今日は特別な日ですので!

「悟浄くん、何か欲しいものありませんか?」

個室を割り当てられていた彼女が部屋を訪ねてきたと思ったら、開口一番、そんなことを聞いてきた。一瞬びっくりしたけど、日付を思い出して成程なーと納得した。
同居している頃からこういうイベント事は、必ずと言っていいほど忘れなかったんだよなーなまえちゃんって。女ってそういうのマメなのかね?

「ああ…そういえば、悟浄、誕生日でしたね」
「んじゃごちそう食わねぇと!!」
「それはてめぇが食いてぇだけだろう」
「まぁ、いいんじゃないですか?悟空にとって誕生日は美味しいものを食べられる日、っていう認識なんでしょうから」

ま、脳ミソ胃袋猿だしな。…っと、そんなことを話してる場合じゃねぇか。なまえちゃんに欲しいもの聞かれてたんだった。でもなぁ…別に煙草はまだあるし、ライターもオイル切れてねぇから大丈夫だし、…別段これが欲しい!ってもんは浮かばないんだよな。

(しいて言えば、なまえちゃんが欲しいとこだけど…言ったらぶん殴られる上に、絶対零度の笑みを向けられんな)

俺だって命は惜しい。2人きりだったら言ったかもしんねーけど、この部屋で言うのは自殺行為以外の何物でもねぇや。それに―――なまえちゃんはどれだけ望んだとしても、俺のものにはなってくんねぇしな。望むだけ無駄、ってやつだろ。

「あの、…悟浄くん?」
「―――ああ、悪ィ。…それってさ、何でもいーの?」
「え?ええまぁ…あまり高いものを言われても困りますけど」
「だいじょーぶ。金はかかんねぇから。…あのさ、」

―――この後のなまえちゃんの時間、俺にちょーだい?





「…本当にないの?欲しいもの」
「だからちゃんと言ったじゃん、なまえちゃんの時間が欲しいってさ」

それはそうだけど、ってモゴモゴ言いながら、なまえちゃんはそっぽ向いちまった。
ククッ時間をくれって言った時もすげー面白れぇ顔してたっけな。その顔のまま数秒固まって「へ?!」って大声を上げるモンだから、今度こそ笑いを堪え切れずに吹き出しちまったんだ。八戒と悟空も笑ってたな、…あと三蔵も。肩震わせてすげぇ笑ってたし、ツボだったんだろう。

ま、そーいうわけで俺はなまえちゃんと2人で町へと繰り出していた。出かける前に八戒から19時にメシ屋の前に来い、って釘刺されたけど。何か知んねーけど、夕メシは少しいい店で食おうって話になったんだと。
…一応、俺の誕生日だからってことらしーけどよ…なんだろ、それはただの口実のような気がしないでもない。俺としては今がサイッコーに幸せだし、夕メシも美味い酒が飲めればそれでいーや。

「…俺さ、多分あんまり物欲ねーの。煙草もライターも足りてるし」
「うん」
「だからさ、正直―――欲しいものって浮かばねぇんだわ」
「だろうな、とは思ったけど…それだったら何で私の時間なんて言ったんです?」
「そりゃー至極簡単な問題よ。俺がなまえちゃんとデートしたかったの」
「デッ…?!」

一瞬にして真っ赤になったなまえちゃんの顔。普段は俺が何言っても照れたりしないんだけど、さすがにこの単語は恥ずかしかったみてーだな。ほーんと可愛いったらありゃしねぇ。

「もう悟浄くんったら…!」
「本音だかんな?だからさ、俺のわがまま聞いて?」
「誕生日なのは悟浄くんだもん。…どうぞお気に召すままに」
「へへっそーこなくっちゃな!」

どさくさ紛れに手を繋いでみたけど、驚きはしたみてーだが振り解かれることはなかった。何かさ、無理強いしてるみてぇだけど…チラッと見た顔は嫌がってる感じじゃないし、とりあえずはOKってことだよな?これくらいは。
怒られないのをいいことに、その後も手を繋いだまま町ン中を歩き回った。なまえちゃんに似合いそうな服や靴を見たり、露店を覗いたり、大道芸人のパフォーマンスを立ち見したり…傍から見りゃあ恋人同士だろうなって感じの時間を過ごさせて頂きまーした!
とにかく色んな店を見ながら歩き回ってたから、疲れてきたような気もする。それに俺に合わせて振り回しちまったからなー…そろそろ休憩させてやんねぇと。
そう思って視線を巡らした先にあったのは、こじんまりとした店。近くまで寄ってみると、店先にメニューが書かれた看板が置かれていた。ってことは…喫茶店か?此処。

