ゆるり、近づく
―――人の気持ちって言葉にしないとわかんないんですよ。
前にヨザックさんから言われた言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。わかってる、わかってるんだ…気になることは本人に聞けばいいってことくらい。そうしないと永遠にわからないってことも、しっかり理解はしているんだけれど…。
(それができたらこんなに悩んでないよー!!!)
こうしてみると、高校生の頃の方が素直だったように思う。気になることはすぐに口に出す性分だったし、そうじゃないと気が済まない質だったから。でもいつからだろう、気がつけば昔は簡単にできていたことがすんなりできなくなっていたの。
思ったことをすぐ口に出すクセは溜め込むor飲み込むクセに変わり、愛想笑いというものも覚えてしまった。これが大人になるってことなのかもしれないけれど、…何だか淋しいことなんだなぁとも思う。そりゃあ子供みたいに感情を露わにしていたら生きてなどいけないんだけどさ。
別に、昔の自分が可愛いとか好きだとか、そういうことを思っているわけじゃない。けど、あの時の素直さが少しでも残っていたら、きっとコンラッドと話をするくらいわけないと思っただけ。
変に大人になってしまったこの思考回路では、コンラッドと腹を割って話をするなんてことはできっこないもの。いや、頑張ればできるのかもしれないけど。
―――コンコン、
「はーい?」
「…姫、コンラートです」
「ッ、…い、今開けますっ!」
ガチャリ、と開けた扉の先には、爽やかな笑みを浮かべたコンラッドが立っていた。バクバクと高鳴る心臓は見ないフリをしてどうしたの、と問いかければ、中庭でお茶でも如何ですか?とお誘いの言葉。
緊張するし、まともに話せる自信もないし、下手すると余計なことを口走ってしまいそうな不安もあるけど…でも、この機会を逃してしまったらダメだって直感で思ったんだ。だから行く、と頷きと共に返事をして、私はそのまま部屋を後にした。
「お茶菓子にタルトとクッキーを持ってきたんですが、どちらにしますか?」
「タルトってエーフェさんの?」
「ええ、お好きでしょう?ああ、ちなみにクッキーはグウェンの手作りです」
「…どっちもクダサイ」
前に一度だけおすそ分けでもらったグウェンさんお手製のクッキーは、とてもとても美味しかったのだ。地球に帰って既製品が食べられなくなるかもしれない!と思うくらいに。
滅多に作らない、と豪語していたからもう食べられないだろうなぁって思っていたのに、まさかまた食べられるなんてラッキーだよね!これは逃しちゃいかんと思うのですよ。太るとわかっていても、今を逃したらもう食べられないかもしれないし…!
コンラッドが淹れてくれたお茶を飲みながら、クッキーを1枚つまむ。ん、やっぱり美味しいなぁ…あとでゆーちゃんにも食べさせてあげよう、執務で疲れているだろうし。
タルトは申し訳ないけど、1人分しかないみたいだから私が頂いちゃう!………ん?1人分?
「ね、ねぇコンラッド。どうしてタルトが1人分しかないの?」
「姫の分以外に必要でしたか?」
「コンラッド、貴方の分よ!お茶でも、って誘ってきた張本人が食べないって、そんな変な話ないでしょう?」
私が中庭でお茶したい!って言ったのなら、その言い分もわかるかもしれないけど、今回は違う。私が言い出したんじゃなくて、コンラッドが言い出したこと。それなら自分の分も用意しておくものじゃない、何で私1人分なの!
