胸に潜む熱


車を走らせながら、携帯のGPSで秀一達の居場所を探る。本当はこんなことしたら捕まっちゃうんだけど、うん、緊急事態?なので許して頂けると嬉しいです。見つかったら一発だろうけど。
ええっと、…お、見つけた!確かに言っていた通り、来葉峠の近くみたいね。この時間だったら車の数も少ないだろうし、近くで警察が出動するような大きな事件も起きていない…だとすれば、少しくらい飛ばしても見つかりはしないだろう。これも良くないこと、なんだけどね。

(キャップと服は助手席に置いてあるし、何があってもいいように拳銃も持ってきてるし…うん、大丈夫なはずだ)

インカムだけは置いてきてしまったけど、まぁ必要はないだろう。居場所はもうわかっているし、公安の皆様には丁重にお帰り頂いているからもう撤収済みのハズ。現に工藤邸の周りの車も全ていなくなっていたしね。ひとまず、手を引いてくれたと思っていい。

…だけど、唯一不安が残るのはバーボン―――降谷零のことだ。

彼には、というか…公安には秀一が生きていることが知れてしまったわけでして、特に組織に潜入している降谷に知られたとあっては、結構危ない橋を渡っている最中なのですよ。
警告はした。恐らく、秀一自身も彼に真意を伝えることができたはずだけれど…それが降谷の心に響いているかと言えば、微妙な所だと思うのよね。だって秀一に対する恨みはずいぶんと根が深いように感じていたから。
だから、もしかしたらアイツが彼が生きていることを組織にリークしたとしても、不思議じゃないんだ。彼の死が偽装だったことが組織にバレれば、水無怜奈の命だって危ない…せっかく垂らした糸が切られてしまう。リークされないことを祈りたいけど、こればっかりはどうしようもないわね。





「円香!」
「ハァイ、お疲れ様。秀一、ジョディ、キャメルくん」
「すみません…自分の車が故障したばっかりに」
「いいわよ、迎えくらい。それで2人はどうするの?ナビさえしてくれれば送るわよ?」
「私達はタクシー捕まえて、一度ジェイムズの所へ戻るわ」
「そっか、わかった。何かあったら連絡して」


助手席に載せておいた袋を取り出して、はい、と秀一に手渡した。なんだ?って訝し気な目をされたけど、簡単な変装道具ですよって伝えれば、意図が伝わったらしく大人しくそれらを身につけ始める。
その間にジョディとキャメルくんはタクシーを捕まえようと、キョロキョロ。時々、何か聞きたそうにしてこっちに視線を向けるけど、それはすぐに通りへと戻される。多分、っていうか絶対に秀一が生きていたカラクリのことなんだろうなぁ…聞きたいの。
2人の視線が私にも向けられているのは、彼からの電話に驚くこともなく応対していたから―――だと思う。ジョディ達の中では私も共犯者の1人とされているはず。まぁ、間違ってはいないけど…今回の作戦に関しては。生きていたカラクリに関しては、私も部外者なんだけどね。
だけど結局、2人はこの場で問い質すことを是としなかったようで。ようやく捕まえたタクシーに乗って、その場を去っていった。それを見送って秀一に視線を向けてみれば、ニット帽は赤のキャップに、ジャケットは灰色のパーカーへと替えられている。
よしよし、これでパッと見では赤井秀一だってことはわからないと思う。普段着ていない色を見ると、その人には結びつかないから。特に彼のように常に黒を着ているような人なら、尚更だと思うの。…にしても、意外と似合うかもしれないなぁ。キャップもパーカーも。


「準備出来たなら行きましょうか。この辺にホテルってありますかねぇ…」
「さあ、どうだろうな。東都タワーの方面へ向かえば、あるんじゃないか?」
「ああ確かに。…というか、ナチュラルに工藤邸には帰らない方向で話を進めてましたが、間違ってません?」
「合っているよ。さすが相棒だな」
「お褒めに預かり光栄です、ってね。出しますよ」


