寂しがりにゃんことのお約束
時くんは猫っぽい。気まぐれな所なんて本当に猫そのものだ、と出会った時から思っていたんだけど…今の彼はどっちかっていうと、人懐っこい犬みたいな感じかしら?
―――ぎゅうううう…っ
「ときとー?」
―――ぎゅうううう…っ
「ときとーってば」
「とーきーくん?朝からずっとこの調子じゃない、どうしたのよ」
―――むぎゅうううう…っ
答えが返ってくる代わりに強まった腕の力に私と久保くんは、思わず顔を見合わせる。どういうことだろう、とアイコンタクトを取ってみるものの、あっちもさあ?と首を傾げるばかりで何もわからずじまいだった。
朝、起きた時から時くんは久保くんと私に抱きついたまま、よっぽどのことがない限り離れようとしない。離れるのはトイレとか、ご飯の準備とか、食事している間とか…離れないと無理だ、という時だけ。それ以外はずーっとこの状態。私が料理してる間は久保くんに抱きついたままだし、久保くんが離れてる時は私に抱きついたまま。まるで子供のような仕草に母性本能の欠片がくすぐられて仕方ないんだけど、でもこうしてる理由は一向に教えてくれないの。
全く…一体、何があったのかしらね?起きてきた時からこんな状態だから、やっぱり何か悪い夢でも見たっていうのが有力かしらーと思ってはいるんだけど、如何せん何も話してくれないからそれは推測の域を出ないのです。
「ねー、時くーん。ちょっとさ、出かけよっか」
「…どこに」
「ほら、君ケータイ壊しちゃったんでしょ?久保くんのも壊れちゃったみたいだから、新しいの買いに行こ」
それからゲーセンでも行って、散歩とかしちゃったりしてさ?
「遊びに行こうよ、…3人でさ」
「3人で…?」
「そ、3人で」
ようやく顔を上げてくれた時くんににっこり笑みを向けて3人で、を強調すれば、朝からずっと曇りがちだった表情がパッと明るくなった。
元気になったのかコート取ってくる!とリビングを文字通り、飛び出していった彼を見て、久保くんと私はぷっと吹き出してしまう。だって機嫌が直るのが一瞬すぎて、おかしいったらありゃしない。でもまぁ、ああいうとこも可愛くて仕方ないんだけどねーウチの猫は。
「私達も準備しよっか、久保くん」
「そぉね」
リビングの電気と暖房を消して、最後にガスの元栓が閉められているのを確認してから廊下に出れば、すっかり元気でうきうき気分になったらしい時くんが、すでの靴を履き始めていた。靴を履く為に丸めた背中を見て一層、笑みが濃くなるのを感じていた。ほーんと、可愛くて仕方ないったら。
しばらく眺めていた間に私の分のコートも久保くんが持ってきたらしく、頭からかぶせられた。ついでにマフラーも。うん、持ってきてくれたのはありがたいんだけどフツーに渡してくんないかな、これじゃ前が見えないっての。
「久保ちゃん、ほたる!早く行こーぜ!」
「はいはい、わかったから落ち着きなさいって。薄らと雪積もってるだろうし、コケないでよ?時任」
「転ばねーよっ!久保ちゃんこそ気を付けろよなっ」
「俺は大丈夫だもーん」
「だもん、じゃないでしょ久保くん。ほら2人共、先に外に出てくれないと私が靴履けないのー」
ごめん、と言いながら時くんがドアを開けると、一気に外の冷たい空気が流れ込んできてブルリと体が震える。うー…!さっすが雪が降っただけあって寒くて仕方ないなぁ、ほんと。まだつけてなかったマフラーでしっかり首元をガードして家の外へ。
そこから見えたのは一面の銀世界。昨日の夜から降り始めた雪は明け方まで降り続いていたらしく、辺りを真っ白に染め上げていた。起きた時に窓から見たものの、こうやって改めて見てみると案外雪景色っていうのも綺麗なものなのね。
「さみー!でも雪すっげーな!!」
「だねぇ。思ってたより積もっててビックリ」
「なぁなぁ!帰りでもいいからさ、公園寄ってこーぜ公園っ」
「いいけど、…さすがに寒いと思うわよ?」
「ヘーキだって。温かいモン買ってさ!」
普段は気まぐれな可愛い可愛い猫なのに、雪を見てテンションダダ上がりのこの状態はどう見ても犬、よね。うん。どっちでもいーけどね、時くんならどっちでも可愛いって思うから。あー、こういうことを親バカって言うのかなぁ?って、私は時くんの親ではないけどね。無論、飼い主でもありません。飼い主はどっちかってーと久保くんの方だ。だって家主だし、あの家の。
あ、でもそうなると私も飼われてることになるのかなー…久保くんに。まぁ、それで全然構わないんだけど。
ずっと時くんに向けていた視線を、そっと隣を歩く彼に向けてみるととても穏やかな笑みを浮かべていて。太陽に照らされたその横顔は、惚れた欲目がなかったとしてもドキッとしてしまいそうな程に―――カッコいい、と心から思うわけで。
「…ん?どったの、ほたる」
「ううん、何でもないわ」
「―――なぁ、久保ちゃん。ほたる。」
歩みを止めた時くんがいやに真剣な声音で私達の名を呼ぶから、思わず足を止めてしまった。クルッと振り向いた彼の表情は逆光で見えないけれど、何となく雰囲気で泣きそうな顔をしているような…そんな気がするの。どうしたの?どうして、そんな不安気な声で私達の名を呼ぶの?
どれだけ考えてみても彼が何を思っているのか、何を考えているのかなんて想像もつかない。だからね時くん、君のその気持ちを言葉にして私達に伝えてくれないかな。どれだけ時間がかかってもいいよ、どれだけだって待ってあげるから。
お互いにその場から全く動かなくなってどのくらい時間が経っただろう。いい加減、体が寒さを訴え始めた頃、ザクザクと雪を踏み鳴らしてこっちに歩いて来る時くんの姿が目に入る。私達の目の前まで来ると、寒さのせいで指先が薄ら赤くなり始めている手で―――久保くんと私の手をぎゅっと握りしめた。
「…っ、俺…お前らが揃ってないとヤだ。2人が傍にいねーと、イヤだ。…俺が、要るって言え」
その言葉は前に一度、聞いたような気がする。
でも、今の状況はどう見たって…
「ふふっどっちかと言うと…時くんが私達を必要だ、って言ってるみたいだね」
「だっ?!〜〜〜〜〜〜…っいる、要るよ!俺だって、2人が要るっつーの!!」
「…そぉね、俺もお前達が要るみたいよ?」
「私も要る、かな?君達がイラナイ、って飽きて捨てるその日まで」
それは永遠の誓いでも何でもないけど、でもそれでいいの。いつか破られる約束だとしても、今のこの一時を幸せだと思えれば…私には十分すぎることだから。