悩みを忘れる
ゆーちゃんが統べている眞魔国にやって来て5日目になる。飛ばされた日に大泣きして以降は、至ってフツーで平和な毎日を送っています。
魔王である我が弟は書類整理に追われて、いつでも忙しそうにしてるけど。でも私はそういうお仕事はないらしく、ギュンターさんの手が空いた時にこの国の言葉を教えてもらっているくらい。それ以外は割と好きに過ごしてて構わないっぽいので、最近の私は専ら図書室に引き籠りっきりだ。
コンラッドとも、特に変わりはない。確かに泣いている声を聞かれてしまっていたのに、彼は泣いていた理由を聞いてこないし、突き放した私のことを責める様子もない。まるで、…そんなことはなかったみたいに振る舞っている気がするんだ。
気にしていないのならいい、けど…やっぱりコンラッドだけには『姫』って呼ばれるのがものすっごく嫌。そりゃあ好きな人だもん、名前で呼んでもらいたいよ。
「ずいぶんと沈んだ顔をしているな、アカリ」
「あ、…グウェンさん。こんにちは」
一応、姫であるらしい私だけれど堅苦しいのが苦手だから、なるべく名前で呼んでほしい!ってお願いをしたら、グウェンさんとヴォルフくんは朱里、って呼んでくれるようになったんだ。
ギュンターさんは恐れ多い!!って青褪めた後に、光栄です!って言いながら鼻血出してぶっ倒れちゃったけど。だから、あの人はいまだに私のことを姫様って呼びます。あとメイドさんとか兵士さん達も。彼らはどんなに説得しても一生、姫と呼び続けるぞって教えてくれたのはヴォルフくんだ。
「ところでグウェンさん、今はお仕事中じゃなかったんですか?」
「…ユーリがいつもの如く逃げ出してな…捜している最中だ」
「あああ…弟がご迷惑おかけします……!」
長時間、じっと座っていることが苦手なゆーちゃんは、たまーに今回みたいに逃げ出すことがあるんだそうだ。護衛であるコンラッドも一緒に。
というか、護衛なのに止めないのかあの人は。なんとなーくゆーちゃんに甘いよなぁ、って思ったことは何度もあるけれど、ここまでなのか。んー…でもそんなに責任感ないような人には見えなかったけどなぁ、とポツリと漏らすと、グウェンさんはとても驚いた表情で私を見下ろしていた。
何でそんなに驚いているのかがわかんなくて首を傾げてみれば、コンラッドのことをよく理解しているんだな、と返されました。それ、お兄ちゃんである貴方が言っちゃうんですか。全く似てないけどグウェンさんは、コンラッドのお兄ちゃんのはずで、私よりずぅっと付き合いが長いはずなのに。
「―――…色々と事情があってな、アイツとはあまり一緒に過ごしていない」
「えっ兄弟なのに?!」
「事情がある、と言っただろう」
「聞いたけど、…でも一緒に暮らしてたんでしょ?家族だもん」
私のその言葉にグウェンさんは黙り込んでしまった。はれ?も、もしかしなくてもこれは、私地雷を踏んじゃったってやつですかね…?!この人の逆鱗に触れて、この後は火山だいばくはーつ!!ってオチ?!
うわ、大学生にもなってお説教は嫌だ、絶対にご勘弁願いたい!!よし、グウェンさんが大爆発してしまう前にさり気なく謝ってしまおう。立ち入ったこと聞いちゃってごめんね、って。そしたらきっと治まってくれる―――はず。多分。きっと、恐らく。
ごめんね、と口を開こうとした時、ひっろーい廊下の向こう側から「かっかぁー!!」と大声で叫んでる人が、走ってくるのが見えた。うわ、あの人、すっごい綺麗なオレンジ色の髪してる!!ほんと、眞魔国の人って髪色が様々で見ていて飽きないよなぁ。私の黒色がとても地味に見えてくる。
「閣下、報告書を―――…およ?」
「グリエ、廊下を走るなと言っているだろう」
「ああ、すいません。気をつけますよー。……それで閣下?こちらの可愛らしいお嬢さんは?」
もしかして閣下のイイ人ですか?