そう詰めよれば、姫と一緒のテーブルにつくのは…と苦笑したもんだから、私の中の何かがプッツンと切れた。
「姫…?」
「もー我慢の限界!あのねぇコンラッド!確かに私は魔族の血が半分入ってるかもしれないよ?!ゆーちゃんが魔王なら、私が姫だっていうのもわからなくもない!」
「は、はい」
「けどっっ!それとコンラートの態度が変わるのは、関係ないでしょっ!!あの時、私は言ったよね?私もフランクにいくから、貴方もそうしてって」
それは今も同じだと、私はそう思っていたのに。
「けれど、俺は一介の従者です。それなのに姫に対して、」
「私がいいって言ってんの!グウェンさんにもヴォルフくんにもそうしてもらってる、それに彼らだってゆーちゃんの部下になるんでしょ?でも普通に話してるじゃない!それなのにっ…コンラッドだけ、よそよそしいのは嫌だよ…」
頭ん中ぐちゃぐちゃで、もう何を言ってるのかわかんない。でも嫌なの、すごく嫌なの、コンラッドに敬語を使われることが。名前を呼んでもらえないことが、思っていた以上に辛かったの!
言い切った私の目には涙が浮かんでいて、瞬きをした拍子にポロッと流れ落ちる。そうなってしまったら最後、涙は次から次へと流れていくばかりで。泣くつもりなんてなかったのに、絶対に泣いてなんかやるもんかって思っていたのに、…いくら気持ちを押し殺そうとしても、ふたをしようとしても体は正直なものらしいです。
「う〜〜〜〜…コンラッドのバカーーーーー!!」
「ご、ごめん…」
「ひっく、ゆーちゃんに巻き込まれてこっちに来た時は緊張してたけど、コンラッドに会えるかもしれないって嬉しかったのに、…それなのによそよそしいし〜〜〜〜!」
「わかった、俺が悪かったよアカリ。だから泣き止んで…」
いつの間にか私の傍に跪いていたらしいコンラッドが、親指に腹で絶え間なく流れ落ちる涙を掬いとる。その行為に思いっきりびっくりして、あれだけ止まる気配のなかった涙が止まった。まだしゃくり上げてはいるけどね。
…というか、急に何するんだこの人!!地球で会った時から天然タラシさんだなぁ、とは思っていたけれどもここまでだったのか!!
「ごめん。…アカリがそんなに思い詰めていたなんて、思わなかった」
「ぐす、…」
「…でもやっぱり、地球にいた時とは関係性が変わっているからどうしても、割り切らなくちゃいけない部分があったんだよ」
まぁ、ヨザックに一刀両断にされたけどね。
そう言って笑ったコンラッド。何でここでヨザックさんの名前が出てくるの?ぐすぐす鼻を鳴らしながら問いかけてみれば、どうやら彼はヨザックさんに相談をしたことがあったらしい。前のように接したいけど、立場上はそうもいかないんだって。
けど、あの人はそれで私が喜ぶのか?って言ったらしくて、…ちょっと面食らったんだ、と教えてくれました。
それを聞いてわかったことがある。コンラッドも同じように悩んでくれていたんだ、ってこと。
割り切って姫と従者に徹しようとしたけれど、そう思う気持ちとは裏腹にその関係を飛び越えて行きたいって思ってくれていたんだって…恥ずかしそうに、言葉にしてくれたの。
「コン、ラッド」
「なに?アカリ」
「―――まだ、私のことを好きだって思っても…いいの?」
ゆーちゃんに託された手紙に書かれていたこと、それは現在進行形だって…そう思っても、いいの?私。
「俺の気持ちは、ずっと変わってないよ。アカリと別れたあの日からずっと」
「ほ、ほんとにほんと?他に彼女とか、好きな人とか、奥さんとか…そういう人、いない?!」
「だったらこんなに悩んでないよ。…俺は、アカリが好きなんです」
止まっていた涙がまた、溢れ出した。コンラッドが慌てた表情になるけど、でもいいの、これは悲しいとか辛いとか、そういう涙じゃないから。嬉しさからこみ上げてくる涙だからいいんだ。
「うう〜…っ!」
「今日は泣いてばっかりだね、…ごめん、嫌な思いをさせた」
「いい、もう…いいよ。コンラッドの気持ちがわかったから」
胸元のクローバーのネックレスが、きらりと光ったような気がした。