エンジンをかけて車を走らせながら、そういえばこの人を助手席に乗せるのはえらく久しぶりだなぁと思った。変装を解いた姿で外出することがないから、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。
沖矢くんでいる間は、彼の車と運転で出かけるのが主だし…私が自分の車に乗るのは仕事に行く時だけ。たまーにボウヤを乗せることがあったけど、ほとんどないに等しかったし…この人を助手席にっていうより、この車に誰かを乗せること自体が久しぶりってことになるんだな。うん。


「この道を真っ直ぐ行った所に、ビジネスホテル街があるな…」
「じゃあまずそこ当たってみましょっか。週末でもないし、ラブホテルでもなければ空いてるとは思いますけど」
「なんだ、ソッチのホテルの方がいいのか?」
「ンなこと一言も言ってないでしょうに…!てか、検索するなバカ!!」
「バカとはひどい言われようだな」


そのくらい言わないと貴方は止まらないでしょうが!!言っても止まらない時ありますけどねっ!というか、ラブホテルじゃ経費として落としてもらえるわけないんだから、最初から却下ですってば。…いや、互いにマンションやホテルに仮住まいしているわけではないから、経費で落ちるかどうか自体、微妙な所だけど。
ああでも、落ちる可能性は低そう…だって、ただでさえ捜査官の人数が多くて経費にいくらかかってるのか考えたくないくらいだし。経理にダメ!って即答されるシーンを思い浮かべ、ははは、と乾いた笑いを浮かべた。

秀一が言っていた通り、真っ直ぐ進んだ先にビジネスホテル街があった。適当に選んで車を停め、受付で2人泊まれるかどうかの確認。週末じゃあるまいし、と思っていた私の予想を大きく裏切り、意外にも満室に近い状態だそうで。
おおっと、これはマズイかなぁと考えていると、受付のお姉さんがツインは埋まっているんですがダブルならすぐにご案内できますよ、とにっこり笑顔で教えてくれたのだけれど…秀一はダブルでもいいのだろうか?


「秀、ちょっといい?」
「どうした」
「あの、…ツインは満室でダブルしか空いてないんですって。大丈夫?」
「それの何を問題視しているんだ?」
「え、だってダブルベッドですよ…?」
「普段から一緒に寝ているんだ。今更だろう」


お姉さんには聞こえない声量でそう言われ、カッと顔に熱が集まった。そ、そうだった…今では一緒に寝ているんでしたっけ私達!それでも工藤邸のベッドは割と大きいので、2人で寝ても窮屈じゃないんだよなぁ。
…って、そんなのは今はどうでも良くて!変な方向へいっていた思考を元に戻し、ダブルでお願いしますと返答した。そして渡されたカードキーに書かれている部屋番号は805。おお、意外と上の階だ。
夜景とか見えたりするのかなぁ、とちょっと浮き足立ったけれど、住み慣れている米花町だってことを思い出して期待はしない方がいいか、と思い直しました。というか、それを目的に来たわけでもないし…工藤邸の周りにまだ公安がいるかもしれない、という危惧から、あそこには帰らずにホテルで夜を明かすことにしたんだもの。別に夜景が見える・見えないは関係のないことなのです。

いつの間にか繋がれた手、そして奪われた2人分の荷物。その事実に少し頬を染めながら、私達はエレベーターに乗り込んだ。時間が時間だからか、エレベーターに乗っているのは私達だけ。
ああ、お腹空いたな。コンビニで食糧調達してくれば良かったなぁ、とか考えていたら、ふっと翳った。なに?と思う前に、私の視界は秀一で埋め尽くされていて、息苦しさでようやくキスされていることに気がつく。気がついてしまったら最後、最早羞恥心しか残らない。


「〜〜〜〜っ?!」
「…すごい顔になっているぞ、円香」
「なっ…そりゃすごい顔にもなりますよ!何てとこでしてくれるんですかっ…」
「俺達しかいないだろう」
「だからって公共の場で…っ!!」


