「皆さま、こんにちは🏢☀ 大変申し訳ありません、加賀美、明日の仕事の準備の為本日の配信ですがお休みとさせて頂きます…!」


何気無しに指を滑らせた画面上に現れたツイートに目が留まる。………………これは嘘だな。


葉加瀬冬雪はくるり、と反対の手に持っていたペンを回した。


同じ事務所の同期のツイートをすぐに虚偽であると見抜けるとなると、相当仲がいいと思われるかもしれない。実際、かなり私たち3人は、それぞれ個人間だけでも仲が良い方だと思う。だが、今回に限っては仲の良さから読み取ったものではない。



『明日休みなので、明日夜配信後お話しませんか?』なんて、昨日の時点で連絡を入れてきていたのは向こうだったのだ。大凡何か予定があったか、仕事が本当に立て込んだか、どちらかだろう。………いや、今回に限ってはどちらもノー。


『体調崩したの?』

単刀直入に、簡潔に。わたしは個人宛へそう送信した。自分から振ってきたのにわたしに連絡を入れ忘れていること。昨日の時点でやるはずだった配信を取りやめている事。どれだけ忙しくても連絡だけはマメな兄さんのことだから、多分考えられるパターンはその一つだ。


送信してから5分。通話が掛かってきた。ここまでも想定内だ。



「はあい。葉加瀬ですが。」

「……すみません、葉加瀬さん。連絡を忘れていて、」



喋り出した声は弱々しい。というか、めっちゃ鼻詰まり。申し訳ないけど、少し面白いレベル。


「………いや、めっちゃ鼻詰まってるやん。熱ある?」


「ええ、まあ、その………多少、ですが。」



本当に嘘が下手くそなひとだ。あんなにゲーム内で要らない交渉術みたいなの発揮してるくせに、自分のこととなると途端にこう。本当にかわいいひとだ。


「絶対嘘じゃん。大人しく本当のことを言いな!」


おちゃらけた口調で、心配を見せないように、わたしは問いかける。同時に少しずつわたしは手持ちの荷物を手早く纏め出した。



「いえ、その。………嘘は無駄ですね、はい。情けないことに39℃まで上がってしまいました。大丈夫かと思っていたのですが。」



こんなやりとりも何度目だろうか。大人しく嘘をついたことを認めた社長は、本当に情けなさそうな声で返事をする。相当弱ってんなあ、コイツ。しかたねえしかたねえ。葉加瀬さまが面倒を見てあげなくちゃ。………そう思うのも、思われるのも、何度目だろうか。



「はいはい。わかったよ。今から行くけど、何か欲しいものは?」


短いやり取りの間にもわたしは手早く必要なものだけをカバンに詰め込み終わり、上着を羽織った。………すぐ会える距離で良かったって、何度思っただろう。


「…………パウチのおかゆと、スポーツドリンクをお願いできますか?」


「おいテメーわたしに料理させない選択肢しか与えないつもりだな?お?やんのか?」



悪態をつきながらもわたしは玄関に向かう。お気に入りのマーチンを履いて、ドアを開けた。……3月とはいえ、まだ風は冷たい。



「えぇ!?いやそりゃ、一人で台所に立たせるのは不安と言いますか…!」


「ナメてんだな?よしお前今から行って分からせてやるから大人しく待ってろや!」



駅までの道のりを歩き始める。相変わらず電話口の相手は弱々しいのにまだいちいち細かいことを気にする杞憂民みたいな発言をしまくるままだ。わたしが台所を爆破でもすると思ってるのかな。うるさいな、わたしだっておかゆくらい作れるんだけど。……たぶん。



「……すみません、葉加瀬さん。あの。…待ってますから。」



うだうだと文句を垂れていると、突然向こうが折れて、甘えてくれる。…………これも、何回も味わったけど、いっつも擽ったくて、こそばゆい。胸の奥が、きゅっとなる気がする。


「……はいはい。今から行くから、まってて。」


10個も年が離れている私達だけれど、特別な環境で「同期」になれて。いつのまにかこういう関係が生まれて。わたしはまだまだ子供だけれど、向こうはもういい大人だけれど、一緒に居ることがすごく心地よくて。


本当だったら今日はダラダラおしゃべりの予定だったけど、直接会って話せるに越したことはない。たとえそれが看病であったとしても。貴重な逢瀬だ。都合よく今日は金曜日で、明日も明後日もお休みで。だから存分に面倒を見てあげよう。


通話は繋いだまま、駅へと向かう。わたしは喋らないけれど、なんとなく通話を切れない。
時折ごほごほと聞こえる咳に、勝手に買い物リストにはちみつを追加する。こちらの横を通過していく車の音も向こうへと届いているだろう。


足取りは軽やかだ。甘えるまでに時間のかかるあの大人を盛大に甘やかして、休ませてやろう。
全く、仕方ない大人だ。


自分の会いたい、甘やかしたい気持ちを棚に上げて、私は彼の家へと向かうために改札を駆け抜けた。


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