ふたりだけの結婚式
チェックアウトを予定よりも早く済ませ、私達は乗る予定の電車が停車する駅の近くまで戻ってきていた。この辺りに昴くんが行きたい所があるのだろう、と思っていたのだけれど、半分当たりで半分ハズレだって。
どういうこと?と聞いてみれば、確かにここからそう遠くない所にあるらしいんだけど、駅の近くまで戻ってきた理由は主にお土産を買いたいからだそうです。
「でもどうせここまで戻ってくるんだし、あとでも良かったんじゃない?」
「まぁそうなんですけど…個人的に先に買ってしまいたかったんです」
「ふぅん…?」
寄る場所があるのなら身軽な方がいいんじゃないのかな、と思ったけど、何か理由があるんだろうなと思ってそれ以上は何も言わなかった。そのまま彼はお土産の物色を始めたので、私も選ぶことにしよう。
探偵団の子供達と博士、それからFBIの皆には連名で渡せばいいとして…個人的に買うのは蘭ちゃんと園子ちゃん、それから真純ちゃんかな。お菓子とアクセサリー、どっちが喜んでくれるだろう。
(でもやっぱりお菓子かなぁ、アクセサリーはつけるかどうかわからないし)
それに好みってやつがあるもんね、と一人納得し、お菓子コーナーへと足を向けていた途中。ふと目に入ったのは石がはめ込まれたストラップ。とてもシンプルで、携帯やカバンにつけても邪魔にはならなそうだなぁ。
蘭ちゃんと園子ちゃんはこういうの好きそう…真純ちゃんはどうだろう?普段、ボーイッシュな格好をしている子だし、あまり可愛いもの・綺麗なものには興味ないかなぁ?だけど、このくらいの装飾なら…真純ちゃんも嫌がらないはず!うん。あの子達にはこれにしよう、お揃いになっちゃうけど大丈夫かなぁとか思いながら、ストラップ3つを手にレジへと向かう。
お土産を無事に買い終え、私達は電車に揺られていた。着替えなどが入ったカバンを持ったまま。昨日と同じようにコインロッカーに預けるものだと思っていたんだけど、その必要はありませんよと昴くんに言われて、そのまま移動中なのです。
1日分だからそこまで重くはないし、大きいわけでもないんだけど…何で今日は持っていくのだろう、という疑問は消えないよね。昨日は預けたのに。まぁ、それを考えた所で理由がわかるわけでもないからやめておこう。
「円香さん、降りますよ」
「あっはい!」
ボーッとしてしまったらしい。昴くんに声をかけられるまで、電車が止まっていたことに気がつかなかった。慌てて彼の後を追いかけると、どうぞ、と手を差し出された。繋ぎましょう、という意味なのはわかってるんだけど…差し出されたのは左手で、繋ぐのを躊躇してしまう。
だって左手は彼の利き手、だから。
だから、手を繋ぐ時は必ず右手だと決めているのです。何があっても大丈夫なように、すぐに対処できるように。けれど、今日は右手に荷物を持っているからか、差し出されたのはさっきも言った通り左手、なのだ。
「あ、あの昴くん、」
「?…ああ、大丈夫。何も起きませんよ。それに貴方も一緒ではないですか」
―――頼りにしてますよ。
耳元で囁かれた声、言葉に、カッと顔に血が昇る感覚がした。ほんっとにこの人はもう…!こうすれば私が抵抗も、拒否も遠慮もしないことをわかっていてするんだから、だから余計に質が悪い。弱い所は全て知られてしまっている状態なんだもの。そのくせして、彼の弱い所は決して見せてくれないんだから腹が立つ。
一向に手を取ろうとしない私に焦れたのか、差し出された左手で私の手を掴んで歩き出す昴くん。そして改札を抜けた先には、一面の海。だけどきっと、昴くんが連れてきたかったのは此処じゃない。だって海なら泊まっていたホテルの近くにもあったから。とても綺麗な海が。
私の考えは当たっていたらしく、彼は海に目もくれず、だけどただひたすらに砂浜を歩き続ける。歩けども、歩けども、目に映る光景は真っ白な砂浜と真っ青な海で、それも変わりそうにない。いい加減、何処に行くのと声を掛けようとした瞬間、穏やかな声で着きましたよ、と言った昴くんが振り向いた。
そんな彼の立つ先に見えたのは―――真っ白な、教会。
「ネットで見て、どうしても貴方と来たかったんです」
「何で教会なんか…」
「とりあえず入ってみませんか?」
「え?」
いや、あの、入ってみませんかって…!大分寂れている所を見ると、もうこの建物は教会としての役目を終えたんだろうなっていうのがわかりますけれどね?!だからといって、勝手に入っていい場所だとは到底思わないんですけど!そこんとこどうなんですか、昴くん!
