こんな早い時間から学校にいるなんて、高校生活ではじめてかもしれない。私の登校時間はいつもぎりぎりなのだ。お布団大好き。おかげで、さっきから同じクラスの朝練の人達にビックリした目で見られてるよ、はは。いちゃ悪いかよ、まったく。


 校門の前でぼーっとしていると、前から忍足さんがやって来た。
 うん、やっぱイケメンだ。そーいえば、忍足さんは私の事知らないんだよね、何て声かければいいのかな?
「あ、あの!」
 困った時の「あの」作戦です。
 だっていきなり名前とか、無理と言いますか、いや電話だったら大丈夫なんだけど、いざ顔合わせるとね、なんかね。とりあえず忍足さんも気づいたみたいだ。
「苗字さんやろか?」
「はいっそうです! わざわざすいません」
 腰をこれでもかって位曲げて返事をする。だってやっぱ悪いじゃん、学校まで来てもらうなんてさ、朝はやいし。
 電話でも聞いたクスっとした笑い声が上から聞こえた。
「別に大丈夫やから、顔あげてな。」
 言われた通り顔を上げる。うわっ顔近っ!! 睫毛ながっ!!!
 よほど私の目が見開かれたのか、忍足さんがまた顔を緩めた。
「そんなかしこまらんでええよ、同い年なんやし」
「えっと、うん!」
 私も頬を緩める。
 そして、持っていた携帯を差し出した。
「はいっ携帯。何も見てないから安心してね」
「おん、おおきに」
 私の手から忍足君が携帯を受け取る。
 自分が喪失感を感じていて、びっくりする。なんとなく寂しい気持ちになってしまっているようだ。自分と同じ携帯だからだろうか。それともちょっとしたミーハー心?
「苗字さん?」
 急に黙った私を不思議に思ったのか、伺うように名前を呼ばれた。
「えっと、あの本当にわざわざありがとうございました。じゃあ」
 なんとなく後ろめたさを感じて、変に会話を終わらせてしまった。
「ちょっちょっ」
 しかし、私の体は思うように動かなかった。
「えっ」
 いきなりの事で体が前に傾く。このままいけば地面とハイ、こんにちはだ。しかもコンクリート。
 そんな事を一瞬で考えると、何だか不思議な感覚に襲われた。痛くない。
 前を見ると、何故か地面に座っている忍足さん。
 どーいうこと? 私が混乱していると、忍足さんが私に手を伸ばしてきた。
「……え?」
「手、手かしてーな」
 その言葉の意味にはっとして、すぐに彼の手をとって、忍足さんを引っ張り上げる。
 素直に手を掴む忍足さんがなんだか可笑しい。
「ふふっ」
 おもわず笑ってしまった。
「何、笑おとるんや。俺が助けなきゃ今頃コンクリートとこんにちはやで」
 どうやら、私が倒れないようにと腕を引いた反動で忍足さんは地面に尻餅をついたらしい。
「元はと言えば、忍足さんが私の腕をいきなり掴んだのが原因じゃないですかー」
 わざとおどけて返してみた。
「だって苗字さんが、急にどっか行こうとするからやろ」
 そう言って、少し拗ねたようになる。何だこの可愛い生き物。
「はいはい、で、何ですか?」
「何ですかって、冷たいやろ! 苗字ちゃんのイケズ!」
 この人、こんなキャラなの? 意外だけど、面白い。
「で、よかったらなんやけど、アドレス交換せーへん? 改めてお礼したいし」
「へっ?」
 畜生、また変な声出しちゃった。恥ずかしい。
「いや、嫌やったらいーんやけど、な」
 だから、可愛いんだってば! 嫌なんて言えるわけない。
「嫌……じゃないよ。別に」
「ほんまに? ありがとー」
 百点満点のイケメンスマイルだ。なんか眩しくてくすぐったいや。
 自分の携帯を忍足さんに手渡す。
 彼の手には見た目は同じだけど違う携帯がふたつ。
「はい、登録完了」
 私の手に携帯が戻された。
 ディスプレイに【忍足侑士】という名前と共に電話番号とメールアドレスが表示されている。
 その画面を見たら、さっき感じた後ろめたさが不思議とどっかに消えたように思えた。
「ほな、連絡するな。じゃあまた!」
 そーいって彼は足早に駆けていってしまった。
 学校休みって嘘なんじゃないかな。忍足さん制服着てたし。