きみのカコ


車の中はしん、と静まり返っていた。いつでも元気な時くんまでもこの重い雰囲気に気圧されているのか、それとも殴られたという傷が痛むのか…理由まではわからないけど、車に乗り込んでから一言も喋っていなかった。久保くんに至っては怒りのオーラすら感じるような気がします。黙って運転をしてくれている葛西さん、も。
さあどうしようか、と考えつつも、最近またクセになってきた煙草に手を伸ばし火をつける。換気の為に窓を開けるのも忘れずに、ね。


「…煙草、やめたんじゃなかったっけ?」
「やめた、とは言ってないよ。自然と吸わなくなってただけ」


窓の外にふーっと紫煙を吐き出せば、それはあっという間に風にさらわれていってしまった。ああ、私もあの煙のように消えていけたらきっと何も考えることなく、楽になれるのになぁ。ふと思い浮かんだことに自嘲的な笑みが漏れる。
バカだなぁ、私…どうしたって消えることなんか、出来やしないんだ。人間として生まれた限り、人間として生きてる限り。形を成している限り、煙のように消えることなんて不可能でしかないのに。一体、何を考えてるんだろ。逃げたい、のかな…ココから、この世界から。


「ほたる。お前、出雲会の真田と知り合いだったのか?」
「…やーねぇ、葛西さん。言ったでしょう?こんなガキの過去を聞いたって、暇つぶしにもなりませんよって」
「暇つぶしにするつもりなんざねぇよ。それに、後ろの2人だって気になってんじゃねぇのか?」


バックミラーへそっと視線を移せば、久保くんは窓の外を見ていて何を考えているのかさっぱり。でも時くんは聞きたい、って目をしていた。はぁ…全く、好奇心旺盛な猫だこと。私のことなんか聞いても、知っても、君の記憶を知る手掛かりになんかなりやしないのよ?一切関係のないことなんだから。
そう言っても時くんは引く様子を見せなくて、さっきよりも眼光を鋭くして「話せ」と一言、言い放った。これはもう何を言っても無駄かもしれないわね…話すまで引いてはくれなさそうだわ。諦めるしか、ないか。まぁ、いい加減潮時ってことかなぁ。
携帯灰皿で煙草を消して、もう1本新しい煙草を取り出して口に咥える。火をつけることはせず、口先で弄びながらどう話していこうかを考えてみるけれど。如何せん、どこから話すのが正解なのかがわかんない。私の生い立ちとか、そんなんはいらないわよね?必要ないし、興味もないだろうから。


「私、愛人だったのよ。あの人の」
「…真田、って奴の?」
「そ。久保くんに拾われる前の話だから…もう5年以上前の話だけど、ね」


あれは私が16歳の時だったと思う。親なんて名ばかりで、私のことなんか一切顧みない両親だったから1人でどうにか生きていかなきゃいけなくて、それこそお金を稼ぐ為に何でもやった。高校は行ってなかったけど、年齢が年齢だからまともなバイトなんて出来なかったけどね。

そんな時、真田サンに出会ったの。

あの頃はまだ代行じゃなかったけど、でもなーんか他の人達とは違う雰囲気を纏ってて…一目で惹かれた。素敵な人だな、って。最初はね、ただのお客さんとキャバクラ嬢だったのよ?恋愛感情とか、そういうの関係なくお店だけでのカンケイで。その時働いてたお店はお触りナシの所だったから、キスとかセックスとかも一切してなかったしね。その関係が変わったのは…いつ頃だったかなぁ。
急にもうお店には来なくていい、って店長に言われて、クビになったとしか思ってなかったんだけど…そのまま真田サンのお傍にいることになってさ?色んなこと教えてもらった。それこそアッチのことから、裏のオシゴトのことから、真田サン本人のことまで、…本当に色々。銃の扱い方とか、護身術とか教えてくれたのもあの人だった。裏の世界で生きていけるようにしてくれたことは、今でも感謝してるけど。


「―――…きっと、本気で愛してたんだ。あの人のこと」


あの人の為なら何でもするって思っちゃうくらい、盲目に。殺しもしたし、真田サンに牙をむく人だって片っ端から制裁加えてたし…今思えば、あの人は私にとってのカミサマだったんだと思うんだ。あの人に拾ってもらえなければきっと、ずーっと薄暗い所にいたんだと思う。それを少しだけ明るい世界に引っ張り出してくれた、生きる意味を与えてくれたのよ。
好きで、好きで、好きで仕方なかった。あの人に触れてもらえる度に嬉しかったし、隣に置いてもらえることが何よりの喜びで。あの人に認めてもらえるのなら、頼ってもらえるのなら、私自身を見てくれなくても愛してくれなくても良かった。ただ、傍にいられれば十分だったの。


それなのに―――――


「どうして私を見てくれないんだろう、って思っちゃった」


私を見て、と。私を愛して、と。何度も心が叫んで、悲鳴を上げていた。でもそれでも、あの人は私を愛することはなかったし、見てくれることもなかった。ただの一度も。
気が付けば私はただの殺し屋になっていて、あの人には新しい愛人ができていた。ふふ、何てことない…よくあることなのにね?でもその時の私は割り切ることが出来なくて、その新しい愛人を殺しちゃったの。そこにいるのは私、私だけがあの人の隣にいれば―――そう、思ってたんだ。

それから私は、誰にも何も言わずに出雲会を飛び出した。飛び出した先で東条組の奴らに襲われちゃってさ、このまま野垂れ死ぬんだろう、と思ってたんだけど…


「誠人がお前さんを見つけた、ってわけか」
「うん」
「……まだ、好きなのか?真田のこと」
「どう、なんだろう。もうね、好きとかそういうの…わかんないんだ。愛とか恋とか、そういうのはイラナイよ」


なくたって生きていける。ない方が、ずぅっと身軽なんだから。
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