交わる視線


沖矢くんと偽りの恋人を演じることになって数日。何かが変わったかと言えば、特に何も変わりないと思う。実際の所。
そりゃあ沖矢くんの姿のままでキスとか、は、してないけど…うん、少しくっつく時間が増えたことくらいかなぁ?あ、あと出かける時に手を繋ぐようになったか。まだちょっと慣れないけど、でも温もりはあの人と一緒だから(当たり前だけど)ホッとしているのも本当だったりする。

いつの間にか山のようになっている書類を前にしながらも、家に帰ればあの人に会えるという現実にフッと口元は緩んでしまう。とはいえ、秀一が生きていることはボウヤと私…それから意外にもボスだけで、他の仲間は皆、赤井秀一は死亡したと思っているのです。なので、色々と気を付けなければならないことがたくさん…ボロを出さないように頑張らないといけないなぁ。沖矢くんとのことは、うん、特別言うことでもないかな。バレたら説明をすればいいだけだ。
さて、仕事を再開しようとペンを握り込んだ時、ジャケットのポケットに入れておいた携帯が震えた。仕事用のはデスクの上に置いてあるから…プライベート用だよね。一体、誰からだろう…メールならともかく、電話なんて。


「(蘭ちゃん…?)はい、工藤です」
『あ、円香さん?ごめんなさい、お仕事中に…』
「大丈夫よ。どうしたの、何かあった?」
『ええっと、そういうわけじゃなくてその…ですね?』


電話をかけてきたのは蘭ちゃん。だけど、肝心の彼女は何かを言い淀んでいるようで一向に会話が進む様子がない。何か困ったことが起きたわけではないみたいだけど、とても言い辛そうにしてるのは何でだろう。
見えていないとわかりながらも、勝手に首を傾げてしまう。すると電話口の向こうから、誰かの声が…ああ、園子ちゃんか。


『もしもし、円香お姉様?』
「うん、なぁに?園子ちゃん」
『今日、仕事終わった後って時間ありますか?蘭と3人でご飯食べたいなぁって』
「蘭ちゃんと園子ちゃんと?」
『そう!…ダメ?お姉様』


ふふっほーんと…可愛いなぁ、園子ちゃんは。もちろん蘭ちゃんもだけど。


「いいよ、食べに行こうか。頑張って定時で終わらせるね」
『本当?!やった!…あ、それで場所なんだけどね―――…』
「……え。」


園子ちゃんの口から出た場所に、私は思わず言葉を失った。





「あっ来た来た!お姉様、こっち!」
「大声で呼ばなくてもわかってるよ、園子ちゃん…」
「ごめんなさい、円香さん。お仕事で疲れてるのに」
「気にしないで大丈夫よ、蘭ちゃん。隣に座ってもいい?」
「はい!もちろんです」


仕事を終わらせ、目的地に近づく度に重くなる足を引きずるようにして辿り着いたのは―――ポアロ。
蘭ちゃんの家、毛利探偵事務所の下にある喫茶店で、何度か利用させてもらってはいたんだけど…ここ最近はずっと避けていたのです。何故かと言いますと―――


「こんばんは、蘭さん、園子さん。…おや、そちらの女性は」
「安室さん。この人は新一の親戚で、工藤円香さんっていうんです」
「へぇ、初めまして。僕はバイトの安室透です」
「…どうも」


この男、バーボンこと安室透がいるからですよ!!なんっで奴が潜入している喫茶店に好き好んで来なくちゃいけないんだこの野郎。蘭ちゃんと園子ちゃんのお誘いでも、できれば避けたい場所だったよ本当に…だけど何か断りきれない雰囲気だったし。今からでもダニーズとかに変更したい気分だわ。
吐き出しそうになった言葉と溜息を飲み込んで、渡されたメニューに目を通す。夕飯は外で食べてくる、と沖矢くんに言ってしまっているし、飲み物だけ飲んで帰るわけにはいかないよなぁ。何を食べようか、と選んでいるフリをしながらカウンターで笑みを浮かべてお客さんと話しているバーボンに目を向ける。
何というか、…私が知っている奴と違う気がするんだけど。あれか?安室透は人懐っこい設定なのか?本来の彼とは少し違う気がして、無意識にジト目になる。演技だろう、というのはわかっちゃいるけど、傍から見ると滑稽な気がしてしまうのは何故だろう。

