零れる安堵の吐息
「全く…本当に無茶をする人なんですね、貴方は」
誰かの声が聞こえる、…聞き覚えのあるこの声は、誰だっけ?
「これで借りは返しましたよ―――工藤円香さん?」
ああ、ダメだ…もう意識が虚ろで、苦しくて、これ以上、は…―――
「まっしろ、」
次に目を開けた時、私は知らない場所にいた。消毒液の匂いがして、天井は真っ白で、とても静かで…それで体中が痛い。ポツリと呟いた声は、かなり掠れているのがわかる。
ええっと、私は今どこにいるんでしょう?てっきり地獄に落ちたのだと思っていたのだけれど、死んでからも痛みって感じるものなのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、無意識に上げた腕に視線を移すと、ソレは包帯でぐるぐる巻きにされているのがわかった。へー、死ぬ前に受けた怪我って死んだら治るわけじゃないんだ…初めて知ったわ。
痛みを堪えながら体を起こすのと同時に、ガラリとドアが開かれた。その先にいたのは見知った、顔。
「―――円香?!」
「……ジョディ?ジョディも死んだの?」
「何をバカなことを言ってるの!ああもう待ってて、すぐに医者を呼んでくるわっ」
「いしゃ…?」
ジョディが呼んできた医者による診察が終わる頃、私はようやく自分が生きていることに気がついた。
「てっきりここが地獄なのかと…」
「そんなわけないでしょう?!貴方はちゃんと生きてるわよ!」
「あ、はい、大丈夫。もうちゃんと認識したから」
これ以上言うと、ジョディの怒りが再び大爆発してしまいそうなので。
診察が終わって医者が退室した瞬間、ジョディにギッと睨まれてそこからお説教スタートしちゃったからね。そこにキャメルくんが加わり、何故かボウヤまで参戦するというカオス具合…苦笑を浮かべながら、秀一がいないことが救いだなぁと場違いなことを考えてました。だけど、怒られることができれば万々歳って思っていたから、うん、ちょっとだけ幸せだなって思ってしまっている私もいる。そんなこと口が裂けても言えないけどね?
それにしても私はどうやって助かったんだろう?最後に見たのはジンの顔だったし、手錠を壊した記憶もなければ廃工場から逃げ出した記憶もない…爆発した瞬間は辛うじて覚えているけど、そこまでだ。
というか、肩とお腹と足を撃たれていたら、よっぽどの強靭な体の持ち主でなければ自力で逃げ出すのは難しいと思うのよね。だとすれば、誰かが助けてくれたってことになるけど―――でも誰が?
(…薄らと誰かの声を聞いた覚えはあるけど、誰だった…?)
聞き覚えがあるような気がしたんだけど、でもハッキリと思い出せないんだよな。そもそもあれは現実だったのかな?聞いた気がするだけで、実際は誰の声も聞いてないとか有り得そうなんだよね、正直な所。
だけど、そうすると私はどうやって助かったのかってことになる。落ち着きを取り戻しているジョディ達に聞いてみると、それがね…と不思議そうな顔を向けられた。
「円香さん、燃えている廃工場の外に倒れてたんだよ。大怪我して」
「私達はてっきり自分で逃げ出してきたんだと思ってたんだけど、…シュウがあの怪我じゃまともに動けないだろう、って言ってて」
「秀一の言う通りだよ。歩くこともできなかったし、手錠を外すことだって…」
「手錠?!円香さん、手錠で拘束されていたんですか?!」
「え?うん」
何故にそんなに驚くの、キャメルくん…それにジョディとボウヤ。
「じゃあやっぱりあそこに別の誰かがいたんだわ…そうじゃなきゃ無理だもの」
「え?無理って、なに」
「病院に運ばれた円香さんの手には、手錠なんてついていませんでしたから」
そう言ったキャメルくんの顔には戸惑いの色が浮かんでいたけれど、私はその事実をすとんと受け入れることができた。自分の推測が当たっていただけだから、そこまで驚くことはないかな。
まぁ、その相手が誰だってことは気になって仕方ないけど、この感じだとだーれも知らないっていうことだろうし。助けてくれたのならお礼をしたかったんだけど…それは叶いそうにもない。
(秀一達でもないとしたら、本当に誰?)
