「名前ちゃん、また来てるわよ!あのイケメン君」
 バイト先のスーパーに現れるイケメン君。
 それが貴方でした。


「千石さん、そんな大きい声出したら気づかれますよ」
 千石さんはバイト仲間。と言ってもお子さんは私と同い年らしけど。優しくて、さりげなくサポートしてくれたりもして、大好きなバイトの先輩だ。
高校に入ってから始めたスーパーのバイト。最初はやっぱり慣れなくて色々大変だったけど、さすがにもう三年目だしバイトの中じゃ古株になっていた。
イケメン君は割と最近になって現れた存在で学校帰りなのか、いつも制服でやってくる。
高校生かな? とても大人っぽくて、目の保養だなんて思ってた。きっとこれまた大人っぽい彼女とかいるんだろうなーそれとも小動物系な彼女かな、どちらにしても凄く可愛い女の子だろう。とかそんな風に勝手に妄想を膨らませながら。
「おおきに」
 レジの担当になった時、一度だけ聞いた彼の声。関谷西弁が意外すぎて、固まってしまったのは最近のことだ。
 今日も彼は制服でやってきて、それを密かにみんなで眺めていた。


「いやー、今日もカッコよかったね眼鏡君」
「千石さんてあーいうのタイプなんですか?」
「いや、そーいう訳ではないけどアレは別格じゃない? きっと百人に聞いたら全員がイケメンて言うレベルよ!!」
 まぁ確かに。そう頷けるくらいには彼の顔は整っていた。大人っぽい眼鏡もよく似合っている。
「名前ちゃんの学校には、イケメン居ないの?」
「あー、いますね。うちの学校わりとスポーツ強かったりするんで爽やかイケメン的な人達が」
「何それ、達って事は複数系? 羨ましいわ」
「いやそーでもないですよ、なんていうかもう凄すぎて、眩しくて別世界の人達って感じねー」
「えーもったいなーい」
 千石さん、何か楽しんでるな。色んな年齢の人が働いているせいか、パートの主婦さんたちはみんなパワフルだ。
「確か、青春学園だったよね? 名前ちゃんの学校」
「あっはい。スポーツの名門なんで帰宅部の私は肩身が狭いんですよー」

「ちょっと千石さん、苗字ちゃんいいかな?」
 二人でぺちゃくちゃ喋っているとマネージャーさんが話かけてきた。
 仕事も、もう終わっていてロッカールームで喋っているところにいきなり話かけられたので、悪いことなんてしてないのに少しドキっとしてしまう。
 私、今日なんかミスしてたかなあ。
「どーしたんですか?」
「いやそれが、携帯の落し物があって、警察に届ける前にバイトの人にも確認をとってるの」
 マネージャーの手には携帯が握られている
 あっあれ、私のだ。
「すいません、私のです。どこで落としちゃったんだろ……ありがとうございます。」
 そう言って、マネージャーさんから携帯を受け取り鞄に入れた。
「ううん、大丈夫よ。持ち主が見つかってよかったわ」
「ほんとね、届けてくれた人がいてよかったね、名前ちゃん」
「はい。本当にありがたいです」
「千石さんも苗字さんも、もう今日は上がりよね? お疲れさまー」
 マネージャーさんはそう言うとロッカールームから出て行った。

