増えた居候
「ええっと、帰ったら着替えだけ準備して…」
相も変わらず組織の尻尾を追う毎日。収穫と言えたのは、水無怜奈からかかってきた電話くらいかしら…バーボンが動き出した、ってね。情報収集・観察力・洞察力に長けた探り屋…噂だけは十分に聞いたことがあるし、たった一度だけ会ったこともあったかな。
……ん?バーボン?何かが私の記憶の琴線に引っ掛かったような気がした。―――あ、そうか声だ!
『全く…本当に無茶をする人なんですね、貴方は』
『これで借りは返しましたよ―――工藤円香さん?』
意識が朦朧とする中で聞いたあの声、聞き覚えがあると思ったらバーボン…彼の声だったんだ。そりゃあ聞き覚えがあるはずよね、会ったことあるんだもん。これでも記憶力はいい方だから、よっぽど印象が薄くない限りは大体覚えていられる。
あースッキリした、あの声は誰のものだったのか・誰が私を助けてくれたのか、ずーっと気になっていたんだもの!だけど、喜んではいられないかなー…名前、知られちゃってるし。まぁ、バーボンの情報収集能力を考えるとそれくらいは朝飯前…恐らく、FBIで秀一の部下だってことも知られているとみて間違いはないだろう。
「バーボンの狙いはシェリーちゃんだろうね…ジョディの見立て通り」
ボウヤには彼女が知らせてくれるらしいし、哀ちゃんの身に危険が迫らないよう守ってあげてって伝えておくと言っていたから、しばらくはボウヤに任せた方がいい。私達がつくのが一番いいし、言うなれば保護しちゃうのが手っ取り早い方法ではあるんだけど、そうすると哀ちゃんの居場所を奴らに知らせることになる。今現在、特定されていないのならばFBIである私達は、下手に近づかない方がいいだろうからね。わざわざ危険に晒すことはない、そういう結論になったのです。
ひとまず、バーボンのことは置いておこう。気を張っておくけれど、いつ現れるかもわからないし…とりあえずは目先のことをやっていかないとねぇ。
さっさと家に帰って準備をしよう、とキーを差してエンジンをかける。その時、助手席に置いておいた携帯が震えていることに気がついた。…ん?仕事用かと思ったら、プライベート用の方だ。
「もしもし、工藤です。哀ちゃん?」
『そう。…ねぇ、今って仕事中かしら』
「いいえ、さっき終わってこれから帰る所よ」
『だったら急いで博士の家に来て!お願い!』
―――ブツッ
え、ちょっと哀ちゃん?!…何なんだ、一体…急いで博士の家に来て、って何かあったのだろうか?どっちにしろ私が帰るのはその隣の工藤邸だからいいんだけど。
それにしてもあの慌てっぷり、尋常じゃなかったなぁ。哀ちゃんはあまり慌てることなんてないのに。事情はよくわからないけれど、哀ちゃんのことが心配だし出来る限り急ぐとしようか。幸い、ここから博士の家まではそう遠くないしね。
「新一兄ちゃんと円香姉ちゃんにはあとでメールしておくから」
「―――私が、なぁに?コナンくん」
外にいた探偵団の3人に哀ちゃんの居場所を聞けば、博士とボウヤとオキヤさんって人と中にいるよと教えてくれました。中に入れば確かに哀ちゃん達はいたけれど…うん、誰だ?あの男性。
そして何故、ボウヤの口から私の名前が出ているのかもわからない。というか、あとでメールしておくって何か用事でもあるのかしら?ドアに寄り掛かってどういうこと?と問いかければ、哀ちゃんに思いっきり引っ張られた。
あまりの形相だったからどうしたの、と驚いて声を掛ければ、耳を貸してって言われたから大人しく屈んで顔を近づけた。そして説明されたのは、ボウヤが家を失くしたあの男性を工藤邸に住ませようとしていることだった。
哀ちゃんが慌てている理由は、その男性から異様なプレッシャーを感じたから。そう…組織の奴らから感じる、プレッシャーをね。だから哀ちゃんは彼が組織の仲間だ、と断定したらしいの。それなのにボウヤが工藤邸に住まわせようとしているから、驚いて連絡してきたみたいね。
「それで?この人を新くんの家に居候させるって?」
「うん。火事で住む場所が失くなっちゃったから、新しい家が見つかるまで。どうかな?円香姉ちゃん」
「私も居候の身なんだけど…」
「でも家主の新一兄ちゃんはいないし、今は円香姉ちゃんが家主みたいなものでしょ?」
家主の新一は君だけどね、ボウヤ。ジト目で見下ろすけど、肝心の本人は知らんぷり。…哀ちゃんの怯えっぷりは気になるし、組織に関しては彼女の方が詳しい…だけど、ボウヤは何ひとつ疑っていないように思う。
全く知らない人のはずなのにどうして家を貸してあげる、なんて言えたのだろう?それも哀ちゃんから組織の仲間かもしれない、と聞いているはずなのに。何か―――掴んでいるのか?この子は。
「円香姉ちゃん?」
「―――いいですよ、次の住居が決まるまでの間なら」
「本当ですか?ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと円香さん…!」
小声で私の名前を呼ぶ哀ちゃんにウインクを1つ。呆気に取られている彼女に近づいて、大丈夫だよと耳打ちする。
まぁ、怪しいのは間違いないけど…ひとまず様子を見てみる価値はあると思うんだ。それにボウヤが全く疑いの目で彼を見ていないことが、ちょーっと気になるのよねぇ?何か裏があるんじゃないか、って気がしてる。楽観的な部分があるとはいえ、本当に危険が迫っている時はそれを是としないはずだから。
組織の奴らが哀ちゃん―――もとい、シェリーちゃんの行方を追っているのは間違いないんだもの。それをわかっていて奴らの仲間と思われる人物を、彼女が住む博士の家の隣にわざわざ招くはずがない。危険の中にシェリーちゃんを放り込んでいるのと同じだからね。
「とは言っても、私は仕事の関係でしばらく留守にしてしまいますが」
「はい、これ家の鍵!」
「ありがとう」
「じゃあ家の中、案内しますね」
居候する男性の名前は、沖矢昴。大学院生の27歳だそうです。
どうやら年下だったみたいなので、沖矢くんと呼ばせてもらうことに。敬語もナシにさせてもらうことにした。んー…近くに寄ってみて感じたけど、この人なんだか懐かしいというか何というか…変な感じだなぁ。
「……」
「あの、…工藤さん?」
「ああ…ごめんなさい、何でもないわ」
そのまま着替えだけを持って、私は家を出た。妙な違和感を抱えたまま。
「…あれは感づいている気がするのだが…」
「うーん、円香さん鋭いからね。―――頑張ってよ、『昴』さん」
「まるで他人事ですね?『コナン』くん」