でも彼は一向に足を緩めることもなく、私の手を引いたままずんずんと歩いていってしまう。止まるわけにもいかなくて、私もついていくんだけれど…本当に大丈夫かなぁ。
―――ギィ…
「わ、開いてる…?」
「少し寂れてはいますが、無料開放されている建物ですので大丈夫なんですよ」
「そうなの?」
「はい。何でもジンクスがあるらしく、観光名所の1つとして残されているらしくて」
大分寂れている印象があったのに、中は割と綺麗なままで。ステンドグラスを通して降り注ぐ光はとても綺麗で、なかなかに幻想的だと思う。すごい…確かにこれは観光名所にもなるかも。そういえば、昴くんの言っていたジンクスって何なんだろう?せっかくだし聞いてみよう、と彼の方を向けば、有り得ない光景が目に飛び込んできて思わず言葉を失った。
そこには沖矢昴ではなく、赤井秀一が立っていたから。
叫ぶことはしなかったけど、何をしてるんですかー!!と詰め寄る羽目にはなった。でも仕方ないよね?!だっていつ誰が来るかわからない場所で、元の姿に戻るなんて一体、何を考えているの…!それなのに秀一は涼しい顔で、でも薄らと笑みを浮かべて手を伸ばすんだ。私の名前を、呼びながら。
「―――おいで、円香」
「ッ…ほんと、何を考えてるのかわかんないですよ」
「すまん。…だが、沖矢では意味がないんだ」
ふわり、と何か布のようなものが頭にかけられた。何だろう、とそれを摘まんでみると、それは確かに布だった。とても肌触りのいいもので、裾には綺麗なレースが縫い付けられているし、見える範囲に綺麗な刺繍も施されていた。
あ、あれ…?これって、もしかしてもしかする?
「花嫁の、…ベール……?」
「ああ。有希子さんからお借りしてきたんだ」
「義姉さんに?」
「これを円香に、と言っていたよ」
それは義姉さんが自らデザインし、作ったという。
文字通り、この世でたった1つのベール。
「俺はまだこの姿を隠さなければいけない。だが、…それでもお前を、円香を今すぐ俺のモノにしたい」
「しゅう、」
「I, Groom, take you Bride, to be my wife, to have and to hold from this day forward, for better or for worse, for richer, for poorer, in sickness and in health, to love and to cherish; and I promise to be faithful to you until death parts us.( 新郎となる私は、新婦となるあなたを妻とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います。)」
涙が、零れた。
法律上、私達はまだ夫婦になることはできない。だって赤井秀一はもう、この世にはいないことになっているから。だけど、結婚しようと言ってくれた彼の言葉を支えに頑張ろうと思うことができた、前を向こうと…そう思っていたのに、全てが終わる時をひたすらに待ち続けようと思っていたのに、それなのにこんな…嬉しいことをやってくれるなんて。
「私も、…誓います。秀一」
「…ああ」
誰にも見届けられない結婚式でも、それでも私達は幸せだと―――心の底から思うことができる。