頭の中に響く声
―――コンラート・ウェラー。
この名前を紡ぐのは、とても久しぶりのような気がする。…それもそうか、私が彼に会ったのは5年前で、別れたのも5年前。それから一度も会っていないんだから、名前も呼んでいないに決まってる。そっと胸の内で名前を呼んで、彼からもらった手紙をぎゅっと抱きしめた。
(いつまで経っても捨てられないなぁ、これ…)
ゆーちゃんに託されていた手紙は、無事に私の手に渡ったのだけれど…何度読んでも胸に募る愛しさと、淋しさは消えてくれませんでした。誰かを好きになるのは初めてじゃないんだけど、でも知らなかったなぁ、私がこんなにも一途だったなんて。
そう、私は彼―――コンラッドのことがいまだに好きなんだ。忘れられそうにも、なくて。大学3年生となった今でも、私はコンラッドを引きずっているせいか彼氏はいません!というか、あの人以上に素敵な人がいなくてさぁ…まぁ、この気持ちがなくならない限り誰とも付き合えない気がしてるけど。
それもこれも、全部コンラッドが悪い。ゆーちゃんから託された手紙に、私のことをあ、…愛してた、とか、書いちゃうから!!そんなこと書かれちゃったら、簡単に忘れられるわけないじゃない、次の恋になんて―――進めるわけがないのに。コンラッドのバカ。
…コンラッドは、何を思って気持ちを伝えてくれたんだろう?彼があっちに戻っちゃったらきっと、二度と会えないのに。それなのにどうして、伝えようと思ってくれたんだろうか。私から返事なんてできるはずもないし、…いや、ゆーちゃんに手紙を託せばいいだけの話だけど、伝えた所で付き合えるわけじゃない。住んでいる次元が違うわけだからね。
「ただの自己満足、にしかならないじゃない…」
引き出しに手紙を仕舞い込んで、ベッドにダイブ!そのまま枕に顔を埋めれば、ゆるりと意識が沈んでいく感覚がした。ああ、そういえば今日がレポートの提出期限だったからほぼ徹夜に近い状態だったんだっけ…夕飯までまだ時間あるし、たまにはお昼寝も悪くないかなぁ。
衝動に逆らうこともせずに目を閉じれば、うとうと、と意識が揺らぐ。私以外に誰もいない空間に、チャリ、と金属が擦れるような音がして沈みかけていた意識が少しだけ浮上したのがわかった。
何の音だろう、と目を開けると、音の正体はつけたままだったクローバーのネックレス。あの日、コンラッドが私に買ってくれたものだ。彼がいなくなった日から、何度か思ったの。あの出来事は私が見ていた夢だったんじゃないか、って。…でも、首元で揺れるこのネックレスが、そして引き出しに眠っている彼からの手紙が―――嘘じゃないよ、って証明してくれるんだ。いつだって、そう言ってくれているような気がしてるの。
「…そういえば、あのブレスレット…まだしてくれてるのかなぁ」
再び微睡み始める意識の中、脳裏に浮かぶのは柔らかい笑顔を浮かべているコンラッド。そして同じようにプレゼントした革のブレスレット。
ああでも、もうあれから5年も経ってるんだし、捨てられちゃってるかも。そもそも、私がいまだに彼を忘れられないからって、コンラッドも同じ気持ちだとは限らないじゃない。あの容姿に優しい性格で、とっても紳士的ときたら、彼女の1人や2人がいてもおかしくないじゃないか。もしかしたら結婚とかしちゃってるかも。だったら尚更、私があげたものなんてもう―――いらないに決まっている。
今日の私はいやにネガティブだなぁ…まるで他人事のように思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。
―――会いたいか?愛しい、愛しいそいつに。
誰、…?
―――お前が望むのなら、その願いを叶えてやってもいい。
いや、だから誰ですか。というか、何でそんなにも上から目線…!
―――さあ、小娘。…お前は何を望む?
私…わた、しは―――…
「朱里ってば!」
「う…ゆーちゃん……?」
「あ、やっと起きた。何度も呼んでんのに全然起きねぇし…もう夕飯だぞ」
「うわ、もうそんな時間?少しだけ寝るつもりだったのに」
「昨日、遅くまで起きてたからだろ。レポート出せたの?」
「もちろん!抜かりはないよー」
抜かりがないならもう少し余裕持てよ。
ズバッと言われてしまい、私はうっと口を噤む。そう、そうなのだ、確かにゆーちゃんの言う通りなんだよね。もう少し余裕を持って取り掛かってれば、〆切前日に徹夜なんてしなくて済んだ話なんだけど、…何と言うか、すっかり頭から抜け落ちてたんだよね。そのレポートのことだけ。
「はー、お腹空いた!今日のご飯はなぁに?」
「ハンバーグ。それも朱里の大好きなチーズ入り」
「わっほんと?!やったね!」
「…ハンバーグで喜ぶ21歳…」
「いーじゃん、好きなんだから」
階段を下りながら、さっき見た夢のことが頭をよぎった。あれは何だったんだろ…多分、ただの夢だから気にすることないと思うんだけど、なーんか気に掛かるんだよなぁ。本当に願いを叶えてくれるなんて、そんな嘘のような言葉を信じているわけではないけれど…心の片隅で信じたい、と訴えている自分がいるのも本当で。
(本当に叶えてくれるのなら、私は―――)
そこまで考えてハッと我に返った。…バカみたい、そんなの叶えてもらえるわけがないのに。もし本当なら、と願いを考えてしまうなんて、そんなの無駄なのにね。それを消し去るように頭を振って、私はゆーちゃんの後を追いかけた。