記憶の彼方に眠るヒト


「じゃあまたお願いするよ」
「…ええ、機会があれば…また」


朝日が昇り、街に人が溢れだす頃。私は宿代わりのラブホを後にした。
シャワーは浴びたものの、連日連夜、こんなオシゴトしてると気分悪くなってくるなぁ…というか、シてる間に久保くんを思い出しちゃうとかどういうことよ私ってば。確かに彼はセックスが巧かったけど―――…それを何であの時、思い出したりなんかしたんだろう。今回の相手だって、そこそこ巧かったのにね。ああでも、久保くんとの方がキモチーかもしんない。
〜〜〜〜…っだから、どうしてまた久保くんなんだっつーの!もうっ!!
イライラしながら煙草に火をつけてキャップを深くかぶり直す。紫煙を吐き出して空を見上げれば、視界いっぱいに広がった憎たらしい程のアオ。今日もいい天気になりそーね。人の気持ちも知らないで。憂鬱になりながらも人混みに紛れて歩き出した…目的地なんて、ないまま。
しばらく歩いているとふと、見知った顔を見つけたような気がして思わず立ち止まる。不躾にも凝視してしまう私に気が付いたのか、あっちも驚いたように立ち止まった。


「ほたる?!」
「えーっと、…やっほー葛西さん?」


へらり、と笑みを見せてそう言えば、やっほーじゃねぇわ馬鹿!!と怒鳴られました。うわお、相変わらず怒ると怖いなーこの人は。てか、怒るってことは久保くんか時くんから事情聞いちゃってるんだね。…これは説明しろ、と言われそうかも…もしくは久保くんと時くんを呼び出されてしまいそうな気がします。うーん…まだ事が治まってないし、それだけは勘弁願いたいとこなんだけどねぇ。
葛西さんに引きずられて連れてこられたのは、小さな喫茶店。時間が時間だからか中にいるのは数人だけで、とても落ち着いた雰囲気だ。へぇ…こんなとこあったんだね。知らなかった。


「…誠人と時坊から聞いたぞ、お前さん2週間も家に帰ってないんだって?」
「あー…うん、その通りです」
「何の理由もなく帰らねぇ奴じゃねぇよな?…何があった」


…ああ、やっぱりこの人には嘘も隠し事も通用しない。これも刑事の勘ってやつがなせる技なのかなぁ、昔っから葛西さんには見抜かれてしまってたのよね。最早問いかけではなく断定する言葉に苦笑を浮かべつつも、私は覚悟を決めてずべ手を話すことにした。
2週間前からずっとつけられていること。でも襲われてはいないこと。家に押し入られる危険を回避する為に家に帰っていないこと。
包み隠さず話して一息つくと葛西さんは眉間に深いシワを刻んでいた。まぁ、そんな顔にもなるわよね。目的もわからないし、何者なのかもわからない現状…極端な話、危害を加えられてしまえば手の打ちようはいかようにもあるんだけどなー。それがないからどうにもこうにも出来なくて困ってるんだ。ストーカーってわけでも、なさそうだしな…あの格好からして。黒いスーツにグラサンとかさ、どこのヤクザのオニーサンですかって感じじゃない?


「心当たりは、…ちょっとありすぎてわかんないんだよね」
「……お前さん、ほんと何してきたんだ?」
「さあ?こんなガキの過去なんて聞いても、一時の暇つぶしにもなんないわよ葛西さん?」
「はあ…まぁ、ひとまずそれは置いておく。これからどうすんだ?このまま一生、家に帰らねぇつもりか?」
「最悪はそうなるかもな、とは思ってる。でもこのままずっと何もアクション起こしてこないってことはないとも思ってるんだけど…どうなんだろ」


断定しきれないのは、目的が読めないからだと思う。そして何者なのかわかれば、きっと動きようがあるんだと確信してるんだけどなー…いい加減、何かしでかしてくんないかしら。どこの誰かさんか知らないけど。
カフェオレを一口飲んで溜息を1つ。葛西さんと話しててよくわかった、私、今のこの状況に思っていた以上に参ってるみたいだ。


「なぁ、お前さんが家に帰らない理由…それだけか?」
「…え?」
「さっき言ってたことも本当だろうと思う、けどよ…まーだ何か隠してんだろ」
「……葛西さんには敵わないなぁ、ほんと」


『いつになったら、俺のモンになってくれんの?』
脳内で反芻されるアノ言葉にドクリ、と心臓が跳ねる。眠る直前に耳に届いた言葉、聞こえなかったフリをして…私は眠りについた。眠かったのも事実だったしね。翌朝、何も言ってこなければ聞いてもこないことをいいことにそのままにしておいた。昨日、何か言った?って、聞くこともしなかったんだ。そして―――逃げるように、私は家に帰ることをやめたというわけ。
まぁ、家に帰ってない元々の理由はあのストーカーなんだけど…今となってはそれはただの口実でしかなかったのかもなー、と。久保くんのことばっか考えちゃうのに、肝心の久保くんには会いたいと思わない。顔を合わせたく、なくて。


「…久保くんに、告白まがいのこと言われたんです」
「は?誠人に?!」
「本気なのか冗談なのかは定かじゃないですけどね、ほら、彼はほとんどのことに執着しないから」


私が知る中で彼が異常な程に執着してるのはきっと、時くんだけ。
だから尚更、わからないんだ。何で久保くんが私にあんなことを言ったのか。私のことを拾ったのも、いまだに一緒に住んでるのも、それは彼の気まぐれでしかないと思ってる。興味半分で一緒にいるだけで、セックスやキスをするのもただの性欲処理でしかなくて、…そこに愛情なんて欠片もわるわけない。彼だって私と一緒、恋も愛も必要ないって思ってるタイプでしょう?
それなのにどうして、自分のモノにしたいなんてこと…言ったんだろう。

…もうやだ。久保くんのこともストーカーのことも、もう何も考えたくない。だけど、考えるのやめたら逃げてるみたいになっちゃうから、それはちょっとイヤ。でも疲れた。んー、いいカンジに矛盾した考えだなぁ私。


「しっかし誠人がねぇ…ほたるのことを気に入ってんのはわかってたが」
「ええ?久保くんが?ははっジョーダン」
「お前なぁ…何にも執着しねぇアイツが長い間ずーっと同じ女を傍に置いとくと思うか?」
「それは、思わない…けど」


思わない、思わないよ。葛西さん。
でもやっぱり、信じきれないし…信じたらダメな気がしてるの。だからね、私決めたんだ…このまま聞かなかったフリをし続けるって。のらりくらりとかわして、何でもないような顔して生きていく。出来れば―――――このまま、彼に会わないで生きていきたいとさえ、思ってる。

冷え切ったカフェオレを飲み干し、もう外に出ようと立ち上がった時。テーブルに置いていたケータイが震えだした。すぐに止まったからメールだと思うんだけど…一体、誰から?私のアドレスを知ってるのは限られてる。それに普段、メールで連絡してくるような知り合いはいないはずなんだけどなぁ。
嫌な予感を胸に抱きつつケータイを開けば、やっぱり新着メールのアイコンが待ち受け画面に表示されていた。恐る恐るそのメールを開封してみると、画面いっぱいに映し出されたのは1枚の写真。


「久保くん、…時くん…?!」
「ほたる?誠人と時坊に何かあったのか?」


言葉は発さずに画面だけを葛西さんへ向けると、葛西さんも驚いた顔で言葉を失っていた。
メールに添付されていたのは、何処かの工場跡地らしき場所で縄で縛られている久保くんと時くんの写真。差出人は、出雲会の…真田。
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