埋もれた四葉


1人で血盟城を出てはいけない、という約束を、私は律儀にも守っている。というのも、ここ眞魔国で黒は神聖な色らしく(もちろん魔族の間でだけらしいけど)、このままの格好で城下に行ってしまうと大変なことになるからです。
正直、城下町には行ってみたい。とても行ってみたいけど、…私には変装なんてものできるはずがないし、何よりこの黒髪と黒目を隠す術を持っていないから。ゆーちゃんがお忍びで行く時はカラコンしてウィッグをつけたりするらしいんだけど、んなの眞魔国に来たばっかりの私に調達できるはずもないよねー。
誰かに頼めばきっと用意はしてくれるんだろうけど、変装できても一緒に行ってくれる人がいないんじゃどうしようもないよなぁ。

することがないからお城の中はほとんど見て回っちゃったし、どこに何があるかも大体把握できちゃってる。中庭で本を読んでてもいいんだけど、今は何かそんな気分になれない。でも部屋に閉じこもっているのも飽きてきたし…うーん、何をしていよう。

(ゆーちゃんはお仕事、ムラケンくんは相変わらず眞王廟に行きっぱなしだし…)

いつの間にか茶飲み友達になったヴォルフくんは、用事があって自分の領地に帰っちゃってるんだよねぇ。何もこんな時に帰らなくてもー…って、それはただ私が暇なだけか。それに合わせてもらうのも忍びないな、うん、ごめんよヴォルフくん。帰ってきたらまたお茶につき合ってもらおう。


「…はぁ、暇だ…」
「―――姫?」
「へ?あっ…コンラッド、」


声を掛けられてびっくりしちゃったよ、思わず。


「どうしたんです?普段なら図書室にいるのに」
「んー…ずーっといたから、読みたい本のほとんど読みきっちゃって」
「それはすごい。そこはユーリと正反対なんですね」
「ゆーちゃんはアウトドア派で、私はインドア派だから」
「でもキュウドウ…って言ったっけ?やっていましたよね?」


ああ…そういえば、コンラッドにそんな話をしたような記憶もあるな。弓道は小さい時から習ってて、そのまま高校でも続けてたんだよね。一応、大学でも弓道サークルには入ってるけど…だからといって、アウトドア派というわけでもないのだよ。
別に嫌いというわけでもないんだけど、ゆーちゃんのように自分から積極的に行くようなタイプではない。


「運動はそこまで好き好んでやらないかなぁ…」
「そうなんですか。活発な印象があったので、好きなんだと思ってましたよ」
「出かけたりするのはそこそこ好きだけどね、でも家にいる方が好き」


まぁ、こうもずーっと外に出てない日が続くと出たい!ってなる矛盾を抱えてるけど。今は。


「…もしかして、時間を持て余してます?」
「………もしかしなくても持て余してます…」


視線を逸らして、でも素直にそう言葉にすればコンラッドは柔らかい笑みを浮かべて、「ずっと城内に閉じこもっていたらそうなりますよね」と言った。それから少し考える素振りを見せて、私を手招きする。
どうしたのだろう、と近寄れば、彼が少し屈んでこっそり内緒話。でもその内緒話は私にとって、すっごく魅力的!二つ返事で頷けば、久しぶりに嬉しそうに笑うコンラッドを見ることができちゃいました。





「うわぁ…!すごーいっ賑やかだね!!」
「大興奮だね、朱里」
「だって城下町に来るの初めてなんだもん!」
「ひめ、…じゃない、お嬢さん、あまりはしゃぎすぎると転びますよー」


コンラッドの言葉にはーい、と答えたものの、たっくさんの露店に目を奪われて聞いているようで聞いてないようなもんです。
そう、私は今ゆーちゃんとコンラッドと一緒にお忍び城下町の旅に来ているのです!!…まぁ、旅って言っても日帰りだし、そう遠くもないんだけど。でもでもっ!ずーっとお城の中にいた私にとっては、大冒険に来ているようなものなんだよ。

実はコンラッドとした内緒話ってね?これからゆーちゃんと城下に出かけるから、良かったら一緒に行きますか?ってお誘いだったのさ。もちろん視察ではなく、お忍びだからこっそりひっそりしなくちゃいけなくて変装を余儀なくされたけど。
私もゆーちゃんも日本人の特徴である黒髪・黒目を隠して、そんでいいとこの坊ちゃんとお嬢さんとそのお付きの者っていう設定になってます。…まぁ、此処はゆーちゃんが治める国だからコンラッドの顔も知れ渡ってると思うけどさ。

