行方不明の、キミ
いつも通りの朝。いつも通りの道。いつも通りの番組。いつも通りのご飯。
…全てが普段と何ら変わりないはずなのに、それなのに何故か、その中で生きている『彼女』だけがどこか様子がおかしいような気がした。
どうかしたのか、と聞いても、よく見る笑顔で何でもないよと言う。でもそれでも、胸に渦巻く不安が消えなくてどうしようもなくなる。何度聞いても、その度に同じ笑顔と言葉が返ってくるだけ。しまいにはこの問答は不毛だよ、と苦笑されてしまいましたとさ。
―――そして、急にあの子は帰ってこなくなった。しばらく帰れない、という言葉だけを残して。
「ほたるさん、今日も帰らないのですか?」
「―――…ええ。しばらくは帰りませんよ?2人にもそう言ってあります」
鵠さんのこの言葉、何度目だろう。きっと心配をかけてしまってるんだろうけど、でもごめんなさい…何度言われても私はまだ、あの家に帰ることができないんですよ。
そう、私はもう2週間ほど―――家に、久保くんと時くんが住んでいるマンションの401号室に帰っていない。
帰らないでどうしてるかって?鵠さんに此処のバイト以外のオシゴト紹介してもらったり、夜のオシゴトに関わってみたり、お店の奥で休ませてもらったり、それは色々なとこで夜を明かしてますよ?ラッキーなことに今は冬ではないので、公園で夜を明かしても風邪をひいたりはしないんだ。…さすがにそれはまだ未経験だけど。
「本当なら此処にも出入りしない方が良さそうなんですけどー…」
「此処は元々、そういうお客さんが出入りする所でもあるので心配しなくても大丈夫ですよ」
「…ま、鵠さんがそう言うならいーですけどね。でも事が治まるまで日にちは減らしてもいいですか?それ以外のバイトがある場合は連絡もらえれば来ますから」
「わかりました、そのようにしましょう」
じゃあ、と私は鵠さんのお店を後にする。人混みを避けてしばらく歩いていると、後ろに複数の気配を感じた。人数は…3人、かな?多分。相手の顔は確認してないけど、でもきっといつもの人達なんだろーなぁ。
実はコレが私が家に帰っていない理由、だったりする。2週間くらい前からよくわかんないけど、ずーっとつけられてるんだよねぇ。ただつけてきてるだけで何か危害を加えてくるわけでも、声をかけてくるわけでもない…本当にただ、私の後をつけてきてるだけなんだ。危害を加えてこないんなら気にすることもないのかもしれないけどさ、ほら、下手に家に帰って中に押し入ってこられちゃったら困るじゃない?あそこ、私の家じゃないし。何となく迷惑をかけるのが嫌で、何も理由は話さずに「しばらく帰れない」とだけ告げて今に至る。
あーあ、理由言ってないからきっと時くんなんか、カンカンに怒ってるんだろうなぁ。実際、何度かケータイに着信あったし。出てないけど。あと久保くんからも連絡あったっけ…あの人は鵠さんからバイトの斡旋してもらってるから、時々お店に顔も出す。その時は奥に隠れるか、もしくは外に出るようにしてたんだ。だから、この2週間は本当にあの2人の顔も見てないし、声も聞いていない。
ま、それはともかくとして。今は後ろにいる誰かさんを撒くことだけを考えましょうか。
ピタリ、と足を止めれば、後ろを歩いている気配も止まる。歩いて止まって、を何度か繰り返してから、私は脈絡もなく走り出した。これでも足には自信があるんだ、てかさー、何度かこの手で撒いてるんだからアンタらもいい加減、学習したらどーなのさ。それでも諦めずに2週間も私を追い掛け回してんだから、その根性と根気だけは表彰もんだと思いますけどね?
サッと路地裏に入って、使われていないであろう建物の中に身を隠せば人の気配と怒声が遠ざかっていくのを感じた。ん、何とか撒けたみたいね…でも念のため、しばらくは此処にいた方がいいかもしんないなぁ。
「…アイツら、何者なんだろ」
ここ2週間、ずーっと考えてみているものの全くどこの誰かがわからない。つけてくる理由や目的もサッパリだしねぇ。色々と恨まれてはいるだろうけど、もしそれがつけてくる理由だとすれば…目的は私の命、ってことでしょ?でも襲われる感じは一切しないし、殺意自体感じたことが一度もないときた。
あーもう、よくわかんないなぁ!地面に座り込んでカバンに入れっぱなしだった煙草に火をつける。ふーっと紫煙を吐き出せば、少しだけ気持ちが落ち着いたような気がした。煙草、吸うのめちゃくちゃ久しぶりな気がするなぁ。久保くんに拾われてからはほっとんど吸ってなかったもんね…その代わり、コーヒー飲む量が格段に増えたけど。よく時くんにお前らは中毒だ中毒!って言われたっけ。そんな彼もお菓子中毒のような気がするけどね。
「ダメだ。…家に帰ってないせいか、2人のこと考え始めるとキリがないや」
煙草を消して立ち上がる。そろそろ外に出ても問題なさそうだし。
最近、よくかぶっているキャップとパーカーを身に着ければ簡易的な変装の出来上がりー。ひとまず今日はこれで誤魔化すことが出来るでしょ。見つかってしまう前にどこか、身を隠すことが出来るオシゴトを見つけてしまいましょーか。さーて、今日は何をシましょうかね。
突然、返ってこなくなったアイツ。突然、連絡が取れなくなったアイツ。
ケータイは繋がるのに、いつまでたってもアイツの声が聞こえることはねぇ。いつだって聞こえるのは無機質なコールと、留守を告げる平坦な声だけだ。待っててもケータイが鳴ることは、ねぇ。
モグリの店に行けば会えるかも、って思ったけど、そこにもアイツの姿はなくて、靄のように存在を消してしまった。しばらく帰れない、という言葉だけを残して。
―――ねぇ、お前は何処にいるの?
―――なぁ、お前は何処にいんだよ?
何も告げられない、ということがこんなにも痛いものだなんて、知らなかった。