逢瀬を重ねる
「デート?」
「ええ。プラネタリウムのチケットをもらいまして」
いつもと同じ朝。変わらず美味しい朝食とコーヒー。そして沖矢くん。唯一いつもと違ったのは、沖矢くんの手に握られた2枚のチケットだ。
コーヒーを飲みながらどうしたのそれ、と聞いてみると、どうやらボウヤに頂いたらしい。へぇ、あの子がそんなもの持ってるなんてねぇ…園子ちゃん辺りからもらったのかなぁ。
「昨日聞いた時、今日は非番だと言っていたでしょう?ここ最近は忙しかったですし、気分転換がてら行ってみませんか?」
「プラネタリウムか…」
チケットに書かれている施設名を見てみれば、前にニュースで聞いた所だった。何でも最新設備が整えられていて、映し出される星空は今までのプラネタリウムの中で、一番美しいとされているそうな。まるで本物の星空を見ているかのような気になれる、と。
興味はあったけど、1人で行く気にはなれないし、かと言って秀一を誘うのもなぁ…と思っていたから、ちょうどいいかもしれない。沖矢昴の仮面を被ったまま、というのは残念だけれど、事情が事情だから仕方がないのです。
「いいよ、行こっか。何だかんだでデートしたことなかったし」
「では、片づけたら出かけましょうか」
「ん、リョーカイ」
コーヒーを飲み干し、お皿を重ねてシンクへ。そのまま洗い物を終えて、出かける準備をする為に自室へと引っ込んだ。パタン、とドアを閉めて、ズルズルとその場へ座り込む。何故って?何か妙に緊張してるからですよ…!
だ、だってあっちからデートに誘ってくるってそうそうないことなんだよ?!再度、彼とつき合いだしたのはすでに秀一が世間的には死亡した後だったから、当然ながらデートなんて行けるわけもない。
その後、沖矢くんと偽りの恋人となったものの…デートなんて、した記憶は更々ございません。私から誘うこともしなかったし、誘われることもなかったからね。それなのに急に、…あんなサラッとさりげなーく誘われるとは思わないじゃん!
(つき合う前に一度だけ、ドライブに誘われたけど…あれはノーカンよね。当然)
大学時代のことを思い出したって、あまり誘われた記憶がない。まぁ、秀一もテストやら何やらで忙しそうだったから言えなかった、っていうのもあるんだけど。ああ、やっぱりあの頃より愛してくれているのかもしれないって思うなぁ…イレギュラーなことされると。
はぁ、と溜息を吐いて、準備をするべく立ち上がる。デートだったら着替えたい所だけど…何か期待しているみたいで嫌だな。いや、期待してるって言うと別の意味に捉えられそうでアレだけど。
「…でもどうせなら、少しオシャレしたいよね…女心としては」
さすがにパーカーにジーパンは、ない。
「前に着たキャミワンピとか…?いやいや、同じ服を着るのはあれかなぁ」
ドライブした時に着たキャミワンピは、割と気に入っている。だけど、前のデート(つき合う前だけど!)と同じ服を着る彼女ってどうなの?あの時の服装を彼が覚えているかはわからないけど、記憶力いい人だからなぁ…何か覚えてそうな気もするんだよね。
それを考えると違う服にしたい。したい、が、如何せん、そんなにオシャレな服を持っているわけでもないのです。基本的に動きやすいものを選ぶ質なので。
ゴソゴソとクローゼットを漁っていると、義姉さんからもらった服が出てきた。ふんわりとした感じの薄いピンクのワンピース。可愛いけど着る機会がない!と、クローゼットの奥にしまいこんでいたんだっけ…似合うかどうかもわからないんだけど、義姉さんのセンスは確かだからまぁ何とななるだろう。
彼の前で可愛らしい格好なんてほとんどしたことないから恥ずかしすぎるけど、…デート、だもんね。このくらいしたっていいはずだ。よし!と気合を入れて、着替えと簡単なメイクに取り掛かった。
「沖矢くん、お待たせ!」
「いえ、それほど待っては―――…」
「?なにさ、人の顔を凝視しちゃって」
階段を足早に下り、玄関先で待ってくれていた沖矢くんに声を掛けると僅かに目を開いて、固まった。あの沖矢くんが、固まったのです。言葉も変なとこで止まっちゃったし、何だろう?
首を傾げてワケを聞いてみても、彼は黙ったままこっちをじーっと見ているだけ。も、もしかしてどこか変だったのか…?!慌ててワンピースの裾を直したり、髪を触ったりしていると、どこもおかしくありませんよ、と声を掛けられた。え?変じゃないの?