というか、いくら変装してもゆーちゃんの顔は皆知ってんじゃない?って思うの。どーにも気になっちゃったから、此処に来るまでの間にこっそり聞いてみたんだけど、今では変装してるとお忍びなんだなーって声を掛けないでいてくれるんだって。でも買い物するとこっそりオマケしてくれるらしい。
何だよ、得してるなぁゆーちゃんってば。…でもあれだね、この国の人達は優しいんだね。きっと。私だったら王様が来たらびっくりしちゃって、静かにしてるなんてできそうにないもん。


「それで坊ちゃん、まずどうしますか?」
「んー、そうだなぁ…朱里が城下に来るの初めてだし、色々見せてやりたいな」
「え、別にゆーちゃんの好きなとこ行っていいよ?私、勝手に楽しんでるから」


現に今もめっちゃ満喫してるから!


「ああ…朱里ってそういう子だよね。んじゃ、ひとまず何か食おーぜ!」
「だったら坊ちゃんお気に入りの、あのお店は?」
「ゆーちゃんお気に入りのお店…?」
「すっげー美味いホットドッグ(みたいなもの)の店があるんだよ」


へえ、それはまた……でも今、何かすっごく引っかかるものがあったんだけど大丈夫?!絶対、ホットドッグの後にかっこの文章があったよね?!ゆーちゃんはもう眞魔国に慣れてるかもしれないけど、私はまだ新参者!!!ゲテモノ料理が出てきたら絶叫して逃げる。絶対逃げる、食べずに逃げるからね!

もんのすごーく警戒して2人の後に着いていくと、次第にいい匂いがし始めた。お肉を焼いているような香ばしい香りは、すぐにお腹を刺激してくる。これはお腹空いてくるなぁ…此処がゆーちゃんお気に入りの美味しいホットドッグ(みたいなもの)のお店?外観は普通だし、変な臭いもしない。至って普通の、美味しそうな匂いだけが辺りに漂っている。
でもまだ安心はできない…匂いが普通でもさ、ほら、見た目がアレってことも十分有り得るわけじゃない?だから、実物を見るまでは安心しては―――


「お嬢さん、どうぞ」
「あ、ありがとうコンラッド……あれ、普通だ。でも中に入ってるのなぁに?」
「鶏ひき肉の、…地球で言う所の鳥そぼろだな」
「…ゲテモノが出てくるのかと思った」
「何でだよ!」


だってゆーちゃんって魔王じゃん。そして当然ながら、眞魔国の住人って皆、魔族なわけでしょ?魔族ってつまりは悪魔みたいなもののはずだから、人間とかヤモリとかそういうのを好んで食べるものだと思ってたんだもん。


「うっわぁ、すげー誤解されてた…何度も一緒に食事してんじゃん」
「うん。至って普通の料理だったね」
「魔族といってもほとんど人間と変わりないと思いますよ?」
「そうでもないよ?見目麗しい人が多いし」


ギュンターさんとかヴォルフくんがいい例だよね。ホットドッグ(みたいなもの)を咀嚼しながら、そんな話に花を咲かせる。でもすぐに興味は周りの風景にいってしまって、もうすでに2人の会話はほとんど耳に入ってきていません!…威張れるようなことじゃないんだけど。

はー…でも町並みとか建物も日本とは全然違うんだなぁ。どっちかっつーと外国…イタリアとか、そんな感じに似ているような気がする。何の知識もなしに飛ばされてきたとしたら、きっとRPGの世界とかどっかのテーマパークなのかな、って思っちゃいそうな感じだもん。ある程度、知識があったのと、知り合いがいてくれて助かったよ。運がいいよね、私も。
食べ終った後はまた露店とかを見ながら、ゆっくり散策。時々、ゆーちゃんが気に入ったお店に入ったり、美味しそうなものを見つけたらつまんでみたり。でもあんまり食べ過ぎると夕食が入らなくなっちゃうから、気を付けてくださいねって釘刺されちゃった。


城下町に来てもうすぐ2時間が経とうとしていた。楽しい時間っていうのはあっという間だよねぇ、とか考えながら、前を行く2人の背中を追っていたら―――可愛い雑貨とアクセサリーが並んだお店が目に留まる。まるで、コンラッドと一緒にいったあのお店みたいだなぁって思ったら…自然と足も止まっちゃうよね。
今は隠れてしまっているネックレスに、服の上からそっと触れた。あの時間を大切に思っているのは、私だけなのかなぁ…いまだに名前を呼んでくれないし、あの手紙に関しても何も触れてこない彼の真意は、一体どこにあるんだろうか。
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