これが私の覚悟
最後のテストも無事赤点を免れ、私達は無事に卒業式の日を迎えた。
「あー…今日でこの学園での生活も最後かぁ」
「せやねぇ。色々あったけど、…まぁ、総合的にゆーと良かったかなぁ」
「皆で京都観光したり、任務で遠征したり…大変だったけど楽しかったよね!」
「…まあまぁ、だったんじゃないの?」
卒業式が始まる少し前、私達は皆で話をしていた。
まぁ、式が終わった後に何処かへ遊びに行こう!ってことになっとるんやから、別に無理に話すことはせんでも良かったんやけどね。
…あぁ、でも…その前にあのこと。話しておいた方がええのかもしれん。
「でも寂しくなっちゃうね…なかなか会えなくなっちゃうもん」
「はあ?別にそんなの問題じゃないでしょ!ばっかじゃないの?」
「出雲ちゃん言葉が足りんよ…」
「大丈夫やで、杜山さん!確かに俺らは京都に戻るけど、いつだって会えますよって!」
「そっか、そうだよね…私が会いに行ったっていいんだもんね。ね?神楽ちゃん」
「あー…私、は…会うの、難しいかも」
ポツリ、とそう呟けば、全員がキョトンとした顔をしていた。
表情が変わっていないのは、すでに事情を知っている雪くんだけや。
「…あんな?私―――――ヴァチカンに行くことにしたんよ」
笑顔を作って、何でもないように言葉にした。私のその言葉に皆は言葉を失っているように見えて。
最後まで黙ってしまっていたことへの罪悪感と、その反面、皆の反応が少し嬉しい、て思ってる部分もあるんよ。…ほんの、少しだけな。
そう。私は1週間前、雪くんと一緒に学園長の部屋を訪ねたんや。
2人ともイエス、と。研修の要請を受けます、と伝える為に。
あのお人は少しびっくりした表情を浮かべつつも、嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべていた。雪くんもな?私の答えにびっくりしてたみたい。きっと京都に残るだろう、と予想していたからって、学園長の部屋を退出した後に教えてくれた。
「え、ヴァチカンって…」
「本部勤務ってこと?」
「勤務っちゅーか、…研修?なんやて」
「だから何で疑問形!…つーか、研修ってことはもしかして雪男と一緒か?」
「おん、まぁそういうことや」
…ずっと、悩んでた。考えてた。話を聞いてから返事をするまでの2週間、どうするべきか…どう、したいのか。
期間が決まっとるとは言え、その間、私はタツの傍におれんし、何かあってもお守りすることが出来ん。それ以前にタツの傍を離れるなんて…私の中には最初からないよって。いつまでも一緒や、て思うてたからなぁ。
せやけど、もっと強くなる為には必要なことかもしれんって思ったんや。騎士と詠唱騎士の称号は取ることが出来た、竜騎士も京都で任務をこなしながら取るつもりでいた。…皆はそれだけで十分なんじゃないのか、て言うてくれるけど、何ちゅーか、それだけではまだ足りん気がしてしもてん。
もっと確実に、あのお人の命を守りたい。死なせとうない。
学園長への返事を考えてるうちにそないな結論に達して、それがそのまま返事となることになったんやけど。
一度、そうと決めてからは早かった。佐伯も座主をお守りする僧正血統やさかい、同じ血統の志摩家と宝生家の当主2人に事の次第の説明と、許可を取りに京都へ急遽戻ったりしてた。…皆には内緒で。
「…テスト終わってから、なんやバタバタしとるなぁとは思ってたけど…まっさかそない大事なこと黙ってたなんて。さすがに傷つきますえ?お嬢」
「考え事しとるように見えたんは、そのことやったんですね。今日まで言うてくれんかったのは、志摩さんの言う通り傷つきますし、寂しかったですけど…」
「…おん、堪忍え」
「せやけどまぁ、お嬢が自分なりに考えて決めはったんでしょ?応援、しとりますさかい。でも無茶だけはせんとって」
―――ぽんぽん…
「神楽さんがいない間は、僕と志摩さんで坊をしっかりお守りしますよって。安心してぇな」
僕達はいつだって、貴方の味方です。神楽さん。
優しく頭を撫でてくれた廉。にっこり笑ってくれたねこ。2人と同じように背中を押してくれた燐くん、しえ、出雲ちゃん。
最後の最後まで、一切言葉を発さずに仏頂面やったんは…タツ、ただ1人。
「(…きっと、怒ってはるんやろうなぁ。タツ)」
せやから何も言葉も発さずに、ずっとあないな顔をしてたんや。…そらそうか。私かて、ヴァチカンに行くなんてことギリッギリに言われたら腹立つし、何よりも寂しくて悲しい。
それをわかっててやった私は、サイッテーだと自覚があるけれど。
ギリギリまで言えんかったのはきっと、決意が揺らいでしまうと思ったから。皆の顔を見てしもたら、此処に残りたいって気持ちが膨らんでしまうと思ったからや。
…せや。ほんまなら、私は此処におりたい。皆がいる日本に、ずっとおりたいって思うてる。強くなりたいんはほんまのことやけど、それでも、…大好きなお人らがいるこの場所を…離れたない、てずーっと頭の片隅のあったんや。
