お庭番のアドバイス
口をあんぐり呆けたマヌケ面。今の朱里を表すのは、その言葉がピッタリだと思う。とは言え、多分俺も彼女と同じ顔をしてるとは思うんだけど。
side:有利
俺は朱里に連れられて、ヨザックの私室を訪れていた。何故かと言うと、ひょんなことで知り合いになったヨザックが今度、女装姿を見せてあげるーって言ってたからなんだって。で、今日は仕事も片付いて時間があるから、良かったらどうですかー?ってお誘いに来たのが、今日の昼過ぎ。
けど、1人で行く(というより、見る?)勇気がないらしく、珍しく今日の分の仕事が粗方片付いている俺を誘ってきたってわけだ。
んで、現在。ヨザックの女装姿をお披露目してもらってるわけなんだけど…一度見たことがある俺でもやっぱりびっくりするんだから、初見の朱里はもっとびっくりするはずだよなぁ。素敵な上腕二頭筋をお持ちの女性なんて、滅多に見る機会ねーもん。相変わらずムキムキだ、この人。
「どーお?姫さん」
「ええっと、…素晴らしい上腕二頭筋デスネ」
「あっはははははは!それ、坊ちゃんに初めて会った時も言われましたよー!」
「…あ、そういや言ったかも。だって、まずそこに目がいくじゃんか」
これで潜入捜査をする、って前に聞いたことがあるけど、絶対バレるだろ。ガタイ良すぎるメイドさんなんて、どこの国を捜しても絶対にヨザック1人だと思うし。
むしろ、彼以外にいるのなら俺は是非とも会ってみたいね!
「はー…でも衣装も化粧品も、たくさんあるんだねぇ。あ、香水まである」
「やるからには徹底的に、ってね。こだわってたら数が増えちまったんですよ」
「コンラッドが言ってたよ。ヨザックは労力を使う方向が間違ってる、って」
「ええ?ひどいなぁ、隊長ってば」
「……隊長?」
ドレッサーの前に所狭しと並べられた化粧品を見ていた朱里が、きょとんとした顔で俺達を見上げてきた。…あ、そっか。コイツはコンラッドの昔のこと、知らないんだっけ。
今現在は俺の護衛をやってくれてるけど、前はヨザックも所属してた隊の隊長をやってたんだよなー。何で辞めちゃったのかとかは、…さすがに聞けなくて知らないまんまだけど。
でも前にコンラッドを隊に戻してほしい、って要望があったのを聞いたことがある。さりげなーく本人に言ったけど、その気はまるでないみたいだった。俺は今、陛下の護衛ですからって笑って。それでも何があるかわからないから鍛錬はかかしてないみたいだったけどさ。
「昔―――この国は戦争が多くてね。俺や隊長は常に前線にいたんです、仲間もたくさん失った…」
「そう、なんだ…」
「アイツも大切な人を失って、姿くらまして。…でもひょっこり帰ってきたと思ったら、スッキリした顔してたんですよ」
「大切な人?コンラッドは、恋人を失くしたの?」
「いや、恋人ではないですよ。親友、ってやつですかね」
ヨザックは名前も、どんな人かも、性別すら口にはしなかった。だけど、コンラッドに恋してるであろう朱里には何となく予想がついたらしい。その親友が女性だろうってことに。その証拠に表情がちょっとだけ曇ったからね、だから多分、気がついたと思う。
「…じゃあやっぱり、あれは気の迷いかな…」
「ん?姫さん、何か言いました?」
「ううんっ何でもない!あ、そうだヨザックさん!私にも化粧の仕方、教えてくれない?」
あーあ…こりゃあ無理して笑ってんなぁ、朱里ちゃんの奴。
昔はもう少し喜怒哀楽が激しくて、もっと素直だった気がするんだけど、それだけ俺達も大人になったーってことなのかな。これでも成人してるし。いつまでも感情を素直に出す子供じゃいられない、ってことだよなぁ…でも素直さは朱里の長所の1つだったから、ちょっと淋しい気もするけど。
(大人になったって言えば聞こえはいいけど、…コイツの場合、我慢して溜め込むクセがあるからなぁ)
素直に感情を出さなくなった、ってことは、それはすなわち溜め込みグセがついたってことになる。それが顕著になったのはきっと、コンラッドが眞魔国に帰った時からだと思う。
時々、淋しそうな顔をしていたのには気がついてたし、でもそんな顔をしてたのは決まって1人の時。誰かがいる時はいつもの笑顔で元気に振る舞っている、普段通りの姉貴だった。
「坊ちゃん、如何です?貴方の姉君!」
「へ?…ぅわ!マジで朱里?!」
「うわって何よ、うわって…自分でもびっくりしたけど、その反応は傷つくよゆーちゃん」
「ごめんって。だって、化粧した朱里って超久々…」
多分、成人式の時だ。化粧した朱里を見たの。それが最初で最後だったんじゃねぇのかなぁ。
ヨザックに完璧な化粧を施してもらった後は、何故かそれに似合う衣装まで選び始めちまった2人。ヨザックの衣装棚から選んでるけど…ねぇ待って、それって全部ヨザックサイズだよな?絶対に朱里は着れないサイズだろ!どう考えてもぶかぶかに決まってるって!!
慌てて止めれば、2人共そんなことは頭になかったらしく、そうだった!って顔になった。ちょっと面白くて吹き出したよ。
「せっかく化粧してもらったし、皆を驚かせたかったのになー…」
「今回は仕方ないですよ。…そうだ、近々上王陛下が舞踏会を開くらしーんで、その時にまたやってあげますって」
「ぶ、舞踏会…?」
「あー、そういやツェリ様が張りきってた気がする。多分、あの人から朱里宛にドレス届くと思うぜ?」
娘ができたみたい!って喜んでたから、あの人。当の朱里は痛いくらいに抱きしめられて、窒息しかけてたけど。
「上王陛下がお選びになったドレスなら、きっと素敵だと思いますよー?」
「で、でも私踊れないんだけど…!!!」
「それも大丈夫だよ。コンラッドが優しく手ほどきしてくれるって」
からかい口調で言ってみれば、朱里の顔は一気に真っ赤に染まった。コンラッド相手じゃ無理!とでも言いたげな顔だけど、いい加減、2人でちゃんと話をした方がいいと思うんだよ。俺は。
だってコンラッドだって悩んでるみたいに見えるし、それだったら本人同士で話した方が絶対に解決するって!
「コ、コンラッド相手じゃ絶対に心臓もたない……!色んな意味で!!」
「朱里…いい加減、コンラッドと向き合えっての」
「無理!ずぇーーーーったい無理!!」
「―――ねぇ、姫さん」
動向を見守っていたヨザックが、いやに真剣な声で俺と朱里はきょとんとした顔でヨザックを見上げる。目に映った彼の表情も真剣で、でも化粧がされているもんなんだから緊張感はまるでないけど。むしろ、ちょっと笑いそうなんだけど。
けど、ここで俺が笑ったら元も子もないってことでグッと堪えて、彼の言葉の続きを待ってみることにした。
「人の気持ちって言葉にしないとわかんないんですよ」
「そりゃあ、まぁ…」
「だーいじょうぶ!隊長は姫さんのことをないがしろになんて絶対にしないし、話を聞かないってこともしませんから」
「う、…」
「あとはほんのちょっと、貴方が勇気を出すだけなんです」
そう言ってヨザックは朱里の頭をわしわしと乱暴に、撫でた。