「名前ちゃん、またね」
 千石さんとも別れ、私も一人で家を目指して歩き出す。
 それにしてもいつ携帯落としたのだろう。まったく気づかなかった。
 中身が変なふうになっていないか確認しようと、ロックナンバーを入力すると、エラーが表示された。落とした時に誰かにイタズラされてしまったのだろうか。
「こーゆーときってどうすればいいのかなー」
 少しいらっとした気持ちと共に鞄の中に携帯を乱暴に突っ込むと、何か固いものとぶつかった音がした。
 携帯の他には固いもの入れてなかった気がするけど……。
 不思議に思い、整理されていない鞄の中を探ると、同じ携帯が二つ出てきた。
「なんで……」
 増えた? いや、多分マネージャーさんから受け取ったのが私のじゃ無かったんだ。
 悪い事しちゃったな、きっと本当の持ち主さん困ってるだろうな。
 でも、一応言い訳させて下さいな、この携帯結構古いし、高校入学の時に買ってもらったから今年で三年目……同じのを使ってる人なんか見たことなかったし。
 どーしよっかな……。とりあえず今日いちにち預かって、明日バイト先に持ってこう。
 ♪〜♪♪〜
 もう一度、鞄の中にしまおうとすると知らない着信音が鳴った。
 もしかしたら、持ち主かもしれないと思い、通話ボタンを押す。
「もしもし……」
「すいません、その携帯の持ち主のえっと友達なんですが」
 男の声で、友達ってとこでちょっと吃っていた。私とそんなに変わらなそうな年齢の声だ。
「あっほんとですか、よかったです。どーしようか考えてた所だったんで」
「ありがとうございます。えっと、持ち主に変わります」
 携帯からかすかに、人の名前を呼ぶ声がする。きっと持ち主を呼んでいるのだろう。
 おしたり? この携帯の持ち主の名前だろうか……。
「もしもし、すんません、その携帯の持ち主なんやけど」
 ん? 関谷西弁? それに、この声を私は聞いたことがある気がする。
「あっはい、この携帯を拾いました者です」
 やばっ考えながら返事したら何か変な言い方になっちゃったよ。携帯から聞こえたクスっとした笑い声は気にしない事にしよう。恥ずかしいな、もう。
「どうもおおきに。見つからないから困っとたんすわ。」
 やはり聞いたことのある声だ。
「この携帯、スーパーで落ちてたんです。それで機種が同じだから、私が間違えて持ち帰っちゃって」
「あぁ! あのスーパーで落としたんか! えっと、という事はバイトさんやろか?」
 誰だろ? 絶対に私この人知ってる。関谷西弁……関谷西弁……もしかして!
「あっはい、バイトです。あのおしたりさんってもしかして夕方位にいつも制服で来られる方ですか?」
「……」
「あっすいません。さっきの人がおしたりさんって呼んでたから……」
 またクスっと笑い声がした。私さっきから落ちつきないなぁ。普段、ファンみたいな感覚で眺めている人と喋っているからだろうか。
「あってますわ。自分、忍足侑士言います」
「えっと苗字名前です、高三です」
 私は彼が高校生だということを知っているので、一応こちらも同じ高校生だということを伝える。なんとなく私が彼だったら何もわからない相手と話してるよりは同じ高校生だってわかった方が話やすいかと思って。
「なんや、同い年かいな」
「あ、忍足さんも三年なんですね。それで、携帯なんですけど、どーしますか?」
「うーん、明日は夕方は予定があるさかいスーパーにはいけないんや……ちなみに苗字
さんの学校ってどこなん?」
「青春学園ですけど」
 うちはスーパーからもそんなに離れていないから、きっと伝わるはずだ。
「青学か! そんな遠ないし、明日取りに行ってもいいやろか?」
 取りにくるだと……。いや、あんなイケメン来たら目立って仕方ない。正直気がすすまない。わざわざ来てもらうのも悪いし。ってか普通に考えて忍足さんも学校あるんじゃないかな。
「だめやろか?」
 私の返事がないので、忍足さんが更に聞いてきた。
「えっと忍足さんは学校大丈夫なんですか?」
「おん、大丈夫や。明日休みやさかい」
 なんだ、開校記念日とかなのかな。羨ましい。
「授業がはじまる前なら私も大丈夫です」
 わざわざ聞くのもめんどうなので、そのまま話をつづけた。学校が始まる前なら朝練の人しか居ないだろうし。私たちくらいの年で携帯ない生活ってけっこーしんどいと思うからね、できるだけ早く返してあげたい。
「ほな明日、八時に校門の前な」
「はい、明日」
 約束をして、通話は終わった。
 まさかこの携帯があのイケメン君のだったなんてね。
 明日のバイトのときに話すネタができたなんて、この時は思っていた。