愛と憎しみは紙一重


ジョディから聞いたのは、にわかには信じがたい言葉。
秀一が、命を落とした―――
そんなバカなことあるわけないって思うのに、話を聞けば聞く程…それは嘘ではないんだって思えて、ジョディの瞳から零れ落ちる涙が、ボスの神妙な顔つきがますますこれは真実だ!と突き付けてきている気が、した。
けれど、涙は一筋も零れてはこなかった。





「円香さん!」
「…ボウヤ、哀ちゃん」
「今日、退院だって聞いたから」
「迎えに来てくれたの?ありがとう」


あれからどれくらい経ったのか、自分でもわからない。でも気がつけば怪我は癒えていて、リハビリも済んで、退院も決まっていた。
多分、ちゃんとやり取りはしていたんだと思うんだけど、私にはその記憶がなくって。あっという間に退院当日を迎えている。ダメだなぁ…もっとしっかりしなくちゃいけないのに、このままじゃ仕事に支障が出てしまうのに、どうしたって秀一のことを考えてしまう。

死んだと聞いて涙すら出なかった薄情者なのに、こんなに彼のことを考えてしまうなんて。

でもきっと私は、秀一のことを忘れることができないと思う。別れた後も忘れたことなんてなかったけど、これからは余計に…忘れることなんて無理。だって刻みこまれてしまったから。あの日のキスが、好きだという言葉が、体の隅々まで赤井秀一という男を。それなのに、…忘れられるわけがないじゃないか。


「円香さん?大丈夫?何だか…元気がないみたいだけど」
「あ……うん、大丈夫よ。だいじょう、ぶ、」


哀ちゃんの頭を撫でようと屈んだ瞬間、ポタリ、と冷たい何かが零れ落ちた。それは止まることなくポタポタと落ちていく。
それが私の涙だと気がついたのは、哀ちゃんの心配そうな瞳を見たからだ。


「どっどうしたんだよ円香さん!」
「ごめ、…ボウヤ、哀ちゃん。ちょっとだけこうさせてっ…」
「いいわよ、気が済むまで…どうぞ」


ぽんぽん、と私の背を叩いてくれる哀ちゃんの優しさに、涙は止まる気配を見せない。ボウヤも戸惑ってはいるみたいだけど、何も文句を言わずに大人しく私の腕の中にいてくれて。
2人の温かさに包まれながら私は、わんわん泣いた。あの時に泣けなかった分も一緒に。博士を待たせていることもわかってはいたけれど、でもどうしたって涙は止まりそうにもないから。だったら哀ちゃんの言う通り、気の済むまで甘えてしまうしかない。


「いなくなっちゃったの、守りたかったのに、大切だったのにっ…何も返せないまま、いなくなっちゃった…!」
「円香さん……」
「こんなことになるなら、引き止めれば良かった。行かないでって言えたら、あの人は―――」


死ななかったかもしれない。

そう呟いた反面、それはあくまで『もしも』の話だと思っている自分もいる。私がどれだけ必死に止めたとしても、覚悟をしてしまった秀一を止めることなんてきっとできなかっただろう。行かないという選択肢は元々、彼の中にはなかったのだろうから。

…だからこそ、悔しい。守れなかったこと、何ひとつ返せなかったことが。

そう思うと余計に悲しくて、辛くて、涙が溢れてくる。2人を抱きしめる力も、比例するかのように強くなっていくのがわかった。それでもボウヤと哀ちゃんは何も言わず、されるがままでいてくれた。
ようやく涙が止まったのは、それから数分後。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら離れれば、ボウヤはくくっと笑ってひでー顔、と言った。うるさいよ、と頭を小突けば、さっきの意地悪い表情はどこへやら。フッと笑みを浮かべて大丈夫だよ、と私を安心させてくれる言葉を呟く。
中身は高校生だけど、見た目は小学生…そんな子に慰められるのは、ちょっと腑に落ちない部分もある。でもさっきまでその小学生に縋って泣きじゃくっていたのだから、もうそんなこと言ってられない気もします。


「貴方が泣いた所、初めて見たわ」
「俺も。とりあえず退院手続きしに行こうぜ。博士も待ってるし」
「ぐすっ…そうね、あんまり待たせちゃダメね」


最後の一筋の涙を袖で拭って、私は立ち上がる。


「行こうか。ボウヤ、哀ちゃん」
「そうね。…ああ、車に乗る前に飲み物でも買っていったら?」
「泣いたから声、掠れてるよ円香さん」
「あはは…子供みたいに泣いちゃったからね」


前を向けるかはわからない。もしかしたらまた大泣きするかもしれない。…けど、無理に涙を飲み込むより流してしまった方が楽になるってことも今日、知った。
だったらまた、気が済むまで泣けばいいかもね。そう考えると少しだけ、気持ちが楽になったような気もする。





「おお、円香くん!久しぶりじゃな」
「久しぶり、博士。迎えに来てくれてありがとうございます」
「なんのなんの!このくらい構わんよ」


ボウヤが助手席、私と哀ちゃんが後部座席に乗り込んで、ビートルは発車した。移りゆく風景を見ながら、ぼんやりと思い出すのはボスから聞いた話。
あの日―――秀一を呼び出したのは、水無怜奈。2人きりで会いたい、と連絡をしてきたらしい。その『2人きり』というのにボスは罠なのでは、と懸念を抱き、行かない方が賢明だと進言したらしいけれど…秀一は否、と答えた。仮に罠だとすれば、自分が行かなければ彼女は十中八九殺されると反論して。

(確かに…秀一が行かなければ、水無怜奈の命は失われていたのかも)

垂らされた糸を断ち切るわけには、どうしてもいかなかったのだろう。秀一の判断は何も間違っていないし、水無怜奈を責めるのもお門違い。彼女は秀一に言っていたそうだから…いかなる場合でもCIAの任務を優先させるから、FBIに不都合なことがあっても悪く思うなって。
今回のことだって、彼女がCIAの任務を全うする為に必要だったこと。きっと逆の立場だったとしたら、私達だって同じことをしていたはずだもの。
代償は大きすぎたけれど、組織には決して外れることのない鋼の楔を打ち込むことができた。…なら、私達は彼が遺してくれたソレを失わないようにしなければいけない。そして確実に組織を―――奴らを、潰してみせるんだ。どんな危険に晒されようとも、必ず!


「見守っててね、…My dear.」


我ながらクサイことを言ってしまった、と思うけれど、でも本心だ。この気持ちはもう貴方へ届けられないけれど、いつか私が貴方に辿り着いたら…パンチ一発と一緒に伝えるから。絶対、絶対伝えるから。
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