(でも女性客に人気があるんだね…来ている人の半数が、恐らくはバーボン狙いだ)

確かにバーボンは俗に言うイケメンだと思うし、安室透はモテそうだなーという性格にしているから女性ファンはつきそうかな…現にそのファンでお店の大半が埋まっているわけですし。イケメン好きらしい園子ちゃんもカッコイイ、って頬を染めているくらいだ。
蘭ちゃんは新くん一筋何十年だから、周りの女性のように興味は示していないみたい。知り合いではあるようだけれど…って、そうか。安室透はプライベートアイ…私立探偵を営んでいて、今は毛利さんの弟子って立ち位置にいるんだっけ。自分で調べたことなのに忘れかけてたよ。

まぁ実際問題、彼は完全な敵というわけではないんだけど…秀一を心の底から憎んで嫌っているから、FBIを目の敵にしている気がしないでもない。今の所、ジョディ達がバーボンと鉢合わせしていないからどうなるかはわからないけれど。
でも私にも好戦的な態度取ること多いから、きっと突っ掛かってくる可能性大だろう。彼らの畑を荒らしている自覚はあるから、あまり波風立てたくないというのが本音なんだけれど…向こうから来たらどうにもならないと思うの。


「円香さん何にします?」
「あ、えっと…じゃあナポリタン、かな。あとアイスコーヒー」
「私はハムサンドにしようかなぁ…美味しいって評判なんですよ!」
「ふぅん…。蘭ちゃんは決まった?」
「はい、ドリアとアイスティーにします。すみませーん!」


テキパキと蘭ちゃんが3人分のオーダーをしてくれて、相変わらず慣れてるなぁと笑みを零す。
水を口にしながらボケーッと店内に目を向けていると、ズイッと園子ちゃんが身を乗り出してきた。おお、何だかデジャブ…。


「どうしたの、園子ちゃん」
「円香お姉様って沖矢さんと一緒に住んでるんですよね…?」
「え?ああ、うん、まぁ…って君達、沖矢くんと知り合いだったっけ?」
「この前、新一の家の掃除に行った時に偶然…円香さんはお仕事でいなかったですけど」
「…そういえば、そんなこと言ってたような気がしないでもない」


ちょっと大変だった、って珍しく疲労してたっけ。
で、園子ちゃんは一体何を聞きたいのだろう?脱線させてしまった話の筋を元に戻し、続きを促すと「つき合ってるんですか?!」って。そりゃあもう、一瞬、動きが止まったよね。私。
何故、誰にも言っていない事実を園子ちゃんが知っているのかって話になるじゃない。どこから漏れたのだろう、って言っても、これは沖矢くんと私しかまだ知らないことだもの。ボウヤにだって言っていない。沖矢くん自身が彼女に話したとも、考えられないし。
どうして?と聞き返してみれば、この前偶然にも街中で私達を見かけたらしい。その時、手を繋いでいたからビックリして声をかけそびれちゃったんだ…ですって。
あー、まぁいい歳の男女が手を繋いでいたらそう思うよね、間違ってないから訂正する必要もないんだけれども。隠す必要もないし、秀一曰くカモフラージュの意味もあるから隠さなくていいと言われています。
なので、素直につき合ってるよって答えれば、女子高生2人は僅かに頬を紅潮させてキャーッと控え目な声を上げた。それでも結構、目立ってますけどね。


「え、でも円香さんって忘れられない人がいたんじゃ…」
「まぁ、ね。…けど、もうその人には手が届かないから」
「じゃあその人の代わりに?」
「あははっまさか!そんな失礼なことするくらいなら、つき合ったりしませんよー」
「そ、っか…そうですよね」


深く聞いてこない2人にホッと息を吐く。でもこうやって口に出してみると、案外恥ずかしいものなんだな…これ。
赤くなっているであろう頬を隠しながら、視線を蘭ちゃん達から外すと―――じっとこっちを見ているバーボンの無表情な青目とバッチリ、視線が交差した気がした。
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