オレンジ色の髪の人、まさかの爆弾発言!!い、イイ人って恋人とか奥さんとかそういうことだよね?!違うっ断じて違う!!確かにグウェンさんはとても渋くて素敵だなーって思うけど、そういう対象ではないと言いますか!というか、わたくしめがこの方のイイ人だなんて恐れ多いしおこがましいんですけれどもね?!
盛大な勘違いを引き起こしてくれている彼に、トルコ行進曲の如くガーッと捲し立てればあっちはポカーンとしちゃったよ。隣にいるグウェンさんもポカーンだよ。
「あ、あれ…?」
「…ぷっ!くくっははははっ!いーねぇ、噂に聞いていた通りだ。本当に坊ちゃんそっくりだ!」
「おい、グリエ。笑いすぎだ、姫に失礼だろう」
「いやー、すみません。閣下。だってあんなに可愛らしい反応されちゃあねぇ?」
「ぼ、坊ちゃんって誰のこと…?」
「あれ?姫さんがユーリ坊ちゃんの双子の姉君、でしたよね?」
違いました?と首を傾げる彼に、慌てて違わないです!と首をぶんぶん横に振れば、また笑い始めちゃいました。あれですか、そんなに私の行動や言葉の1つ1つがそんなに面白いですか。
別に楽しそうなので一向に構いやしないけど、ここまで笑われるとちょっとなー。何か色々と失っていく気がします。人として大切な何かを。
「アカリ、この男はグリエ・ヨザックだ」
「どーも、初めまして。アカリ姫。ご紹介に与りましたグリエ・ヨザックと申します」
「あ、えと、朱里です。初めまして、ヨザックさん」
「いーですよ、そんなに堅苦しくならなくて。気軽に呼び捨てで呼んでやってください」
「でも…」
「俺は姫さんにさん付けされるような身分じゃないんですよ。何ならグリ江ちゃんでもいーっすよぉ?」
え、グ、グリ江ちゃん?それはそれでちょっと可愛らしい呼び方だなぁ、とか思っちゃったけど、でも何故に男性にちゃん付けになるんですか?!ポカーンと口を開けていたら、それに気がついてくれたグウェンさんが「仕事で女装することがあるんだ」と教えてくれた。
へぇ、女装ねぇ………えっ女装?!ヨザックさんは綺麗な顔してると思うけど、あの、体付きがね?ものすっごくTHE・漢!!って感じなの。二の腕なんてムッキムキだし、胸板もバッチリ厚い。この体で女装するってなかなかにすごいものがありません?
というか、女性に見えるものなのだろうか?どう考えてもオカマにしかならなそうな気がするんだけど、その辺りはどーなんですか。
「ちょっと見てみたい気がする…怖いもの見たさで」
「やーだ、姫さんってば。ちっとも怖くなんてないですよ。…でもそう仰ってくれるんなら、今度見せて差し上げますよ」
本当はこれから、と言ってあげたい所なんですけどね、生憎仕事が入っちまってまして。
またねン♪とちょーっとオネエ口調で、ヨザックさんは去って行かれました。
はー…あの人もずいぶんとキャラが濃い方だなぁ。私がいる地球だってキャラが濃い人はごまんといるだろうけど、会う人、会う人キャラが濃いっていうのは絶対にない。眞魔国は皆そうなのかな?…楽しいっちゃあ、楽しいけど。
「グリエは少し変わっているかもしれんが、悪い奴ではない」
「ああ、気の良いお兄ちゃんって感じはしたけど。…でも女装…」
「ふ、見た時はきっと驚くだろう。楽しみにしておけ」
「やっぱり驚くのかー…」
「私はそろそろ行く。間違っても城の外へは出るなよ」
私は子供か!という忠告をして、グウェンさんはゆーちゃん捜しの旅へ出て行ってしまわれました。にしても、…眞魔国って国は飽きがこなそうな国だなぁ。