おいでませ、異世界


あの変な夢を見た日から3日が過ぎた。あれっきり夢は見ていないし、変な声を聞いたとかもない。うん、やっぱりあれはただの夢だったんだ。誰かが願いを叶えてくれるなんて、そんな都合のいいことなんてこの世に存在するはずがないよねぇ。
はぁ、と溜息を1つ吐けば、隣を歩いていたゆーちゃんがどうした?と聞いてきた。気づかれないように吐いたつもりだったのに、この距離だからか、それとも双子特有のシンパシーなのかはわからないけれど、ゆーちゃんは目ざとく私の変化に気がついていたのであります。
どうした、と言われても…どう説明するのが一番いいのだろうか。変な夢を見た、と言った所で、へーって感想しか持たれないだろうし、意外と現実主義のゆーちゃんのことだ。ただの変な夢だろ、って一言で片づけられちゃうような気がしてる。というか、絶対にそうだ。だからこういう時は、何でもないよって言い切ってしまうのが一番手っ取り早いのだ。正直な所。


「なーんでもない。小腹空いたなーって思っただけ」
「じゃああのたい焼き屋さん行くか?」
「行くっ!最近、行ってなかったもんね。おじさんとおばさん元気かなぁ?」
「あの2人なら絶対元気だって。あ…朱里、そこ水たまりあるから気を付けて―――…!」


私はただ、唖然とするしかなかった。水たまりに気を付けて、と言った本人が体勢を崩して、水たまりとご対面をしそうになっている光景に。でもこのままじゃ濡れちゃう、と判断して、私は咄嗟にゆーちゃんの腕を掴んだのだけれど―――何故か、そのまま強い力で引っ張られてしまったのだ。この力の強さはゆーちゃんじゃない、絶対に違う…!でもこの子以外に誰が私のことを引っ張るというのだろう。
ああでも、このままじゃ私までびしょ濡れになっちゃうなぁ、なーんて呑気なことを考えていたら、目に映った水たまりが渦を巻いているように見えた。まるで栓を抜いてお湯を流している最中のお風呂みたいなんだけど、………えっ渦?!何でただの水たまりが渦巻いてんの?!そう思った瞬間に、私はゆーちゃんと共に水たまりへとダイブしていたのでした。


「ガボッ…!」


口の中からいくつもの空気の泡が出て行っては、弾けていく。それは私の中にある酸素が少しずつ、でも確実に失われていっている証拠。
あー…私、このまま死ぬのかなぁ?水たまりに顔突っ込んで、そのまま溺死とか…そんな笑い話にしかならなそうな死因は、絶対ヤダーーー!!!
だけど、どれだけもがいても水面に上がることは叶わないらしく、そのまま意識を手放した。





「う……?」


あれ、私生きてる…?それとも、此処は死後の世界なのかな?それにしてはすっごい豪勢な部屋だし、綺麗な所だ。死んだら殺風景な所に行くもんだと思ってたんだけど、やっぱり実際に死んでみないとわかんないことって多いんだなぁ。
ふかふかのベッドと、程良く柔らかい枕に体を横たえながらそんなことを考えていたら、ガチャリとドアが開いた。誰だろう、とゆっくり視線を向けたら、そこにいたのは私の双子の弟・ゆーちゃんで、思いっきり飛び起きた。そりゃあもう、ゆーちゃんがびっくりするくらいの勢いで!!
一体、何がどうなってて此処が何処なのか聞こうと思ったら、ゆーちゃんの後ろにいたであろう綺麗な赤髪を持つ女性に、いきなりガシッと頭を掴まれる。それも片手で。え、ちょ、この人は一体何をしようとしてっ…?!


「いったあああああぁああ?!」
「うわぁ、朱里ちゃん大絶叫…」


するよ!大絶叫するに決まってるよすんごい痛さだったもん!!ほら、涙出てきた…。


「さて、お嬢様。私の言葉はわかりますか?」
「わかりますか、って…お姉さん、綺麗な日本語ですねぇ。外人みたいな外見なのに」
「大成功のようですね!では陛下、私は他の方々を呼んできますので」
「あ、うん。ありがとう、アニシナさん!」


髪をふわりとたなびかせ、アニシナさんと呼ばれた女性は颯爽と出て行った。部屋の中に残されたのは、私とゆーちゃんだけ。さっき、あの人はゆーちゃんのことを陛下って呼んでたけど…もしかして、まさかだったりするのだろうか?
まだズキズキと痛みを訴えるこめかみを抑えながら、ベッド脇に椅子を持ってきて座っている弟に此処って眞魔国?と尋ねてみれば、一拍置いてそうだ、と返された。そっか、やっぱり眞魔国かぁ…ゆーちゃんの話を嘘だと思ったことは一度もないけれど、こうして実際に来てみるとあの話は本当だったんだなぁと改めて思ってしまうね。まぁ、コンラッドが帰る瞬間を目の前で見た(堕ちた瞬間だけだけど)ことがあるけどさ。

……ん?ということは、もしかしてコンラッドに会えるかもしれないのか?!や、やばい、会いたいと思ってたけど、いざ会える環境となると心臓がバクバクいってて半端ない緊張感が体中を駆け巡っているのですけれどもね!!
ど、どうしよう。これはもう逃げるしか術はないのか…そう思ってベッドから出ようとしたら、閉じられたままの扉が開け放たれて、数人が入室してきたのだけれども。というか、ノックはしないのかいこの人達は。


