風邪っぴき、完治。
風邪をひいて5日目。熱が昨日ようやく下がり、動くのも大分楽になってきました。これなら明日からバイトに行っても大丈夫そうかなー、時々咳は出るけど咳き込むほどじゃないし。
そんなことを考えながら洗い終った洗濯物を洗濯機の中から出していると、玄関のドアが開く音がして複数の人の気配。恐らく買い物に出かけた久保くんと時くんなんでしょうけど、…何か1人多くない?不思議に思いながらも大量の洗濯物が入ったカゴを抱えながら廊下に出ると、そこにはラフな服装に身を包んだ葛西さんが立っていた。あら、葛西さんがココを訪ねてくるなんて珍しいわね。しかもいつものスーツとコートじゃないってことは、もしかして非番?
「おかえり。あといらっしゃい、葛西さん」
「おう、邪魔するぜ。にしても、意外と元気そうじゃねーかほたる」
「咳はまだちょっと残ってるけど、熱は下がったもん」
「…ほたる、だからって動き回るのはどうかと思うけど」
「いーじゃん、洗濯物干すくらい。寝てばっかりじゃあ、体鈍っちゃう」
珍しく溜息を吐いた久保くんを横目に私はベランダへと足を向ける。さっさと干してお茶の準備、と思ったけど…久保くんがいるから彼が準備してくれるかな。チラリ、と窓ガラス越しに部屋の中へ目を向けると予想通り、キッチンでお湯を沸かす久保くんの姿が目に入った。
ちなみに時くんはソファで葛西さんと談笑中。いやー、平和な光景だねぇ。ほんと、話をしてる時くんと葛西さんを見ると父子みたいだわ。和やかに流れる時間を肌で感じながら、そっと笑みを零す。
最後の1枚を干してうーん、と背伸びをすると、カラカラと窓が開く音。首だけで振り向くと、久保くんがコーヒー片手に顔を出していた。いつも通り煙草も忘れずに、ね。どうしたの、と声をかければ、熱ぶり返しちゃうから早く入んなさいだって。ふふ、まるでお母さんみたいな発言よね?…ん、でもまだ肌寒いのは本当だし、また寝込むのは勘弁だから言う通りにしましょうか。
「ほい、ココア」
「ありがと。でも何でココア?」
「風邪っぴきの胃にコーヒーはマズイっしょ」
「そうかなぁ…別に大丈夫だと思うけど」
久しぶりに飲むココアはひどく甘ったるくて、でも温かくてどこかホッとする…そしてやっぱり美味しい。普段はコーヒーかカフェオレばっかりだけど、たまにはココアもいいかも。というか、誰も飲まないのに何でココア作れたんだろう。
疑問に思って問いかけてみると、どうやら葛西さんが買ってきてくれたらしい。私へのお土産なんだって。
「?私、ココアが好きだなんて言ったことありましたっけ?」
「いや、初めて会った時に飲ませたろ?そん時にいやに嬉しそうだった記憶が残っててな。…もしかして嫌いだったか?」
「…いーえ、割と好きですよ?ココア」
私ですら覚えていなかったことをこの人は覚えてたんだ。ふふ、何だかくすぐったい気持ち。
不思議な気持ちを胸に抱いたまま話をしていると、気が付けばお昼近くになっていた。どうりでお腹が空くわけね…でもどうしようかなぁ。ここ3日ほど寝込んでたから、多分、冷蔵庫にはほとんど食材がないのよねぇ。私のご飯はしっかり作ってくれてたけど、それもほとんど食材のいらない簡単なものだったし。微かな願いを込めて冷蔵庫を開けてみるけれど、そこにあるのはカロリーメイトやスポドリなどわりかし保存のきくものばかり。野菜やお肉はゼロ、か…これじゃあ何か作ろうにも無理だ。
「ほたるー?なに冷蔵庫と睨めっこしてんだよ?」
「んー、いや、お昼だし何か作ろうと思ったんだけど…食材が何もなかった」
「簡単な物しか最近は作ってなかったし、何より料理する本人が寝込んでたしね」