尚も言い募ろうとした所で、泊まる部屋がある階へ到着したらしく、チーンという音と共に扉が開かれる。その先にはエレベーターを待っていたらしいお客さんがいて、私は自動的に黙らざるを得ない。そんな私の姿に秀一はフッと笑みを零し、繋いだままの手を引っ張りその場を後にした。
ただでさえ恥ずかしくて機嫌は急降下しているというのに、閉まる直前のエレベーターから聞こえた女性達の黄色い声に、更に機嫌は急降下の一途を辿っている。確かに秀一はカッコいいし(目つき悪いけど)、モテるんだけども!!
…でもこの人はもう私のものなんだから、そんな目で見ないで。世界中にそう言って回りたくなったのは、致し方ないと思うんです。子供みたいだなっていうのは、重々承知してるけど!

そんな私に気がついていたのかどうかは知らないけれど、部屋に入った途端、ドアが閉まるのも待たずに唇を奪われた。呼吸までもを奪われてしまいそうなキスに、頭がクラクラする。
ここしばらくは私も仕事が詰まっていたし、彼も彼で忙しそうにしていたからそういう雰囲気になることの方が少なくて。そもそも、義姉さんが来る予定の前の日しかキスも、それ以上のこともできないからね。だからキスだって、久しぶりになるんだ。


「…お前が嫉妬とは珍しいな」
「私だって、…ヤキモチくらい妬きますよ」


ぽすん、と寄り掛かるようにして抱きつけば、ふわりと煙草と硝煙と火薬の香りがした。煙草はわかるけど、…この人、もしかして公安相手に発砲しちゃったのかな?体に染みついた香りというより、ついさっきついたばかりのような。勘でしかないけど、そんな気がした。
聞きたいような、でも聞かない方がいいような、不思議な気分。でも今はただ、この人の体温に触れていたかったから…野暮なことは口にしない方が自分の為にもなりそう。


「…秀一、」
「ん?」
「もっとぎゅーってして、…キス、してください」
「フ、お望み通りに」


するり、と頬に触れられて、そのまま唇が重なった。最初は触れるだけ、リップ音がするような…まだ可愛らしいキス。それが数回繰り返された所で唇を薄く開けば、待っていたかのように秀一の舌が入り込んできて口内を好き勝手に犯されてしまう。だけど、こんなキスを…ずっとしてほしかった。
近くにいるのに、いるはずなのに、沖矢くんの仮面を被っている間の彼にはどうしたって触れられないし触れてもらえない。自分で決めたことだし、今だってそれを覆すつもりなんて毛頭ないけれど―――だからといって、欲求不満にならないかどうかって聞かれたら、そんなわけないじゃないって答える。
なるよ、そりゃあ。触れられない分、余計に。だからこそ、変装を解いた時はそれこそ立てないくらいになるもの。

(昔と今だったら、確実に今の方が愛されてるって自覚があるかも…)

いまだ止まないキスを受け入れながら、そんなことを考えていた。
若干、思考が別の所へいっていた自覚はあるけれど、それは数秒のこと。秀一には気がつかれていないと思っていたんだけど、唇をガリッと噛まれ、反射的に体を引いた瞬間―――…彼の翡翠の瞳が、少しだけ冷たい色を宿していることに気がついた。
不機嫌な時によく見る、色。何か地雷を踏んだ、と背中を冷たいものがツーッと流れていったような気がします。


「考え事とは余裕だな?」
「いや、あのですね…?!別に違う人のことを考えていたわけじゃなくって、」
「ホー…なら、何を考えていたのか聞かせてもらおうか?」


いとも簡単にお姫様抱っこされた私の体は、乱暴にベッドの上へと放り投げられた。あ、ふかふかではあるけど、工藤邸のベッドの方が大きいかもしれない。
一瞬で場違いなことを考えて和み、ギシッとベッドのスプリングが軋む音で我に返った。相変わらず、私を見下ろす秀一の瞳は冷たさを滲ませている…ああこれは、私が口にするまでいじめられるパターンですね。確実に。
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