青空デート

『まだ何も予定が入っていないなら、1日俺にくれないか?』
あまりにもさりげない誘い文句に、即座に頷いてしまった。いや、だって…断る理由なんてひとつもありませんし。1日くらい会えたらなぁって考えながら帰ってきたのも本当だし。
仕事終わりで疲れているはずだったのに、ワクワクして全く眠れなかった…いや、いつの間にか寝落ちしていたから全く寝ていないわけでもないけれども。でもまるで遠足前の小学生のようだったと思う、昨日の私は。
デートをするのも初めてじゃないんだけど、…久しぶりだからかなぁ。ぼんやりと考えながら歩いていたら、あっという間に待ち合わせ場所に着いていたらしく慌てて臣の姿を探す。
臣のことだ、きっともう来ているはず―――…あっいた!

「臣っ!」
「おっと、…走ったら危ないぞ、天音さん」
「大丈夫!臣がいる!」
「あのな……いや、受け止めますけど。受け止めてみせますけど」

ふふん、頼もしいお言葉を頂いた!…ダメだ、寝不足と緊張とワクワクでテンションが変になっている気がする。気がするというか、確実に変だなこれ。
大丈夫かな、臣に引かれ………ないな、学生時代もとんでもない失態したりしてたもの。今更だったわ。

「テンション高いな。寝不足?」
「ご名答〜…遠足前の小学生みたいになってた」
「ああ…」

それで通じる臣がすごいと思うよ。苦笑を浮かべた彼に手をするりと繋がれ、そのままゆったりとしたペースで歩き出す。
待ち合わせ場所に指定された公園は紅葉が見頃らしく、あらゆる木々が真っ赤に染まっている。ひらひらと紅葉が舞う様子はとても綺麗だと思う。クローゼットに眠ったままだったカメラを持ってきてるし、少しだけ撮影したいな…!
臣に了承を取ってからカメラを取り出し、気分の赴くままにシャッターを切る。撮るのが久々すぎて、今までどうやって構図を決めていたかとか全く思い出せなくなっているけれど、でもやっぱりこのシャッターを切る瞬間はたまらなく楽しい。
しばらく撮り続けて、我に返ったのは自分のではないシャッター音が聞こえたから。振り向いてみれば、同じようにカメラを構えた臣がそこにいた。…ん?これってまさか、被写体は私か?

「え、臣…?今、撮った…?」
「うん、楽しそうにしてるの見たらつい」
「撮られるの得意じゃないんだからやめてよぉ……」
「ははっごめん、ごめん。可愛かったから」

こっ…の…!いい笑顔といい声でそんなセリフ言わないでもらえますか?!ごめんって言ってはいるけど、絶対少しも反省してないだろこの男!!仕返しに写真撮り返してやろうか、この野郎…!
即座にカメラを構えてシャッターを切れば、そこにはきょとんとした表情の臣。そのまま連写してやれば慌てた表情に変わっていって、ちょっと面白かった。
ふふっそういう表情をするとちょっと幼くもなるし、年相応に見えるよねぇ。

「天音さん…!」
「んふふ!仕返しだよー私も臣の写真欲しいもの」
「だからって不意打ちで撮ることないだろ」
「臣だって不意打ちで撮ったでしょう?お相子よ」

クスクス笑いながらそう反論すれば、仕方ないなぁと笑った。

「んー!久しぶりに写真撮れて大満足!」
「久しぶりだったのか?」
「就職してからはぜーんぜん。ずっとクローゼットにしまいっぱなしにしてたから、そろそろ動かさなきゃってずっと思ってはいたんだけど…」
「余裕ない、って言ってたもんな」

そうなのです。就職したての頃は本当に余裕がなくって、たまに臣と電話しても弱音しか出てこない時期があったんだよなぁ…延々と弱音と愚痴を聞かされていたはずなのに、臣は怒ることもなくただひたすら話を聞いてくれていたんだ。時折返される相槌の声音が、あの時はひどく安心していた覚えがある。
今思い返してもよく怒られたり、嫌われたりしなかったと思うよ、我ながら。臣のこういう所は美点だと思うけど、心配な所でもあるんだよなぁ。色んなもの抱え込んで、そのまま押しつぶされてしまわないか。つい頼ってしまう私が言えたことではないのだけれど。
これでも年上なのだから、そして恋人なのだからもっと頼ってほしいって甘えてほしいって思ってる。でもそう伝えた所で臣はきっと頼ったり甘えてきたりはしない。それが歯痒くて、悔しくて、もどかしくて…何度かひとりで泣いたことだってある。臣には内緒だけれど。
今だって余裕なんてそんなにあるわけではないけれど、私は私なりに臣のことを想って、考えているのです。伝わっている気はしないんだけどね。

(私はそんなに頼りないか、と思ったことも一度や二度ではない―――けれど、)

臣はもしかしたら与えられる側ではなく、与える側なのかもしれないと思い当たった。長男だから、というのは関係あるのかわからないけれど、下に弟や妹がいると自然と与える側にまわってしまう気がするの。彼の世話焼きで面倒見の良さはそこからきているのかな、って。
うーん、だから…本人としてはやりたくてやってることで、無理をしているとか我慢をしているとかではないのかもって思うようにはなったんだけど。なったんだけど、だからといって甘えてもらえなくてもいいやとはならなかったのが私です。

「臣、ん。」
「………うん?」

くるっと後ろを向いて腕を広げてみる。わかってもらえるかな、ってちょっと期待したけれど、さすがの彼も察することはできなかったらしい。
私の突然の奇行を目の当たりにして、首を傾げて困った顔。あ、その表情も写真に撮りたい。でも今は写真よりも優先すべきことがあるのだ。察してもらえないのなら仕方がない、こちらから迎えにいくとしよう―――と、思ったのに。
身長差が割とあることをすっかり失念していて、私は臣のことを抱きしめてあげたかったのに…この状況は完全に、抱きしめているというより抱き着いているという方がしっくりくる。うん。こんなはずじゃなかったのに、見誤った……!

「ははっどうしたんだ?急に。珍しい」
「んぐぐぐぐぐ…!」
「天音さん?」

変な唸り声を上げながら抱き着いている私の名を呼ぶ臣の声音は、どこか戸惑っているようで。
うん、まぁ戸惑うよね?こんな状況。私も戸惑っている、十二分に。

「臣を甘やかそうと思ったのに…!」
「あー…悪いな、デカくて」
「私の身長が170超えだったらワンチャン…!」
「いやぁ…天音さんは今の背丈がちょうどいいと思いますけど」

抱き着いたままだった私の体をゆるりと抱きしめた臣が、ふっと笑った気配がする。その柔らかな雰囲気にこっちまでゆるゆると色んなものが解けていってしまうんだからすごいよなぁ。
此処が外だというのを忘れてしばらくの間、私達はそのまま抱き合っていた。
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