感謝と恋情と親愛と。


依頼人と会った帰り、何となく商店街をブラついていたら偶然にも秀さ―――じゃない、沖矢さんと会いました。沖矢さんの手にはスーパーの袋が握られていて、何となく笑いが込み上げてきてしまう。
いや、沖矢さんの正体を知る前だったら買い物に来たんだな、で済むんだけど…今では、この人の正体は赤井秀一だと知ってしまっているから、だから余計に変な感じがするし面白く感じてしまうんだよなぁ。だって、秀さんは料理できない人だろうって思ってたから。

(実際はその逆で、多分私より料理上手だと思うのよね)

意識を飛ばしてしまっている、と勘違いされたんだろう。握られたスーパーの袋を凝視したまま動かない私の前で、沖矢さんが軽く手を振った。更には起きてますか?の一言。…さすがに目を開けたまま寝たりしないっての、それもこんな街中で。


「起きてるよ。失礼な人だなぁ…」
「しかし、急に動かなくなってしまったらそう思うのは無理はないでしょう」
「否定はしないけど、…買い物?」
「ええ、夕飯のね。君は…仕事の帰りですか?」
「ん、そんなとこ」


夕飯か…確かにもう夕方だし、買い物に行くにはいい時間だよね。私も夕飯の買い物していかないと、と思ったんだけど、今日は博士も志保も出かけちゃってて1人なんだっけ。お惣菜とか、簡単なもので済ませちゃおうかなぁ。


「確か博士達は朝から出かけていましたよね?もし1人なら…夕飯、ご一緒にいかがです?」
「え、いいの?」
「何故かいつも作り過ぎてしまうのでね、君が嫌でなければ―――ですが」
「まっさか!沖矢さんの料理美味しいし、喜んで行かせてもらうよ」


沖矢さんの正体を知ってから、私は彼と大分打ち解けた。…とは言っても、昔からの知り合いだったわけだから打ち解けるも何もあったもんじゃないんだけど。要するに、出会った頃のようなギクシャクとした感じはなくなったってことだ。まだ違和感はバリバリあるけどね、敬語を使う秀さんなんて初めて見るし。
沖矢昴=赤井秀一だとわかっていても、やっぱり話し方が違うから別人って感じがしちゃうなぁ…変装だっていうのは頭では理解してるんだけど。…でも、あの時に工藤邸で再会したのは確かに秀さん本人で。ううん、顔と声が違うってだけで何だか複雑な気分だ。

他愛のない話をしていると、程なくして工藤邸へと辿り着く。洗濯物は外に出しっぱなしだし、お風呂掃除もしていない。それに何より仕事の荷物を置いてきたかったから、一度博士の家に戻ることを沖矢さんに告げて別れた。





「驚いた…アンタ、手際いいんだな」
「―――何だ、急に」
「だって秀さ、…って名前、出さない方がいいのか?」
「いや、この家の中なら問題ない」
「へぇ、そう」


…ん?こんな会話、前にも別の誰かとしたような気がするな。誰とだっけ………あ、そうだ、新一だ。


「で?何で手際の話になったんだ?」
「ああ…ほら、秀さんって料理できるような人に見えなかったから」
「そういうことか。有希子さんに習ったんだ、気分転換にもなるし、食費も浮くから言うことなしじゃないか?」
「言われてみれば、あの人って変装のエキスパートだったっけ…」


今では自分でできるようになったらしいけれど、沖矢昴として生きていくことになった時は有希子さんが毎週チェックしに来てくれていたらしい。その時に一緒に料理も習っていたみたいだね。…でも全然知らなかったなぁ、有希子さんが毎週来ていたなんて。
彼が工藤邸に住むようになった頃は私、仕事で米花町を離れていたから仕方ないにしても、その後だって気がつかなかった。というより、気づかれないようにしていた―――っていう方が正しいのかもね。生きているのがバレないように、っていうのが大前提だったわけですし。

―――結局、詳しいことは聞けていない。
聞こうとも思っていないけれど、でも何となくは察しがついてる…多分、黒の組織関連だと思うんだよな。彼らに赤井秀一は死んだと思わせる必要があった、ってことなんだろ。ま、この人が私に話す気がない以上、真相は闇の中だけど…でも新一が色々協力してる所を見ると、その可能性が一番高いのは間違いないね。


「ま、どーでもいいか。今となっては」

―――コトン、

「でかい独り言だな。どうぞ」
「いただきまーす。…ん、美味しい」
「それは良かった」


黙々と平らげて、食後のコーヒーを飲んでいたら突然、元気だったのか、と声を掛けられた。思いも寄らない言葉だったから多少固まったけど、すぐに我に返って元気だったよ、と返したけど。
あー、びっくりした…秀さんってあんまり他人に興味を持つような人じゃない気がしてたのに。そんなこと聞かれるなんて、これっぽっちも思ってなかったよ。


「ご両親は?」
「あ、…そっか、秀さん知らないよね。死んだんだ、父さんと母さん。もう3年も前になるかな?」
「!そう、だったか…」
「私さ、2人の跡を継いで探偵になったんだ」
「お前が…?」
「うわぁ、すっげー意外だって顔してんなーアンタ」


それはそうだろう、泣き虫だったお前がなぁ。
いや、それ出会った直後の話だろ?!それ以来、秀さんの前で泣いたことなんて一度もなかったし!!そんな昔のことを引き合いに出さなくてもいいじゃんかよ…それにあの時は正常な精神状態じゃなかったんだし、まだ中学生だったんだから怖くて泣いたって仕方ないだろーが。

ズズズ、とコーヒーを啜りながら時計に目をやると、そろそろ20時になろうとしていた。まだ博士達が帰ってきた気配はないけど、お風呂にも入らなくちゃいけないし、何より此処に長居するべきではないよな。そろそろ帰ろうか。


「私、そろそろ帰るよ。夕飯、ごちそうさま」
「いや、気にしなくていい。誘ったのは俺だからな」
「あはは、何か…変わってなくて安心したよ、秀さん」
「?そうか」
「―――…そんなアンタが、本気で好きだったんだ」


無意識に零れ落ちた言葉。あの時、告げることのできなかった私の想い。


「お嬢ちゃん、」
「過去形だよ。私の想いは過去形、なんだ。だから、…戯言だと思って、聞き流してくれよ」
「……お前のこと、嫌いじゃなかったぞ」
「ふはっ…何だよ、それ。…じゃあ、お邪魔しました沖矢さん」


8年越しの告白。それはようやく、終結を迎えたのだ。

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