白昼夢


いつものように朝ご飯を作って家を出た。本当ならお昼ご飯も作っていくつもりだったんだけど、どうやら今日は午前中で店を閉めるらしい。なので、私のバイトもお昼までとなりました。2人には言ってないけど、まぁあんまり気にしないでしょ。お腹が空いて耐えきれなくなったら、冷蔵庫の中にあるもので適当に作るか、ファミレスに行くか、コンビニに行くでしょうし。もし何も食べていなかったら、私が作ればいいだけの話だしね。

そんなこんなで今日のバイトも難なく終了ー。着替えて鵠さんに挨拶して外に出た所で、ポケットに入れっぱなしだった携帯が震えていることに気が付いた。画面に映し出されていたのは、久保くんの名前。


―――ピッ

「はいはーい。どしたの?また厄介事?」
『何で一言目がそれなのかなぁ。…ま、いーや…バイト終わった?』
「ついさっきお店出たとこ。あ、買い物のお願い?」
『んーや、俺ら今外にいるからメシでもどーかな、って』
「ああそういうこと?じゃあ、ご一緒しよっかな…何処?」


電話をかけながらもうお店に向かって来ていたらしく、そのまま待機を命じられました。まぁ、確かに此処で待ってた方が落ち合うの楽だし、行き違いになることもないわよね。フェンスに寄りかかってしばらくボーッと空を見上げていると、時くんの元気な声が聞こえた。ゆっくりと視線を戻せば、嬉しそうな顔した彼が大きく手を振っていた。…うん、此処、外なんだけどね?手を振る姿は可愛いと思うけど、されてるこっちは結構恥ずかしいんだぞ馬鹿。彼に言った所でそれがどうした、って言われそうだから言わないで心の内に秘めておくけど。
唯一の救いはアレだね、人通りが少ない場所だってことだね。


「ほたるお疲れっ!」
「ありがと、時くん。今日も元気いっぱいだねぇ」
「それが時任のいいとこっしょ。…何食いたい?」
「俺、肉!」
「いっつもお肉かピザだね、君は…私は何でもいいよ、2人に任せる」


くあ、と欠伸をしながらそう答えれば、2人でお昼のメニューの相談が始まった。さーて、どのくらいで決まるかなぁ?でも久保くんてば、時くんの意見を却下することってあんまりないからすんなり決まりそうな気もするけど。
…あ、そういえばいつも行くファミレスで期間限定のデザート始まってたんだっけ。チラシだか何だかで見て食べたいなー、と思ってたんだった。あとお気に入りの紅茶屋さんでもこれまた期間限定の美味しそうなワッフルとシフォンケーキが始まったのよね。んー…それ食べたい、と言いたい所だけど、甘い物好きな久保くんはともかく時くんに「それはメシじゃねぇ!」って怒られちゃいそう。怒った時くんの顔見るの嫌いじゃないけど、怒られるのはちょっと勘弁だ。
ボケーッとそんなことを考えてたら、不意に誰かに手を引っ張られた。それでようやくパッチリと目が覚めたような気がした。…もしかしなくても私、今ちょっと寝てた?


「今、ちょっと寝てたでしょ。コンビニで買って帰る?」
「ん、だいじょーぶ…せっかく外にいるんだし、出かけたい」
「何か今日のお前、危なっかしいなー。ほら、こっちは俺様が手ぇ繋いでやる!」
「…なにこの状況…」
「いーんでない?仲良さげで」


えええ?いいのかな、それで。…でもまぁ、たまにはこーいうのもいっか。久保くんの右手と、時くんの左手をぎゅっと握り返して私達は人通りの多い大通りに出ることにした。
大通りに出て思い出したのは、今日が土曜日だったってこと。ごった返すほどの人が街には溢れていて、一瞬でも気を抜いたら人の波に流されてしまいそうなくらい。これは本当に2人が手を繋いでくれてて良かったかもしれないわ。今日の私の状態じゃあ、きっとはぐれる。確実にはぐれる。携帯持ってるから合流は出来るだろうけど、捜すの大変そ。というか、あんまり長い間いると人酔いしそーでやだなぁ。

人が多くて色んな音が混じり合ってうるさいはずなのに、左側を歩いてる久保くんの携帯の着信音がよく聞こえるのはどうしてだろう。
時くんと言葉を交わしながらも、電話に出る久保くんに意識を向けてみると少しばかり空気が凍ったようなきがする。何というか、…警戒、に近いのかなぁ?久保くんからそんな雰囲気を感じ取って、きっと電話の相手が嫌な人なんだろーなとか考えてた。
彼から意識を外してふっと前に視線を投げると、ずいぶんと懐かしい姿が―――目に映ったような、気がした。
ドクン、と心臓が跳ねる。握っていた久保くんと時くんの手を思わず離して、行き交う人並みに紛れそうになるけれど。でも2人はそんな私を目ざとく見つけてすぐにさっきと同じように、私の手を握りしめる。その時にはもう、あの人はどこにもいなくて。


「―――ほたる?大丈夫?」
「あ、…うん、ヘーキ。電話終わったの?」
「うん」
「…電話、誰だったんだ?」
「新手の風俗勧誘」
「はぁ?なんじゃそりゃ」


久保くんの冗談なんだか本気なんだかわからない言葉にようやく詰まった息を吐き出すように、私は笑った。笑ってさっきの光景は夢だったのだ、白昼夢だったのだ、と自分に言い聞かせる。私はもう、あの人とは何も関係なんてないんだから。





『ずいぶんと珍しい子を連れているね、久保田くん。―――瀬上ほたる、彼女は私の隣にこそふさわしい娘だ』


だから何だと言いたくなったのは、何でだろうか。
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