私と江流の親代わりである光明様の元に時々来ていた、真っ黒な三蔵法師様。真っ黒で、額には印もないけれど、それでも確かに三蔵法師様なのだと教えてくれたのはきっと光明様だったと思う。
最初は真っ黒で、向けられる視線も、何もかもが怖くて仕方がなかった。まるで闇そのものでうっかりしていると飲み込まれちゃいそうな気がして、…傍に寄ることさえ嫌がっていたと思うんだ。どうして光明様はあんな人と一緒にいるんだろう、って何度思ったかもわからない。
…でも、あの人が来ると光明様は楽しそうに笑うから…だから、それは聞いちゃいけないことなんだって幼いながらに理解していたんだよね。
「―――あ、今日って…」
壁に掛けられたカレンダー。何の気なしに見た今日の日付は、8月24日―――それは烏哭様の誕生日であることを示していて、いまだに覚えている自分に思わず苦笑してしまう。
光明様が生きていられた頃は一度か二度、お祝いをしたこともあるけれど…もう会わなくなって何年経ったかなぁ。それなのに何で覚えてるんだろ、本当に。
『なまえは本当に烏哭に懐いてますねぇ。妬けちゃいますよ』
そう。最初こそ怖がっていたのに、気がつけば私は烏哭様にしっかり懐いていた。それを見た光明様が本当に悔しそうに言うものだから、烏哭様と2人で吹き出しちゃったんだっけ。だってその時の顔、子供みたいだったんだもの。そりゃあ笑うでしょう?
またある時は烏哭様のお嫁さんになるんだ、って私が口走って、それで光明様が私を倒してからです、って大真面目な顔して言うんだもん、また笑っちゃったよね。
「今思うと、恥ずかしいこと口走ってるなぁ…私」
「―――なーにが恥ずかしいって?」
突然響いた、男性の声。私が今いる場所が外ならそこまで驚かなかっただろうけれど、生憎、ここは家の中。ドアが開いた音も、ましてや気配すら感じなかったのに…!
驚いて振り向いてみると、そこにいたのは噂をすれば何とやら。さっきまで考えていた烏哭様ご本人だったのです。何年ぶりに会うかもわからない、傍から見れば感動的な再会なのかもしれないけど、当人からしてみれば感動的でも何でもない。ただのドッキリだ。
「や。久しぶり、なまえちゃん?」
「う、…烏哭様?!」
「ははっいまだにその呼び方なの?変わんないなぁ、君は」
「クセはなかなか抜けないものなんです!…それにしてもどうして、」
「んー?約束の品を貰い受けに、ね」
被っていた笠を外してニヤリと笑う様は、記憶の中に眠る烏哭様と何ら変わりがない。多少、歳はとっているけれど、でもやっぱり…カッコイイのだ。この人は。
…それにしても約束の品を貰い受けに来た、って何のことだろう?それもお店とかではなく、私の所へ。何か預かっていたか、と思案してみるものの、そんなのは全く記憶にない。あげる約束をしていた物も一切ないし、一体、烏哭様が何を引き取りに来たのか皆目見当がつかないでいるわけだけれども。
「あの、私、烏哭様から何か預かってる物とかありました?」
「…もしかして君、覚えてない?」
「覚えてない、って…何を?」
私の言葉にえー?って顔をしてるけど、何年も会ってないから約束なんてしてるはずもないじゃないですか。
「ひどいなぁ、…君からあげるからもらってって言ったのに」
「だから何のことです、…ん、ッ」
クイッと顎を掬われたかと思えば、噛みつくような口づけ。もう本当に何が何だかわからなくて、私はされるがまま。そのまま口内を舌で犯され続け、気がつけば腰が抜けて烏哭様に支えてもらう始末なんですけど!!
〜〜〜というかね?!なんっで私はこの人に口づけされてるの?!
「はっはぁ、けほっ!ちょ、…本当に何するの烏哭様!」
「新鮮な反応。…もしかして初めてだった?」
「いっ?!〜〜〜〜〜わかってて聞いてるでしょう」
「まぁね。何となくわかるし。…イイものもらっちゃったね」
「……あ、烏哭様って今日が誕生日でしょ?おめでとうございます」
「あら、ありがと。…ついでだし、プレゼント欲しいんだけどな?」
「ええ?会えるなんて思ってなかったから、そんなの用意してないですよ」
食材ならあるから、ごちそうくらいなら用意できるとは思いますけど。
そう口にしてキッチンに行こうとすれば、勢い良く引っ張られ、そのまま抱きしめられた。久しぶりに感じる他人の体温は、とてもあったかくてホッとする。誰かに触れるとか、触れられるとか、そんなのには縁遠い人生を送ってきたからなぁ。光明様だけだったかもしれない、触れて、触れられたのは。…もちろん、やらしい意味はないけど。
「本当に覚えてないの?なまえ」
「…覚えてたら今頃、ちゃんと言ってるんじゃないでしょーか」
「ま、それもそーか」
直に感じる体温に罪はない。この際だから、と烏哭様の温度を堪能しまくっていると、私の頭に顎を乗せていた烏哭様が「私が大人になったら丸ごともらって」って呟いた。この人は一体何を、と眉間にシワを寄せた所で、唐突に思い出した―――幼い頃、お嫁さんになるんだって言った後に、そう言ったことを。
どうしてお嫁さんになるんだって言ったことは覚えてて、その後のことは綺麗サッパリと忘れていたのだろうか。思い出してしまえば、烏哭様の表情も言葉も、こんなにも鮮明なのに。
「言いました、ね…そんなことも」
「ようやく思い出した?君も18歳でしょ?そろそろいいかな、って思ってね」
「―――本当に、もらってくれるんですか?」
それは素朴な疑問。思い出したから言えることだけれど、あの時の烏哭様の言葉は子供をあしらう為だけに紡がれたものだと、私は理解している。…今は、だけど。言われた当初は本気で喜んだもん。
―――チュ、
「もらう気がなかったら、わざわざこんなとこに来るわけがないでしょ?」
「ふっ…不意打ち禁止です……!」
「…ぷっ。くっくっくっくっくっく」
「そこまで笑う必要もないと思うのですが…!」
「はー、お腹痛い………で、丸ごともらっていいのかな?なまえ」
「ッ!」
そんな風に笑うのは、とてもズルい。
「残すのも、返品も却下ですからね」
強がりにも似た言葉に烏哭様はフッと笑みを零し、私に覆い被さったのだ。