02


「葛西さーん、久保田くーん。ご飯できましたよー」


あれから半年が経った。お腹の傷も、足と腕の打撲もようやく完治して人並みに動けるようになったのは今から3ヶ月ほど前のこと。動けるようになった今でも、2人は私を追い出すようなことはせずにそのまま一緒に暮らしてる。そして家事の一切を担当することになったのだ。
別に頼まれたわけじゃない。だけど、動けない間に見ていた食事は何というか、…こう、殴ってしまいたくなるようなものだったのでつい、「ご飯、私が作りますから。」と宣言しちゃったのよね。最初は拒否されるかと思ってたの、だって私居候だし、怪我が治ったなら出ていけと言われると思ってたんだけど…一切言われませんでした。むしろ、ご飯を作ることに好意的な態度を示されて間抜けな顔を晒したのは記憶に新しい。


「今日は肉じゃがか。美味そうだな」
「レパートリー豊富だよね、料理、得意なの?ほたるサン」
「まぁ、そこそこ…嫌いじゃないです」


あまり会話のない食卓。でも、それでもどこか漂う暖かい空気に私は少しだけ居心地の悪さを感じていた。…だって、家族がどういうものか私にはわからないから。この2人の関係も一般のソレとは違うような気はしてるけど、葛西さんは久保田くんを可愛がってるように見えるし、久保田くんも表情からは感情が読みにくいけどでも、葛西さんを慕ってるというか…好意的な感情を抱いてるようには、見えるから。
この2人の関係を羨ましいと心のどこかで感じながらも、近いうちに出て行くんだし―――と、自分の心を戒める。諌める。暖かいもの、なんてなくたっていい。
そう思っているものの、初めて誰かと暮らすという感覚に私は無意識に浮き足立っていたらしい。葛西さんと久保田くんが待つ家に帰るのは嬉しくて、2人の為に食事の献立を考える時間や買い物をする時間は楽しくて、1人、家の中で待つ時間さえ苦痛ではなかった。あんなに―――他人を待つことは、嫌で仕方なかったのに。
此処での暮らしは私にとって、知らない間にずいぶんと心の中の大半を占めるものになっていたようだ。我ながら不思議で仕方ないけどね。こんな風に思ってる、自分がいることに。





「え?久保田くん、家出て行くんですか?」
「ん、中学も卒業するし…いつまでも迷惑かけられないっしょ」
「…葛西さんはそんなこと気にするな、って言いそうですけどね」
「うん、言われた。でも最後はお前の好きにしろ、だって」


少しずつ話すようになった久保田くんにずっと気になっていた歳を聞いた時には、腰を抜かしそうになりました。いや、本当に。だって高校生くらいだろう、と思ってたらまさかの中学生だったんだよ?!この子!いくら何でも見えないよなぁ…と思わず笑っちゃったけど。しっかし、人は見た目で判断するなーとかよく言うし、聞くけど、こんな形で実感することになるとは思わなかったわよ。

…けど、そっかぁ…久保田くん、此処を出て行くのか。それなら私もそろそろ、1人で生きていく道を探さないといけないよね。彼の言葉を借りるわけじゃないけど、いつまでも迷惑をかけたり、お世話になってるわけにもいかないもの。


「ほたるサンはどーすんの?」
「怪我もすっかり治ったし、私もそろそろアパート探さなくちゃなーって思ってます」
「そうなんだ。…じゃあ、」

俺と、一緒に住まない?

「…君と?」
「俺と。」
「本気?」
「本気じゃないように見える?」


見えるよ。ついでに言えば、君の表情からは一切感情が読み取れないんだよ久保田くん。
んんー…でもすぐに気に入った物件が見つかるとは思えないし、見つかるまでって期限付きで転がり込むのも悪い手じゃあないかも。何か利用するみたいになっちゃうけど、言い出したのはあっちだし―――そのくらい、大目に見てもらえるかな。
じゃあお願いします、と短く告げれば、こちらこそよろしくね、とお決まりの言葉が返ってきた。奇妙な同居生活はもうしばらく続きそうです。…1人欠けるけど。


「じゃあ、いこっかほたるサン」
「うん」


お世話になった葛西さんの家を出て新しい家に引っ越したのは、それから2ヶ月後のこと。その間に私は久保田くんがよく行っている、という怪しげな薬屋さんでバイトを始めました。雇い主の鵠さんという人は、何だか食えない人だけどでも、何となくそのお店は居心地が良かった。
相変わらず家事の一切を担ってるのは私で、久保田くんも時々、洗濯を手伝ってくれる。でもそれは結構楽しくて、苦だと思ったことは一度もない。これが私達だから、って思えるようになったのはいつからだったんだろう。…ああ、いつからと言えば、彼が私のことを呼び捨てで呼び始めたのも…いつからだったかなぁ。










「―――…て、ほたる、起きなさいってば」
「ん、…くぼくん…?」
「久保くんですよ。目ェ覚めた?」
「わたし、寝てた…?」
「ぐっすりと。準備しておいで、出かけるから」


出かけるって、何処に?というか、この子、いつの間に帰ってきてたんだろ。いつもなら物音で意識が覚醒するはずなのに、今日は全く気が付かなかった。そんなに熟睡してたのかなぁ?


「ふぁ…あれ?そういえば時くんは?」
「時任はエントランスで滝沢さんと待ってるよ」
「……ねぇ、久保くん。何か色々と読めないんだけど?」
「バイト帰りに偶然会ってね、ご飯食べに行こうかーって話になったの」


それで私も誘おう、と電話してくれたらしいんだけど、ケータイも家の電話も出やしないから帰ってきてくれたんだって。
慌てて部屋に置きっぱなしになってるケータイを確認してみると、…うわ、ほんとだ。久保くんに時くん、それに滝くんからも着信入ってる。そうだ、洗濯や掃除してたから必要ないやーってベッドのサイドボードに置いたままにしておいたんだっけ…それでそのままリビングのソファで爆睡、と。家の電話はすぐそこにあるから気が付いてもおかしくないんだけど、…まぁ過ぎたことをあれこれ言っても仕方ないか。
ケータイを閉じてポケットにしまいこむ。小さめのショルダーバッグにお財布だけ突っ込んで廊下に出れば、久保くんはもう玄関でスタンバイOK。私の準備が済めばすぐにでも行ける状態になってました、それもそうか…帰ってきた時のまんまなんだもんね。


「じゃあいこっか」


そう言って私に手を差し出した彼の姿が、4年前のあの時の姿と重なった。あの頃より少し伸びた髪と、大人びた顔…でも、仕草だけは一切変わっていない。私に向けられる優しい眼差しも、微笑みも、手も、あの頃と変わっていないのよ。


「―――久保くん、私ね懐かしい夢を見たの」
「夢?」
「そ。君と、初めて会った時の夢」
「…ああ、そういえば今日だったっけ」
「うん」


外に出て真っ先に目に飛び込んできたのは、眩しいくらいの太陽の光。
4年前のあの日とは真逆の天気。それはまるで―――私の胸の内を代弁するかのような、そんな天気なんだ。
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