もういちど、きみと
「これうっめぇ!」
「はいはい、わかったからもう少し落ち着いて食べてくれるかな?時くん」
「ほたる、おかわりってあるの?」
「ご飯?あるけど、珍しいね。久保くんがおかわりするなんて」
お茶碗を受け取って新たにご飯を盛れば、また黙々と食べ始めました。…表情はそんなに変わってないけど、久保くんが黙って食べてる時って気に入ってくれてる時なのよね。まぁ、普段からそんなにご飯食べてる時に喋らないけど…なんとなーく、わかるようになってきた。気が、する。
ちょっと多いかなー、と思っていたおかずは2人によってあっという間に食べ尽されちゃいました。残ったら明日のお昼にでも、と思ってたけど甘かったなぁ。そして私、そんなに食べてないんだけどね?実は。何か時くんの食べっぷりを久しぶりに見た気がして、気が付いたらおかずは綺麗になくなっていましたとサ。ま、いーけどね。そこまでお腹空いてるわけでもなかったし。
ああ、でも何かこの感じやっぱり好きかもしれない。久保くんがいて、時くんがいて、私がいて…3人でこうやってご飯食べてるの。何でもないことだと思ってたけど、そんなことなかったんだなー…失ってみて初めて気が付くってことはたくさんあると言うけれど、それはあながち間違いでもないかも。帰る場所があること、おかえりって言ってくれる人がいること、ただいまっていてあげられる人がいること、…当たり前のようで実は当たり前じゃないことだったんだ。
色々あって、結果的に迷惑や心配もかけちゃったけど。でもまぁ、大事なことに気が付くことも出来たし結果オーライってやつかなぁ。こんな風に思えるなんて、私も少しは変われたのかな。
「はい、コーヒー」
「さーんきゅ。ほたるも座ったら?」
「洗い物が終わったらね」
久保くんと時くんに食後のコーヒーを出してから再びキッチンへ。
フライパンとか器具は全部洗い終ってるからまだ楽だけど、こーやってシンクにお皿全部置いてみると…我ながら作り過ぎでない?テーブルに並べた時も、うわっ多い!って思ったけど。残骸を目にすると改めて実感するというか何というか…っと、そんなこと考えてないでちゃっちゃか片づけちゃうとしましょう!時間経つと余計に面倒になっちゃうしね。
洗い物をしている最中に後ろから聞こえるのは、ゲームの音楽とコントローラーのボタンを押す音と時くんが苦戦している声。それから楽しそうにアドバイスをする久保くんの声だ。さっきまで警察に捕まってたっていうのに、何だか平和で和やかな空間だなぁ此処は。あまりの違いにクスクスと笑みが零れてしまう。
―――キュッ、
「終わり、っと。2人共、そろそろお風呂入っちゃってー」
「おー。…って、2人で?」
「2人で。その方が時間短縮にもなるし…それに男同志なんだし恥ずかしいも何もないでしょ?」
「んー…そしたらほたるも一緒に入る?3人で仲良く」
サラリ、と爆弾発言をしてくれた久保くんにはクッションを投げつけて、バカ言わないのと一言。
あらかじめ用意しておいたタオルや着替えを時くんに押し付け、本気なのになーとかとかまだ戯言をほざいてる久保くんの背中を押してお風呂場へ強制連行した。ドアを閉めてしまえば2人は大人しく一緒にお風呂に入り始めました、よしよし。
洗い物は終わったし、乾いた洗濯物はもう畳んでしまったから大丈夫…もうすることはなさそうだし、ゆっくりしてよっかな。自分の分のコーヒーを入れてソファに座り、ようやく一息。…なーんか、2人の姿を見てやっと詰めていた息を全部吐き出せたような気がする。
帰ってこないかもしれない、という不安は、ドアが開いて姿を見た瞬間、一気に消え去っていった。代わりに広がったのは安堵。帰ってきてくれた、という安心感だった。
「はー…ほんと、良かった」
マグカップを両手で包み込むように握れば、洗い物で冷えきっていた指先がじわじわと温まってきた。のんびりと流れてる時間に身を委ねていると、ポケットに入れっぱなしだったケータイが震えていることに気がつく。こんな時間に誰だろ…鵠さんかな?それとも滝くんとか?