「ユーリ、そいつが?」
「ああ、うん、そう。俺の双子の姉貴」
「うっわぁ…ゆーちゃんの知り合いって美形揃いだね」
「…朱里、思ったより冷静ね?」


いや、十分混乱してるけど…ゆーちゃんから前々から話を聞いてたからかなぁ。こんな世界もあるのね、って感じです。今は。


「ええっと、…初めまして、有利の双子の姉・朱里です」
「僕はヴォルフラム。ユーリの婚約者だ」
「ヴォルフッ!それ言ったらダメなやつーーー!!」
「は?何を言っているんだ、ユーリ。コイツは未来の義姉上だろう」


きゃんきゃんと子犬のような、でもよく通るアルトソプラノで言葉を発している金髪の彼は、どうやら我が弟のお嫁さんらしい。お嫁さん、…というには、些か男っぽいような気もするんだけど、というか、完全に男の子だよね?ゆーちゃんと歳がそう変わらない男の子だよね?美少年ってやつだよね?!
はー…いつだったか自分は男色家じゃない!って公言してたのに、やっぱり男色家だったのね。しかもこんな可愛い子が好きだったのかー。


「大丈夫?朱里ちゃん」
「あ、ムラケンくんだ。久しぶりー」
「久しぶり。…驚かない所を見ると、渋谷から聞いてた?」
「うん。それにコンラッドがこっちの世界に来たこともあったから」
「そっか、ウェラー卿は一度、渋谷に巻き込まれて地球に行ったんだっけ」


ムラケンくんと言葉を交わして、改めて部屋に入ってきた人達へ視線を向けてみる。金髪にこげ茶にスミレ色…さっきの女性は赤髪だったし、この国の人達はずいぶんと色んな髪色をしているらしい。地球…というか、日本でも色んな髪色の人を見るけど、こんなに綺麗な色ではないなぁ。あれは全部染色、人工的な色だから。この人達のような自然の色はしていないもんね。
はー…それにしても、本当に美形さんばっかりだ。この人達、皆ゆーちゃんの臣下さんなのだろうか。


「陛下の姉君だと伺っておりましたが、素晴らしい双黒でいらっしゃる…!」
「そ、そうこく…?」
「髪と瞳の色が黒だろ?俺達。魔族の間では黒が最高の色なんだって」
「……日本じゃ当たり前なのに?」
「俺も最初そう思った」


だよねぇ。日本に来ればいっくらでもいるよ、黒髪の黒の瞳の人なんて。
そうそう、こげ茶色の髪の人はグウェンダルさん。スミレ色の髪の人はギュンターさんって言うんだって。話をしながら名前も教えてもらった。グウェンダルさんは怖い顔してるけど、でもそんなことないからなってゆーちゃんがこっそりと教えてくれたの。可愛いものが好きだってことも。だから怖いなって思ったら、可愛い物好きだってことを思い出せば怖くなくなるよって。
それに多分、お前のことも気に入るだろうしって言われたんだけど…それって私が可愛い分類に入るってこと?私がゆーちゃん大好きなように、ゆーちゃんも私のこと大好きだけどさ?いくら何でもそれはないんじゃないかと思うわけです。

…あ、そういえば…いるだろうと思っていたコンラートがいないなぁ。会っちゃうかも、ってすんごいドキドキしてたのに、それは全部無駄だったみたい。なのに、残念だなって思ってる自分もいる。
会いたいような、会いたくないような…なんだろ、この矛盾は。


「ねぇ、ところで何で私はこっちに来ちゃったの?」
「…陛下、話をしておけと言わなかったか?」
「―――あ。」
「ゆーちゃんってこういう所があるんです、すみません、グウェンダルさん」
「いや、慣れた。…こちらに来てしまった経緯は私から説明しよう」


お願いします、と頭を下げると、グウェンダルさんは低くてとても素敵な声で私がゆーちゃんについてきてしまった理由を教えてくれました。
まず、彼の魂は元々こっち―――眞魔国のものらしい。本来ならゆーちゃんのみに宿るはずだったものらしいんだけど、それが双子である私の魂にも入り込んじゃったんだって。それに初めて聞く事実なんだけど、私のパパは魔族なんだそーで。だから元々、魔族の血は流れていたってことらしい、です。何かスケールが大きな話になってきた気がする…。

話がズレた。ええっと、それで少なからずとも私にも魔力が備わってる。だからきっと、ゆーちゃんに引っ張られるようにしてこの世界に来てしまったのではないか、というのが魔族である皆さんの見解。というか、それが真実だろうとグウェンダルさんは零した。何故ならシンオウ陛下って人が私が眞魔国に来る、とお告げをしていたから。まず、そのシンオウ陛下って誰だよって話だけど。
思わず敬語も忘れてグウェンダルさんに問いかけると、そういう所は陛下とそっくりだと苦笑されちゃったぜ。うん、まぁ、私も堅苦しいの苦手だからね。

…で、そのシンオウ陛下っていうのは、かつての眞魔国を統べていた方。所謂、魔王陛下様だそうです。それも初代の。何でもとてもカリスマ性のある人で、亡くなった今でも精神的支えとして崇拝されているんだとか。
ゆーちゃんがスタツアしてくる日とか、場所がわかるのも、その人のお告げがあるからなんだってさ。ちなみに眞王と書くんだ、とゆーちゃんが教えてくれたよ。
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