どーでもよくないヒト
「シツレーな話だよなぁ。なんか俺が不幸な顔してるみてーじゃん」
「いやーあーゆーのは無差別っしょ、この不況下なら数打ちゃ不幸にも当たるってね」
「確かにねー。時くん、口の端にソースついてる。こっち向いて」
「ん、」
親指でグッとソースを拭ってあげれば、再びたこ焼きを食べ始めた。あっついのによく食べる子だこと。指についたままのソースを舐めとれば、朝から何も食べていないお腹が空腹を訴えるようにきゅるりと鳴いた。…生理現象なんだから仕方ないんだからさ、んなに肩を震わせて笑うんじゃありませんよ、そこの3人。
「暑くて食欲ない、って朝から何も食べてないからデショ。はい、どーぞ」
「むぐ、…ありがと」
程々に冷めたたこ焼きを頬張るとちょっとだけ幸せな気分。私はこういうので幸せだなー、と思える単純な人間なのだ。それに関係するわけじゃないけど、不況は宗教に優しいってよく聞きますよね。信者も増えるらしいし、何より宗教法人には税金がかからないときた。もってこいな状況なんだろーね、このご時世に宗教っていうのは。そんなものに縋って何になるのかは全く理解できないけどね。
時くんが鵠さんに何か信仰してるのか、って聞いてるけど…この人、この中で一番何も信仰してない人だと思うよ?私も時くんも久保くんも、信仰してるようには見えないだろうけどさ。そしてたこ焼き頬張る鵠さんってすっごく不思議だ。似合わないっていうのもあって、めちゃくちゃ面白い光景になってる。
ああでも、やっぱりたこ焼きはここのが一番美味しいなー。買ってる時は暑いから、って自分の分を買わなかったけど、やっぱり買っておけば良かったかも。
臨時のバイトを終えた私達は太陽がじりじりと照り付ける中をひいひい言いながら帰宅。即行、クーラーつけたから今は大分涼しくなったけど、時くんはソファに座ってぐでーんとしてる。気持ちはわからないでもないな、昼間はほんっと暑いもんねー風が吹いても最早熱風状態だし。
コンビニで買った冷やし中華をズルズル啜っていると、さっきからゴソゴソとコンセント付近を漁っている久保くんの姿が視界の端に映りこむ。口いっぱいに詰め込んだ麺を全て飲み込んでから何をしてるの、と丸まった背中に問いかければ、ただ一言「探しモノ。」とだけ。というか、コンセント付近での探しモノなんて1つしかないような気がするんだけどねぇ。
時くんの隣に移動して動向を見守っていれば、鋭い眼光を携えてクルリと振り返った彼の手の中には―――盗聴器1つ。
「…眼鏡、どこ行ったか知らない?」
「……眼鏡なら久保ちゃん、頭の上に載ってんぞ」
「ふふっやぁだ、久保くんったら…もうおじいちゃん?」
2人の演技に乗っかる形で口を開く。そう、どっかで私達の会話を聞いている馬鹿共に聴かせるために…ね?
