アイもコイも
「時任、夕飯の片付け決定」
「ちょーーーっ!!もう一回だ、もっかい!」
「ダメ」
「久保ちゃんのケチ!……あれ、そういえばほたるは?今日、バイト休みだよな」
「ん〜?野暮用だ、って言って朝から出かけてる」
久保くんが時くんを拾ったのは、今から一年くらい前のこと。
あの日のことは私もよく覚えてる。家でご飯作ってたら気を失った彼をズルズル引きずって帰ってきたんだもん、あの子ったら。驚き…はしなかったけど、まーた拾い癖を発揮しちゃったんだなぁとは思ったよ。
「拾い癖?」
「私もね、久保くんに拾われたクチなの」
「え?」
「ま、私のことはさておき。彼の右手、ああだからさ…久保くんが葛西さんに相談したの。ね?」
「ああ、警察には引き渡さねぇって約束付でな」
私達は彼が『W・A』に関係してるかもしれない、って思ったから。まぁ、それは依然わかってはいないんだけど。
今ではあんなに元気でよく笑う子だけど、最初はひどかったの。野良猫というよりは、手負いの獣に近かったかなぁ。人間という生き物を一切信用してなくて、私達を警戒する様子は本当に毛を逆立てて威嚇してるようだったのを覚えてる。何度か引っかかれたし。
そんな時くんを見ていない沙織ちゃんは信じられない、って言うけど…私達にだって最初から懐いてくれてたわけじゃないってことよ。まぁ、私の場合はご飯で徐々に徐々にオトしていったんだけど。ウインクしてそう言えば、沙織ちゃんが笑みを零してくれた。うん、やっぱり君は笑ってる顔の方が断然イイ。
「―――でもなんでなんですか」
「んー?」
「何で久保田さんはそんな…正体のわからない人を拾って―――ほたるさんの、ことも」
沙織ちゃんの問いかけに葛西さんは少し考える素振りを見せて、ゆっくりと話し始めた。育った環境のせいで少し変わってること、何事にも執着がないこと、目新しいことには片っ端から手を出すこと、…執着するモノを捜しているように見えたこと。
だけど、実際のところ葛西さんにもよくわからないらしい。叔父と甥という関係だけど、本当に久保くんは不思議というか、捉え所のない人だから何を考えているのかわからないんだ。現に一緒に住んでそこそこ長い私だって、彼のことは理解できていないしね。…そこまで深く理解しようとする気持ちも、踏み込もうという気持ちも更々ないっつーのが本音だったりするけど…それは私だけの秘密。
ぼんやりと葛西さんと沙織ちゃんの話に耳を傾けていると、不意に問いかけられた。私と久保くんは恋人なのか、と。こいびと、…コイビト…ねぇ?
「そんなあまーい関係じゃないし、付き合ってるつもりもないよ。私も、アッチも」
「そうなの?」
「キスもセックスもするけど、でもそんなの―――」
愛情がなくたって、出来るでしょう?
何の感情も込めることなく発した言葉は、存外に低く、そして大きく響いたような気がする。
「…お前さんも、アイツと一緒だな。将来のビジョンが見えねぇ」
「……」
「お前らがブッ壊れても、何を愛しても、殺しても、俺にできるのは見届けることくらいだろうな」
ねぇ、葛西さん。きっとね、久保くんには貴方みたいな人が必要なんだと思うよ?受け入れてくれて、怒ってくれて、その身を案じてくれるような人が。見届けることくらい、って言うけど…それが一番の救いになるんじゃないのかなぁって私は思う。
私も久保くんも、この先誰かを愛する時が来るのかなぁ。別にアイとかコイとか、そんなのなくたって生きていくのには支障ないと思ってる。絶対に必要なものなんかじゃあないし、むしろない方が身軽でいい。執着するモノがなくたって、問題ないし。ああでも、久保くんには時くんっていう執着できる人ができたか。
「ほたる、お前も時坊のことは大事に思ってんだろ?」
葛西さんの声にハッと我に返れば、隣に座っていたはずの沙織ちゃんの姿が消えていた。キョロキョロと彼女の姿を捜すように視線を彷徨わせれば、苦笑しながら「呼ばれて中に入ってったよ」と教えてくれた。あらやだ、私それにも気が付かない程にボーッとしてたのかしら?別に寝不足ってわけでもないんだけど、…ああダメだ、何だか今日は考え込んでしまう日らしい。らしくないなぁ。
「どーなんですかねぇ…時くんが怪我したり、大変な目に遭ってるのを見るとこう…血が沸騰するような感覚を覚えるけど、でも、それが大事に思ってるとイコールになるわけじゃないでしょ?」
「そうかぁ?お前は難しく考えすぎだと思うがね」
「あははっやだなぁ、葛西さんってば。…私は、難しく考えられるほど、良い頭は持ってないですよーだ」
私の場合はきっと、大事に思ってるとかじゃなくて…おもちゃを取られたくない子供と一緒。でもそれでも、いざ取られてしまったら仕方ないと諦められるような気もしてる。久保くんのようにあそこまで執着できるとは、私は思えないんだ。いなくなったら、それはそれですんなり手を引ける…私が時くんに抱いているのは、そんな最低な感情だけ。
ま、一緒にいて飽きないし楽しいとは感じるけどね。それとこれとは別、ってやつじゃないかしら。
「ほたると誠人、お前らがくっついてくれたら俺は安心するんだがな」
「えー?それは余計に心配になると思いますけどねぇ。だって私達、きっと似た者同士だから」
「そうでもねぇだろ。実際、お前を拾ってから少しずつ誠人は変わってきてる。ほたる、お前が変えたんだと俺は思ってる」
「…、それは」
買い被り過ぎよ。馬鹿な人ね。
久保くんが変わったのだとすればそれは、私の存在なんかじゃない。時くんの存在だと、私には断言できるよ。久保くんにとっての光になり得る人だから、さ。
「ただいまー」
慣れた手つきで鍵を開けて中に入れば、そこに広がっていたのはしんとした静かな空間。腕時計を見てみればまだ夕方だ、夕飯を食べに出かけるにも寝るにも早すぎる時間。この時間ならてっきりゲームでもしてるかと思ってたのに、読みが外れたか…もしかして暇でゲーセンにでも行ってるのかな。もしくはバイト、とか。
ガサガサと持っていた袋を床に置いて靴を脱いでいたら、洗面所から久保くんがひょっこりと顔を出した。あんまりにも気配なく顔を出すもんだからちょっとだけびっくりしたけど。…てか、ちゃんと耳を傾ければ洗濯機が動いてる音もするじゃん…私が気が付いてなかっただけか、でもこんなに大きな音に気が付かないって私は馬鹿なのかもしれない。
とりあえず、何でそんなとこにいるのかを聞いてみれば「時任がコーヒー零しちゃって」と一言。どうやら久保くんのマグカップを落として、シャツにもコーヒーがかかっちゃったみたい。それで時くんはただ今シャワー中で、久保くんは洗濯中というわけね。納得、納得。
ってぇことは、まだ割れたマグカップは片づけられてないってことよね。危ないし、私が片しておきましょうかね。どうせ食材を冷蔵庫にしまわなくちゃならないし。
「あ、そうだ」
「なーに?」
「おかえり、ほたる」
ちゅ、っと唇に落とされた触れるだけのキス。
恋人でも何でもないのにこうやって触れてくる彼に呆れつつも、それを決して拒もうとしない私は世界一の大馬鹿者かもしれないわね。でもま、もう一度だけただいま、と返しておくとしましょうか。