叶いそうになくても気にはなってしまう。それが人間というものだ。
うーん…ジン達が助けてくれるわけもないし、廃工場が燃えている所に一般人は近づかない。近づいたとしても、中に誰かがいるとは思わないから助けられるわけがないのです。わざわざ危険を冒してまで燃え盛る廃工場に侵入して助け出す、って…それどんなドラマ?って感じだよね。今思えば。
考えてもわかんないなぁ、とボーッと窓の外を見ていたら、ドアが開く音がした。反射的にそっちへ顔を向ければ―――そこには般若がいた。
思わずヒッと声が出て、それを聞いたジョディ達が頭上にクエスチョンマークを浮かべて私の視線を辿る。辿った先にいた人物を認めて一瞬だけ、ほんの一瞬だけ3人の体がピシリと固まったように見えた。見えたのだけれど…何故かすぐに帰り支度を始めやがったんですけど?!
ねぇちょっと待って、あの般若みたいな顔した人と2人きりとか、絶対私死亡フラグ!!今度こそ地獄行き決定しちゃうから待って!!!私の必死の訴えは3人に届くことはなく、そのまま病室を出て行かれました。…野郎共、覚えてろよ…!
コツン、と響く靴音に肩がビクリと跳ねる。そろそろと顔を上げれば、絶対零度の翡翠の瞳とバチッと視線が合った。これはもう、逸らすことができなさそうです…。
「えっと、あの、…しゅう、いち…?」
「馬鹿野郎!」
「ひっすみません!!」
まさか、開口一番馬鹿野郎と言われるとは思いませんでした!でも自覚はありますのでごめんなさい!!
「何故、誰にも言わなかった」
「えっと、それは、あの」
「お前のことだ。1人で来いと言われ、馬鹿正直に従ったんだろう」
「う、」
「どうして奴ら相手に1人でどうにかできると思ったんだ」
だ、だって1人で来なかったらわかってるな?なんて言われたらもうどうしようもないじゃないですか!!さすがに私だって自分だけで捕まえられるなんて思っていないし勝てるとも思ってませんよ!
半泣きで、しかもノンブレスで言い切れば、さすがに言い過ぎたと思ったのか、秀一はすまん、と呟いた。彼のその言葉を聞いて私も少しずつ、落ち着きを取り戻す。…しまった、病院だってことを忘れて叫んでしまった。個室で良かったな、本当に。
「でも、…心配させちゃってすみませんでした」
「…円香が死ぬとは思っていなかったし、目を覚ますと信じてはいたが―――さすがに肝が冷えたな」
「はぁ…ほんとすみません」
「『くたばれ、ジン』」
「そ、れ……!」
どうしてあの場にいなかった秀一が、私が発した言葉を知っているの?
驚きすぎて何も言えなくなっている私に、彼はフッと笑みを零し「無線だよ」とタネ明かし。でも私はそれをすぐには理解出来なくて、オウム返しのように無線?と聞き返すことで精一杯。
いや、無線が何かはわかるし…ジンに呼び出された時もつけていたなぁ、って記憶はあるけど、でもあの時、無線のスイッチは切っていたはずなんだけど。
「何かのはずみでスイッチが入ったんだろう。お前のその言葉と、爆発の音がイヤホンから聞こえた」
「……」
「それを聞いたのが廃工場に着く直前でね、心臓が止まるかと思ったさ」
「秀一、」
再びかち合った翡翠の瞳は、私が死ぬはずないと信じていたと言っていた割には―――安堵でゆらゆらと揺れていた。