「……時任、こっちおいで」
「な…ンだよ久保ちゃん、昼間っから…」
「なぁに?2人だけで楽しんじゃって。…私も混ぜてくれなきゃ、拗ねちゃうわよ?」
あ、ちょっとこれ楽しくなってきたかも。盗聴器を仕掛けた奴らは私達の会話聴いて何を思ってるのかしら、きっと何か情報を得ようと思って仕掛けたんでしょうけど―――…残念でした。
次の瞬間、時くんの右手に握られていた盗聴器はバキンッと派手な音を立ててぶっ壊れましたとサ。
んー、これで一安心かな。食べかけの冷やし中華を持って再び涼しい風が当たるソファへと戻ってくれば、何故か久保くんの膝の上へと座らせられました。別にこのままでも食べられるからいいけどさ、何でこんなことになってるのかは説明してもらいたいもんだよね。久保くんのことだから何となく、としか言わなそうな気がしないでもないけど。これはきっと聞かない方が身の為だ、うん。
そう思い直して食べかけの冷やし中華に再び食らいつくことにした。
「―――ってかさ、なんで盗聴器探してた?」
「んぐ、…アレでしょ?ここ最近、私達をツケてた黒服のオッサン共」
「せーかい。だからあるかも、って」
「うっそ、気が付かなかったッ」
んー、まぁ気がつかれないように頑張ってたからね、あの人達も。
「どっちかな?東条と出雲」
「両方かなぁ、…ま、いーけど出雲が出てきたらちょっとメンドイな」
…私はメンドイというか、出雲とは一切合切関わりたくねーですよ。こればっかりは久保くんに話してないし、これから先も言うつもりないけど…このまま進んでいったら、いずれブチ当たるんだろうなぁ、とか何とか考えながら相変わらず麺を啜っていると、時くんの小さな声が聞こえた。
んん?何だか沈んでいるような気がするのは気のせい?何だか気になったから食べる手を止めて時くんの方へ顔を向ければ、申し訳なさそうな表情を浮かべてる。あらあら、どうしちゃったのかしらねーウチの猫ちゃんは。
「俺のことで巻き込んじゃってんな」
「………時くん、それチョー今更。」
「『今更』言うなー」
「んなの気にしなくたっていいってば。馬鹿だねぇ、時くんは」
「ほたる、言い方。…ま、この子の言う通りだけどねーそーゆー顔しない。―――それに…ごめんね?」
意味深な発言をした直後、家の電話が鳴り響いた。
一番近くにいた私が取れば、相手はお久しぶりの葛西さん。するってーと、まーた死体が出たってとこかな。スピーカーホンに切り替えてから受話器を久保くんへバトンターッチ!まだ少しだけ残っていた冷やし中華を頬張りながら、葛西さんの話に耳を傾ける。
話の内容は、予想通り獣化した遺体が出たっていうご報告でした。どうやら今回のご遺体は身元がすぐ判明したらしく、それが『邂逅の牙』っていう組織?の幹部だったらしいですよ。でもどこかで聞いたことあるなぁ、その『邂逅の牙』っていう名前。
『御神体として獣を崇拝しとるんだそうだ』
…ああそうだ、思い出した。最近、よく話題に上ってる宗教団体だったっけ。横浜に本部を持ってるのよね、確か。またずいぶんと奇妙なモンを崇拝してる団体だな、って思った記憶があるけど…そこの幹部が獣化した遺体となって発見されたってことは、少なからず『W・A』に関する情報が掴める可能性があるってことか。
葛西さん達警察もそう睨んでるみたいだし、これは調べてみる価値アリ…かしら。あとで鵠さんに連絡して少しの間、お店のバイトは休ませてもらえないか相談してみよー。
『無茶な真似はすんなよ、ほたるにもそう言っとけ』
「ほーい」
―――ブツッ
「…だってさ、ほたる」
「んー?最善は尽くしますですよ」
「―――久保ちゃん、ほたる」
「あれだよ、時くん。乗り掛かった舟ってヤツ?」
「そーいうこと。最後までつき合わせなさい、な」
「…ん」
大人しく頷いた時くんを横目で見ながら、脳内では別のことを考えていた。
さっきの久保くんの『ごめんね』。
本人の口から聞いたわけじゃないし、聞いた所で答えてくれるわけもないから推測の域を出ないけれど、あの謝罪の言葉が指し示すのは―――久保くんにとって時くんの正体は、どうでもいいっていうこと。あの謝罪はそれに対するモノ、だと私は勝手に解釈してる。だって彼は、時くんが何者でも『此処』に存在してくれていれば、それで構わないんだろうから。
「そぉだ、2人共。さっき葛西さんが言ってた宗教団体の講習親睦会…ってーの?今度、やるみたいよ」
「…へぇ」
「参加してみる価値、あると思うけどどうします?」
「行ってみよっか。ほたる、一緒に行動しなサイね」
久保くんの言葉に僅かに目を瞠るけれど、どう見ても拒否権はなさそうな眼光だったので大人しく頷いておきました。