煌めく月夜の


「美味しい…!」
「それは良かった」


ホテルに戻った後、指定していた夕食の時間までまだ余裕があったので2人で屋上のお風呂に。これがまた景色が良くて最高でした。大浴場は4種類のお風呂があって、中にはバラ風呂なんてものもあってすごいなぁと思っちゃったよ。
ゆっくり入っていても問題なさそうだから、せっかくだし…ということで、4種類全部試してきた。バラ風呂がすっごくいい香りで良かったなぁ。これって男湯も同じラインナップなのだろうか。

(昴くんがバラ風呂、…)

ちょっと想像してみたものの、あまり似合いそうにないなぁと苦笑が漏れる。秀一の姿だったらまだ似合う…?でも一緒に入ったりしたら、私、多分笑う。思いっきり笑って怒られるパターンだ、確実に。
似合いそうではあるし、事実似合うのだろうけど―――さすがにバラ風呂に浸かる彼氏、というものはどうしてもね、笑いが込み上げてきてしまうのだ。どうしてだろう。きっとバラの花束を持って現れたら、キザだと思いながらもカッコイイとときめいてしまいそうなのに。
お風呂を堪能した後は、待ちに待った夕食。そう、今現在食べているのがその夕食です。広めのテーブルには美味しそうな料理が所狭しと2人分並んでいる。あ、間違えた、美味しそうなじゃない、めちゃくちゃ美味しいです…!海の近くだから魚介類が特に美味しくて、もう幸せすぎるよね。本当。
昴くんと旅行に来れただけでも幸せなのに、部屋も素敵だし、お風呂も気持ち良かった。そしてこの美味しい料理でしょう?これを幸せ以外に何と呼べばいいのか。


「幸せそうな顔をしていますね」
「うん?だって幸せだもん。昴くんは違うの?」
「!…いいえ、私も幸せですよ」
「ふふっなら良かった」


穏やかな笑みを浮かべた彼に、私も笑みを返す。そしてまた、目の前に広がる美味しい料理に舌鼓を打った。うーん、あとでベランダのお風呂に入るから、と思ってお酒はやめておいたけど…やっぱり頼めば良かったなぁ。お酒がなくても十分だけど、あったらもっと幸せだろうにと思ってしまう。
そんな私の心の中を読んだのかはわからないけれど、料理を口にしながら昴くんがお風呂から出たらお酒を頼みましょうね、と言った。


「…うん。でも月見酒とか、良くない?」
「ダメですよ。いくら私が一緒とはいえ、酔っ払っている時のお風呂は危険です」
「昴くんのケチー」
「何とでも言いなさい」


涼しい顔でそう言ったかと思えば、綺麗な所作で箸を置いてごちそうさまでした、と口にした。相変わらず何をしても絵になる男だなぁ、この人は。程なくして私も食べ終わり、箸を置く。お皿は後で下げに来ますので、と言われているから、そのままにしておいて構わない。
その時にお酒も頼んでしまおうかな…もしくは下のコンビニにビールを買いに行ったって構わないし。あ、でも外に買いに出てそのまま海辺を散歩、っていうのも悪くないかも。真っ暗で何も見えないだろうけど、星や月も綺麗に見えるはずだもの。浜辺で星空観察、っていうのもいいかもしれないわ。うきうき気分で昴くんに提案してみたのだけれど…お風呂に入った後では風邪をひくからダメです、と却下されました。


「そんなに拗ねないで」
「拗ねてないですよーだ!ちょっと残念なだけ」
「それを拗ねてると言うんですが…まぁ、いいです。それで円香さんに1つお願いがあるんですが」
「お願い?なぁに?」
「明日、貴方につき合ってほしい所があって」


そんなの断るわけないじゃない!今日1日、私の生きたい所につき合ってもらったんだもの。それにホテルの予約諸々も任せっきりだったし、何より彼が私に何かを頼むなんてこと仕事以外じゃないに等しいもの。
さっきの私の提案が却下されたことなんてすっかり忘れて、何処に行きたいの?と尋ねる。でも昴くんは人差指を口に当てて、内緒ですとだけ。何処に行きたいのかも、何をしたいのかも一切教えてはくれない。行ってからのお楽しみ、ってやつだろうか?

(それならそれで全然いいんだけどね…この人の秘密主義は、今に始まったことじゃないし)

とはいえ、今回の旅行は1泊2日。明日の夕方にはまた特急列車に乗り、米花町に帰らなければならない。それを考えると、このホテルからそう遠い所ではないのかな。あまり遠いと時間がなくなってしまうし。
だけど、この辺に昴くんが興味を示す場所ってあったかなぁ?つき合いはそこそこ長いけど、いまだにどんなことが好きなのかわからないんだよね…私。何度も何度も見たガイドブックを思い返しても、やっぱりわかりそうにはなかった。





「見て見て、星が綺麗!」
「円香さん、あまり乗り出さないでください」
「だいじょーぶだって。落ちたりしないわよ」


お腹が大分落ち着いた頃、私達はベランダのお風呂にのんびり浸かっていた。さすがに海は見えないけど、上を向けば米花町では見られない程の満天の星。月も綺麗に見えていて、これは贅沢だなぁ…と、屋上のお風呂に入った時と同じ感想を抱いてしまった。でも今日は本当にずっと贅沢をしている感じ、なんだよね。
夜空を見上げてボーッとしていると、ちゃぷん、とお湯が揺れる音。それと同時にお腹周りに腕が回され、そのままグイッと引き寄せられた。


「…円香」
「やっ…い、つの間に変声機、」
「さすがにもう従業員が訪ねてくることもないだろう」
「そうだろうけどっ…」


そっと視線をずらせば、昴くんではなく秀一の顔がそこにはあった。どうやら私が星に夢中になっている間に、変声機と変装を取っていたらしい。ただそれだけ、おまけに見慣れているはずの顔を見て―――どうしてこんなにも、胸が高鳴ってしまうのか。
ドクリ、ドクリ、とさっきよりも確実に早くなった鼓動を感じながら、そっと目を伏せる。今から何をされるのか、彼の熱っぽい声で悟ってしまったから。ベランダとはいえ外でなんて、普段だったらどんなことをしてでも断固拒否をすると思うんだけれど…旅行には魔力でもあるのか、抵抗しようなんて気持ちが微塵も湧いてこないのです。


「ん、」
「こっちを向いてくれないか」


ちゅ、と首筋にキスが落とされ、耳元でそう囁かれた。力が抜けつつある体を無理矢理動かして彼の方を向けば、噛みつくようなキス。まるで吐息までも、食べられてしまいそうな。


「ふ、…ん、んっ…」
「―――構わないか?」
「…断らないって、知ってるくせに」


そう零せば、秀一はフッと笑って再び、唇を重ねてきた。
- 104 -
prevbacknext
TOP