「ならラーメンでも食いに行くか?奢ってやる」
「行く!オッサン太っ腹!!」
調子いいんだから、時くんてば。
まぁ、そんなわけで今日のお昼は葛西さんオススメのラーメン屋さんに決まりました。仕事のお昼休憩でよく食べに行くお店なんだって。此処からだとちょっと遠いけど、葛西さんが車で来てるみたいだし、それにずっと家の中にいた私にとってはいい気分転換になりそうだわ。…おじやとうどんしか食べてなかった胃がラーメンの油に耐えられるか、それだけが心配だけどね。コーヒー飲もうとしてた人のセリフじゃないのはわかってるけどさ。
「あ、美味しい」
「だろ?」
「うん。見た目よりあっさりしてて食べやすい…」
葛西さんオススメなだけあって、すごく美味しい。時くんが頼んでたチャーハンも一口もらったけど、これもすっごく美味しかった。住んでる所から離れてるから滅多に来れないだろうけど、通いたくなるくらいに気にいっちゃった。いいなー、このラーメン屋さん。
「食欲戻ってきたみたいね、良かった」
「熱ある時は茶碗1杯も食い切れてなかったもんな」
「あー…うん、そうね」
「なんだ、しっかり食わねぇと治りが遅くなるぞ?」
あはは、…まっさかあそこまで高熱が出ると食欲がなくなるとは思わなかったよ。一口二口は全然問題ないんだけど、それ以上口にしようとすると気持ち悪くなっちゃって…だから、少な目に盛ってもらったおじややうどんも完食できなかったのよね。お腹は空いてるのに食べられない、ってのはこれまた初めての経験でした。
食べられる量が増えたのが昨日の夜、だったかな。ようやくお茶碗1杯は食べきれるようになったもの。それでもやっぱりいつもより量は少なかったんだけどね。あー…でも食べられるって、何かすごい幸せなんだなー。食べられない時間があると、尚更そう感じる気がする。
けど、胃は少し小さくなってるのかも。いつもなら大丈夫な量でも、今はちょっとだけ苦しい。ラーメン、あと少しなんだけどな…これを残すのはもったいないと思ってしまう。でもお腹苦しくて食べきれる気がしない、どうしようかな。
むー、とラーメンのどんぶりを見つめていると、誰かがひょいっと持って行ってしまった。代わりに置かれたのは麺や具がなくなり、スープだけが残った状態のどんぶり。
「ん?」
「…いや、ちょっとびっくりしただけ」
そう、私のどんぶりを攫っていったのは久保くんだった。当人は何でもない顔をして麺を啜ってるけど。…これ、ありがとうって言うべきなの?でもお礼言うのも、何か変な気がする。だけどこのまま、っていうのもなー私の何か…プライド的なアレが許さない。
「おーい、ほたるってば!」
「ぅわ!な、なに、時くん…っ」
「それはこっちのセリフ!食い終ったし、行くぞ」
「あ、うん」
慌てて時くんの背中を追えば、もう久保くんと葛西さんは外に出ていた。てか、私がボーッとしてる間にお会計まで終わってたのね…どれだけボーっとしちゃってたんだろ。
このまま葛西さんの車で家まで帰るのかな、と思ってたんだけど、買い物とかあるからーってことで久保くんがそれをお断りしたみたいです。私がまだ病み上がりだから心配そうな顔をしてたけど、2人が一緒なら大丈夫かって笑いながら帰っていきました。……あ、奢ってくれたお礼するの忘れてた。
「でもよー、久保ちゃん。こっから歩いて帰れんの?」
「帰れないこともないけど、せっかくだし買い物とかしてこーよ。ほたるも気分転換になるっしょ?」
「え?あ、うん…それは嬉しいけど」
「んじゃゲーセン行きてぇ!」
「はいはい。んじゃ行こっか」
さり気なく久保くんに手を繋がれて、私達は賑やかな街へと繰り出した。