これの続き

「あっ!こら名前ちゃん!またテレビ見てる!」

 寝ててって言ったでしょ、と腰に手を当てため息を吐いた馴染みの看護師に「ごめんごめん」と手を振れば「謝るなら早くテレビ消しなさい」とテレビのリモコンを奪われた。

「ああ〜〜」
「ああ〜、じゃない!」

 奪われたリモコンを取り返そうと腕を伸ばすと、看護師はテレビのリモコンを高々と掲げる。それでも諦めずに腕を伸ばしていたら、もう一方の手でベッドを指差して「ね、な、さ、い」と怒られてしまった。

「もう…昨日廊下で倒れたのはどこの誰?」
「わたし〜」
「分かってるなら安静にする!テレビはもっと元気になってから!」

 へらりと笑って己を指差す私を、看護師は呆れたように見る。だって暇なんだもん、と口を尖らせた私に、看護師はついたままのテレビをじっと見つめた。

「名前ちゃん、またバレーの特集見てたの?」
「そう」
「ああ、なるほど。名前ちゃんの推しの高校が出てたのね」

 兵庫だっけ、と画面をまじまじと見つめる看護師に「そう!そうなの!」と興奮気味に返事を返す。
 兵庫県の稲荷崎高校。私の推し高であるこの高校は、今年のインターハイで準優勝という結果を残したらしい。現地に行って応援はできなかったので、その結果はスマホで知ることになったのだけれど、こうして今話題の高校として特集が組まれているのだから見逃すわけにはいかない。

「へぇ。あ、この双子凄いね。名前ちゃんの推しだっけ?」
「全然違うー!私の推しはこっち」

 画面の端っこを指差した瞬間、画面が切り替わる。私の指を目で追っていた看護師はあっという間に切り替わった画面を見ながら「え、どの子?分からなかった」とじっと画面を見つめている。

「あ、映った。この子」
「え…?ああ!へぇ〜?」
「なに」
「いや、ちょっと意外だなって」

 名前ちゃん、あの派手めな双子の方が好きそう。そう言った看護師に「まあね」と答えれば、「否定しないの」と笑われた。しょうがない。顔の好みでいえば私は最強ツインズといわれている双子の方が好みだ。

「どうしてあの子が好きなの?」
「ええ、なんでだろう」

 ううん、と考えながら画面を見る。相手コートのボールを必死に目で追い、高々とジャンプをしたり、ありえない角度でスパイクを打ってみたり。凄いと思うところはいくらでもあるけれど、ふとした時に汗を拭っている姿を見て、相変わらず夏が似合わない男だと思った。

「しいていうなら、呪いをかけられたからかなぁ」
「…え?なに?呪い?」

 そう、呪い。くふふ、と笑った私に、看護師は何を思ったのか呆れたように笑った。画面が稲荷崎高校から優勝校の特集へと切り替わる。あ、この高校も少し気になってるんだよね、と食い入るように画面を見つめていたら、突然プツリと画面が真っ暗になった。真っ暗な画面には「えっ」と目を見開く私と、笑顔でテレビにリモコンを向けている看護師が映り込んでいる。そろりと看護師へと目を向ければ、ニコリと笑って「寝なさい」とベッドを指差した。私は昔から、この看護師にだけは頭が上がらない。

 
▽▲▽


 17歳になって、私の世界はとうとう真っ白い部屋と消毒液の匂いに包まれてしまった。それを嘆くつもりも自暴自棄になるつもりもないのだが、ふとしたとき、やっぱり普通に高校に通えている同級生たちが羨ましくなる。高校に通っていれば、高校2年生。今頃、同級生たちは勉強に部活に恋にと充実した毎日を過ごしているに違いない。

「ね、そうでしょ。角名」
「勉強と部活は当たってるけど、恋はない。そんな時間ないし」

 画面越しに見た顔が、目の前で面倒臭そうに歪んでいる。おいこら、そんな顔、テレビでは見せなかったでしょ。そう言えば、角名は「ここで試合中と同じ顔するわけないだろ」と言った。確かに。

「で、角名はなんでここにいるの?愛知を捨てたんじゃなかったっけ」
「その言い方やめろって」

 まだ愛知は捨ててねぇよ、と言った角名のイントネーションがどこかおかしくて笑えば、角名は「なんで笑ってんの?」と不思議そうにする。ほらまたイントネーションが少し違う。