ディスプレイに映し出されている名前を確認してみれば、予想とは違う人の名前。相手は葛西さん。
「もしもし、葛西さん?」
『おう。新木達から聞いたぞ、お前さんも無茶したんだって?頬を怪我したって時坊が言ってたぞ』
「ちょっと掠っただけですよ。というか、言われるまで忘れてました」
『ははっそうかよ。……悪かったな、何もしてやれなかった。誠人は戻ってきたか?』
「うん、時くんと一緒に。ご飯も食べたし、今入浴中よ」
そうか、それなら良かった。
小さく呟かれた声は微かに震えているような気がした。ああそうか、葛西さんも久保くんのこと心配してくれてたんだね。ふふ、久保くんてば思っていた以上に幸せ者じゃない。こうやって、心配してくれる人がいるんだもの。そんな人が1人でもいれば、案外人生も悪くないってものよ?君は、そう思ってないのかもしれないけど。
『そういやほたる、家に戻ったのか?』
「ん?…あぁ、今日ねようやく戻ってきました」
『たく、とんだ不良娘だな。あんまり心配かけんじゃねーよ』
「あははっごめんなさい、気を付けます」
ふと会話が止まり、窓へ視線を向けるとカーテンの隙間から白いものがちらほら舞っているのが見えた。わ、さっきは気が付かなかったけど、雪が降ってきてたんだ。そりゃ寒いはずだよね…もうすぐ年末だし、降ってもおかしくない時期かぁ。この降り方じゃあきっと積もらないだろうけど、明日の朝は薄ら地面が白くなってるかもしれないね。
「―――ねぇ、葛西さん。私、気がついちゃったよ」
『ん?』
「どうしたって、大切なんだってことに。離すことができないってことに」
『なんだ、いいことじゃねぇか。また、大事なモンを持つことが出来たんだろ?』
「いいこと、なのかなぁ?だってきっと、私は壊しちゃうもん…大事にしようとすればするほど」
いつかきっと、重くて耐えられなくなる。
ポツリ、とそう呟けば、電話の向こうで葛西さんが豪快に笑ってる声が聞こえた。ちょっと、どうしてこの人は笑ってるのかなぁ…私は至極、真面目な話をしているつもりだったんだけど?なに笑ってるの、と声を荒げてみても葛西さんの笑いはしばらく止まらなくて、仕方ないから治まるまでじっと待つ他ない。
…これ、電話切ってもいいかなぁ…話するような状態じゃないよね?てか、本当に何がツボだったんだろう?私、そんなに笑われるような面白いこと言ってないよね?そんな記憶ないし。それとも葛西さんのツボがおかしい、とか?でも今回に関してはおかしすぎでしょ、どう考えたって笑い所がゼロの話してたのには間違いないし。
そして待つこと1分。ようやく笑いが治まった葛西さんは、呼吸を整えながら言葉を紡ぎ始めた。呼吸乱れるってどれだけ笑ってんの、ホント。
『悪い、悪い。お前さんはちゃんと成長してるよ、安心しろ』
「?どういうことですか」
『相手のこと、心配できてるじゃねーか。その気持ちさえありゃあ、大丈夫だろ』
今までだったら、他人なんてどうでもいいと思ってたんじゃねぇのか?
葛西さんにそう言われて言葉に詰まる。実際に思い当たる節がいくつかあったから。真田サンを好きだと思っていた時、こんな風に思ったことない気がしたから。私を見てほしい、愛してほしいと思ったことはあるけど、その想いが相手を傷つけるかもしれない、壊してしまうかもしれないっていう心配や不安は…なかったと、思う。わかんないけど。
「…いいの?可愛い甥っ子が毒牙に引っかかっちゃっても」
『あん?…お前さんなら、問題ねーだろ。それにちゃんと好きだと思ってんだろ?』
「―――――…うん、すき。」
『なら、それでいいさ』
じゃあな、と言って葛西さんが電話を切るのと、リビングのドアが開くのは同時だった。