けど、いつまでも甘えてはおれんから。
「…神楽」
「!タツ、…」
「勝手にいなくなりよって…捜したえ」
「あぁ、そっか…この後、皆で出かけよて話しとったんやっけ」
堪忍、行こか。って歩き出そうとしたんに、それは叶わなかった。タツが、私の腕を掴んでたから。
真っ直ぐにこっちを見てくる瞳は凛としとって、昔っからなーんにも変わっとらん。いつだって、私が好きだと思っていた光を宿しとる綺麗な目ぇや。大好きだけど、今はその目ぇに見つめられるんが怖くて、逸らしたくなってまうけど。
「お前は、…いつだって肝心なことは飲み込むんやな」
「え…?」
「痛いとか、辛いとか…そういうんも、今回のヴァチカンへ行くことも全部」
「…せやから、堪忍って言うたやないの」
「ああ、聞いたで。別に、全部話せぇとは言わんわ…俺かて全部話しとるわけやないし」
グッと腕を掴む力が強まった。痛くはないけど、けど、決してすり抜けて逃げ出せる強さやなくて。ああ、もう逃げられんて…頭の片隅でぼんやり思う。
目の前にあるタツの顔が泣きそうに歪んだ瞬間、腕を掴むんより何倍も強い力でぎゅうっと抱きしめられた。それはまるで子供が親に縋りつくような、そんな抱擁やった。
「タ、ツ…?」
「心のどこかでずっと思ってたんや。お前は何処にも行かん、俺から離れていかんて…そう、自惚れとった」
タツの口から零れ落ちたのは、弱音ともとれる言葉達。
泣いてしまうんやないか、と思ってしまうくらいに声は震えとるし、抱きしめる力も少しずつ増していってるように思う。…私はいつだって、アンタにこないな思いをさせてしまう。
悲しませたいわけではない。ただ、心配をかけとうないだけやったのに…どうしてこうなってしまうんやろうね?
「行くて決めたお前を応援したい、て思うけど、…けど、それ以上に隣に神楽がおらんくなるのは嫌や」
…やめて。
「なぁ、神楽。俺はずっと―――」
やめて、タツ。
それ以上、何も言わんといて。その言葉の続きを聞いたら私はきっと、アンタの傍を離れとうなくなってまう。
「お前が、神楽が好きやった。幼なじみとしてやない、1人の女として好きなんや」
「ッ、…!」
ずっと、言いたくて言えなかった言葉を、このお人はどうしてこないにも簡単に口に出来てしまうのだろう。私が超えられんかった壁を越えてきてしまうのだろう。
私は明日、この町を出て行ってしまうのに。傍におれんのに、それなのにどうしてこのお人は…!
「な、んで…言うてしまうん…」
「言わな後悔する。絶対、言えんかったこと後悔するって思った」
「言って後悔することやってあるやろ?!私はっ…明日、此処を出て行く!もう今までみたいにアンタの傍にいれんのに!!」
それなのにどうして、私を好きだなんて言うんよ…!
―――グイッ
「神楽、俺の目を見ぃや」
ボロボロと勝手に流れ出てくる涙。
きっと今、最悪にぶっさいくな顔しとるはず。そんな顔、見られたくなんてないのに…このお人はそんなん構わずに俯いてた私の顔を上げた。
そして静かに口を開いて、私に問う。お前はどう思ってるんや、て。
ああ、もう隠しきれんて思ったわ。こん気持ちは墓まで持っていくつもりで、一生伝えることはない、て決めとったんになぁ。そんな私の覚悟ですら、タツはいとも簡単に壊してまう。
「…きや、」
「ん?なんや、神楽」
「、たしも…アンタのことが、タツが好き、好きなんよ…!」
言葉にしてしまえば、えらいあっけなかった。何であないに悩んでたのかわからんくらいにスッキリして、すとんと何かが落ちたような感じ。
言わん方がタツの為や、と思うてたけど…もしかして、さっさと言うてしまっていれば…また、違う結果が待っていたんやろか?
まぁ、そないなこと今更思ってもしゃあないことなんやろうけども。
しがみつくように抱き着けば、優しく抱きしめ返してくれてまた泣きそうになってまう。
この温かさを、優しく包み込んでくれる腕を、…離したくない、なんて。そないな阿呆なこと思っても、もう遅いのになぁ。
「なぁ、神楽」
「うん?」
「応援したい、て思うとるんはほんまやねん。いつだって一番に応援してやりたいし、背中押してやりたい」
「…おおきに」
「せやから、…その、なんや。お前が帰ってくるまで、俺の隣は誰にも渡さん。ずっと待っとるから」
そっと触れた唇は、存外に柔らかくて。何度も角度を変えて触れてくるこのお人が愛しくて、愛しくてしゃあない。
ああ、やっぱり私は…タツのことが大好きや。
「ん、ぁ…た、つ……」
「絶対、こん気持ちは変わらん。何年だろうが、何十年だろうが…待てる自信はあるんやで?」
「…ん、私もきっと…ずっとアンタが好きや」
此処に戻ってきたら、改めてアンタに告げるから。今度は私から好きや、って。
せやから、そん時は―――――私を丸ごと、もらってください。