別に建穂の化粧が悪かったわけではい。
六年相応の女装だとは思ったが、私ならさらに良くできる自信がある。
完璧を目指してきた私だ、やってやれないこともない。
しかし道具を用意しながら私は考えていた。
この機会をどうやって生かすべきなのかと。
化粧は謂わば口実でしかない…しかしその先を考えていなかったのは失態だ。
建穂と少しでも話を…ん?
建穂、建穂……っこれか!
「建穂…いや、実継と呼んでも?」
名前で呼ぶことは難しいことではないだろう。
実際六年の中でも名字で呼ぶことのほうが珍しいくらいだしな。
「勿論名前で呼んでくれて構わないよ、立花君」
「それならお前も私のことは名前で呼べばいい」
「では…仙蔵君と呼ぶね」
驚いたような顔をしたと思ったら、目元がゆるりと細められ口角があがっ、た……。
自然な笑顔、なのだろ。
嘗て見た冷酷さなど感じられない、その時の笑顔などやり方も忘れてしまったのではないかというほどに、自然に。
「っ、ああ…よし、化粧を直すぞ。目を閉じていろ」
私の動揺など知らぬ顔で実継は素直に目を閉じた。
目が見えなくなったところで私は一度大きく息を吸い込んだ。
……目が熱い…視界が滲んでいるなど、認めない。
急に安心してしまった、と言えばそれが適切なのだろう。
私の中で実継の冷やかな笑顔は最も強烈な印象として残っていた。
それは私が実継のことを普通ではないと認識していた根幹だ。
だが今見た笑顔はまったき人間の反応そのもの。
完璧すぎたが故に人から離れた存在になってしまう…僅かに抱いていた不安が今、緩やかに解かれたようだった。
「…よし、目をあけて良いぞ」
「…すごい……」
恐る恐る目を開けた実継は鏡を覗き込み驚嘆の息をもらした。
我ながら化粧の腕を余すことなく奮ってしまったな…何処から見ても女性そのものだ。
生憎背丈が高いから少し大柄の女性ではるが、座っていればその姿に違和感をもつ者はいないだろう。
「仙蔵君、本当にありがとう!」
「いや、私の手にかかれば何てことはない」
元の素材が良かったことも幸いしているがな。
立ち上がり裾を直している様は既に女性らしい素振りで、身代わりの早さに驚かされた。
女装は化粧もそうだが立ち振舞いが最も重要だ。
いかに美しく着飾ったとしてもそれががさつな仕草で台無しになりかねん。
「では私は出掛けるね。この御礼は必ず!」
ガラッ
「ん?」
「こんにちは」
「あ、ああ…」
何故この瞬間に戻ってきたのだ文次郎…!!
実継は驚いた素振りもなく部屋を出ていってしまった。
「……い、今のは…」
「見てわからないのか?」
わかってたまるものか。
目を白黒させて困惑する文次郎に何故だか優越感を覚えた。
あれは私でなければなし得なかった一種の芸術とも言える女装姿だ。
そう簡単に見破られてはたまったものではない。
「あの女は一体誰なんだ仙蔵!?」
「自分で探してくればどうだ?文次郎」
私の口から答えを得ようなどと考えないほうが無難だぞ文次郎。
実継が自分から言うまでは、明かすものか。
秘密でも何でもない、ただ手を貸してみただけのこと。
だがこれは私にとっては一大事だ。
しばらくの間は、私だけが知っていられればいい。
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