「いや、関西に染まってきたなって」
「…マジ?関西弁うつってる?」
「関西弁はうつってないけど、イントネーションが変」

 中途半端だなあと笑えば、角名は恥ずかしいのか少し頬を赤らめて「うるさい」と口を尖らせた。ほらまた少し違う。指摘しようかと思ったけれど、本格的に拗ねかねないので黙っておくことにした。

「そんで、マジでなんで角名ここにいるの?部活は?」
「メッセでW来月に手術決まったから見舞い来て〜Wって言ったのどこの誰だよ」
「わたし」
「分かってんじゃん。聞くなよ」

 いや、だって、ねえ。まさか角名が本当に見舞いに来てくれるとは思わなくて、と素直な気持ちを伝えると、角名はぐっと目を逸らして「ギリギリになってごめん」と言った。ポカンと口を開く私に、角名は居た堪れなくなったらしく私の頬を思い切り引っ張った。

「いたたたた」
「ほんとよく伸びる餅」
「餅!?頬じゃなくて、餅!?」

 対抗して角名の頬も引っ張ってやろうと腕を伸ばすも、腕は届かず空を切る。くそ、無駄に身長ばっか伸びやがって、と必死に腕を伸ばしていると、角名にその腕をぱしりと掴まれた。角名は点滴の刺さった箇所をじっと見つめてから、腕をひっくり返してみたり腕を持ち上げたりと腕の隅々までを眺めている。身動きの取れなくなった私は、角名の思うままに動かされていた。

「名字の腕、真っ白じゃん」
「んえ?そーよ」
「てことは今年は足も真っ白なわけ?日焼け止めいらずじゃん。よかったね」
「なるほど変態角名くんは健在、っと」

 愛知一の変態、愛知に還る。と、笑っていたら、角名はいつだかのようにチッと舌打ちを落とした。そうだった、角名は愛知一のヤンキーの異名も持っていたんだった。

「角名、高校楽しい?」
「まあ、楽しいよ。てか、メッセでも動画送ったりしてるじゃん」
「メッセだけじゃ分かんないこともあるよ」

 そう?と首を傾げた角名に「あの動画だと双子のイケメン加減がよく分からない」と言えば、角名はおかしそうに笑う。
 そうしてひとしきり高校の話をし終えた頃、角名は突然思い出したかのように背負っていたリュックを開け中を漁りはじめた。なんだなんだ、と見守っていると、その長い腕がリュックから取り出したのは、常温のチューペットだった。

「これ、お見舞いね」
「まってウケる。私が看護師に怒られるやつじゃん」

 どうすんのこれ、とあたかも困っているかのように言葉にしたものの、笑いが抑えきれない。結局私は、ひいひい笑いながら角名からチューペットを受け取った。

「やっぱチューペットといえば角名だよねぇ」

 やばい、ツボったかも。ゲホゲホと咽せていると、角名は呆れたように笑って私の背中をさする。

「俺からしてみれば、チューペットといえば名字だけどね」
「はぁ〜?なんで」
「だって呪いかけただろ、俺に」

 背中をさする手が、ぴたりと止まる。そのままするりと二の腕を撫で、その手は腕を伝って下へと落ちる。

「やっかいな呪いだよな、まじで」

 角名の手のひらは、点滴のガーゼをカリッと引っ掻いてから、そのさらに下――私の手の甲でぴたりと止まる。角名の手のひらが、するりと甲を撫でた。

「それなら、私の呪いもまだ解けてないけどね」
「俺、名字に呪いかけたっけ」
「かけたかけた。私のは呪いじゃなくてWまじないWだけどね」

 手のひらをひっくり返して、角名の手を捕まえる。くふふ、と笑った私に角名は「俺、名字曰く魔法使いじゃないけどな」と笑った。そういえば、そうだったかも。でも、いいんだよ別に。魔法使いじゃなくたって。

「私、次の手術絶対成功すると思う」
「…そ。ならよかった」
「そしたらさ、角名の試合見に行くね」

 来なくていいし、と口を尖らせた角名に、すかさず「ツンデレかわいくない。2点」と言えば、角名は「2点中2点だろ。知ってる」と満足そうに笑う。満点とはいえその点数は嬉しいの?と笑った。
 まあ、でも。チラリと角名を見てくふふと笑えば、角名が「何笑ってんの」とデコピンをお見舞いしてきた。地味に痛いんだけど、と抗議をしたけれど、角名は知らないと顔を逸らす。まあいい。角名が嬉しそうにしていたことには気づかないふりをしてやろうじゃないか。
 


魔法使いよ、永遠なれ