「なまえちゃん、此処で休憩していかねぇ?」
「そうですね、入りましょうか」

カラン、とドアに括りつけられた鐘が静かに音を鳴らす。店内はアンティーク調で整えられていて、女が好きそうな内装だなーと思う。現になまえちゃんもキラキラした瞳で辺りを見回してるし。…あんまりこういう所には来なかったから、彼女がこういうものが好きだっつーのは初めて知ったかも。可愛いものはもしかしたら好きなのかも、って思うことは多々あったけどな。
案内された席に座ってもなまえちゃんは、メニューより店内を見るのに夢中でしきりにキョロキョロと視線を彷徨わせていた。その姿がとにかく可愛くて吹き出せば、彷徨っていた視線が俺を真正面から捉えて―――疑問の色を灯した。
大方、何で俺が笑ったのかがわかんねぇんだろうけど。店内を夢中で見ていた姿が可愛かったんだ、と素直に言葉にしたら…この子はどんな顔をしてくれんのかね?

「どうかしましたか?」
「いんや、何でもねーよ。…ほら、店内見るのもいいけどさ?先に頼むもん選んじまおうぜ」
「あっそっか!そうですよね、ごめんなさい…ええっと、」

俺はコーヒー一択だったから特に悩むこともなく、メニューはなまえちゃんに渡した。そしたら真剣な顔で悩み始めちまって…あれ?この子、こんなに優柔不断っつーか…何か決める時に悩む子だったっけか?これまでのことを思い返してみるけれど、別段、そんなことはなかった。飯を食いに行った時でも割と決めるの早いし。
あ、でも1回だけ―――

『なまえ、決めた?』
『う、まだ…』
『さっさと決めちまわねぇか』
『うう、わかってるんですけどどれも美味しそうで…!』
『なまえちゃんがンなに悩むなんて珍しいな』
『割と即決ですからねぇ、普段は』

あれだ、宿のおばちゃんにケーキをもらった時だ。たくさんあるから良ければ、ってもらったんだけど、それが人数分以上あったんだよな。俺達4人はスパッと決まったんだけど、なまえちゃんが結構長い間悩んでてなかなか決まんなかったんだよな。
今の状況と似てる気がする…ってことは、もしかして甘いもん食うか止めようか迷ってんのか?

「お前さ、ケーキで迷ってる?」
「えっ何でわかったんですか?!」
「だってなまえちゃんが真剣に悩む時って、大体甘いもん絡みだろ」
「そ、そうでした…?」
「食いたいんなら食ったら?1つくらいなら夕メシにも響かねぇだろうし」

ここに八戒がいれば多分、止められてる。だってこの子、動く割には食が細いからさ。メシの前に甘いもんとか食うと、高確率で食べる量ががくんと落ちんだ。祭に行った時とかは気にしねぇけど、それ以外の時はお前は母親か!ってくれぇに気にかけてんだよなー。
まぁ、体力勝負みてぇな旅してっしよ、メシをしっかり食っておかねぇとぶっ倒れちまうからーってことなんだろうけど。その辺りは俺も心配になるし。

…それは建前で。

本音を言うと、俺はこの子を甘やかしたくて仕方がない。それこそドロッドロに。それくらいで靡いてくれるような子じゃないのはわかってんだけどなー…本当に好きな女にはここまで甘くしたい、ってなるんだな。初めて知ったわ。

(つーか、…すっげぇ今更だけど、俺ってここまでなまえちゃんに惚れてんのね)

いまだじーっとメニューと睨めっこしてるなまえちゃんを眺めながら、ふとそう思った。今更だ、本当に今更だけど―――でも改めて、この子への気持ちを自覚したんだ。

「なまえちゃん」
「あっごめんなさい!もう決まりましたから注文を―――…」
「…さーんきゅ」
「え?な、何がですか…?」

つき合ってくれて、俺なんかの誕生日を祝おうと思ってくれて―――さんきゅ。

「そうだ、悟浄くん。誕生日、おめでとうございます」
「…うん」



(良かったのか、八戒)
(…ああ、悟浄達のことですか?誕生日ですからね―――って言っても、彼女は僕のものではありませんから)
(フン。…眉間にシワ寄せるくれぇなら、さっさと手に入れちまえ)
(うわー、三蔵が激珍しいこと言ってる…)