑張ってみます、存在感も出していけるように努力します!
どん底の気分から一転、先輩の話を聞いてなんだかやる気がでてきた。
「じゃあおんぶするから背中に乗って」
「ええっ」
お、おんぶ?
…背中を向けられてしまい、足を怪我している以上歩けない僕に選べる選択肢はひとつ。
なんだか恥ずかしいけど先輩の背中は暖かくて、先輩が幽霊なんかじゃなくて良かったと安堵した。
それと同時に妙な緊張から解き放たれた僕はゆるゆると瞼を閉じていった。
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