「あの…ずいぶんと可愛らしい格好だな、と思って」
「!!」
グイッと引き寄せられて、耳元に唇が寄せられるのと、変声機のスイッチが切られる音がしたのはほぼ同時。
「…似合っている」
破壊力抜群の秀一の声で、そう言われてしまった。そんなこと言われちゃったら、私の顔が一瞬にして真っ赤になるのはわかってるくせに…!
沖矢くんの時も割と意地悪だけど、秀一に戻ると尚更質が悪いのだ。弱いってわかっててさっきみたいなこと、するんだもの。赤くなっているであろう頬を抑えてバカ、とだけ返せば、もう声は沖矢くんに戻っていて「すみません」と謝られた。
「ほんっと質悪い…!」
「すみません。さ、行きましょうか円香さん」
「…絶対笑ってるでしょ、秀一」
差し出された右手に自分の左手を重ね、家を出た。車までそのまま、更には助手席のドアまで開けてくれるという至れり尽くせりっぷり…エスコートされてるみたいだな、と心の中で独り言ちる。シートベルトをつけていると、沖矢くんも運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
ええっと、ここから目的地までどのくらいだろ…チケットを取り出し、記載されている住所をカーナビに入力するとおよそ30分程で着くと表示される。今の時間は9時半で、開館時間は10時だったはずだから到着する頃にはもう開いているはずだ。チケットもあるからそう並ばずとも中に入れるだろうし、大丈夫そうだな。
ルートを登録すれば、音声案内がスタートする。それが合図であったかのように、スバル360はゆっくりと出発した。
「そういえば、探偵団の皆と阿笠博士も今日このプラネタリウムに行くそうですよ」
「え、そうなの?…あ、だから誘ってきたの?」
「いえいえ、さすがにそういう理由ではありません。私が貴方とデートしたかったんです」
「そこまでハッキリ言われると照れるから止めて…!」
「本当に可愛らしいですよねぇ」
顔を覆ったまま話を進めていると、どうやら一緒に行かないかとボウヤに誘われたのが、チケットをもらった経緯らしい。もらった時は私の都合がわからなかったから、保留にしておいたみたいです。
行けそうだったら現地で合流しましょう、ということになっているみたいね。でも合流するのはお昼ご飯の時で、館内を見て回っている間は2人きりですよ、と付け加えられる。それを聞いてホッとしたのは、言う間でもありません。
いくら沖矢くんとのつき合いは偽りだとしても、中身は秀一なのだ。何だかんだ言っても、こうやって彼と出かけることができるのは嬉しいもの。せっかく行くんだったらデート気分を満喫したい。
秀一自身とデートできるのはもっと先になるだろうから、せめて…ね。きっとそれは沖矢くんも、チケットをくれたボウヤもわかっているのだろう…そうじゃなきゃお昼ご飯だけ一緒に、なんて言ってくるわけがない。
「ね、上映時間って何時だったっけ」
「お昼と夕方に1回ずつだったはずです。昼食を彼らととるのなら、夕方の回がいいでしょうね」
「だよね。じゃあ、大分ゆっくり見て回れるかなぁ」
「…嬉しそうですね」
赤信号で車は停止。ハンドルに腕を置き、そこに顔を乗せて微笑む沖矢くんこそ…どこか嬉しそうだし、いつも以上に穏やかに見えるけどね。
甘く細められた翡翠に、心臓はとくとくと鼓動を刻む。そっと視線を逸らせば楽しそうに喉を震わせて笑い、前を向いてしまった。もうさっきの表情は消え失せ、見慣れた表情へと戻ってしまっている。
…あんな目で見つめられるのは恥ずかしいけど、でも、やっぱり嬉しかったからちょっと残念だな。
「本当に貴方は見ていて飽きない」
「なにそれ…私、沖矢くんの遊び道具じゃないんだけど?」
「わかっていますよ。貴方は愛しい愛しい、私の恋人さんですからね」
「ゲホッゴホッ!」
思わず、噎せた。な、何でそんな爆弾発言するのかな?!飲んでたお茶吹き出す所だったじゃん車汚すぞこの野郎…!
呼吸と気持ちを落ち着けてから睨み上げるけど、全然きいてないらしく楽しそうに笑っていらっしゃる。今にも鼻歌を歌いだすんじゃないかってくらいには、ご機嫌。……何か、ここまでご機嫌な様子を見てると怒りが削がれると言いますか…あれだよね。秀一も楽しみにしてくれているんだな、って思っちゃうんだよね。そうするとまぁ、当然ながら絆されるに決まってる。
(とことん弱いんだなぁ…私)
沖矢くんに変装してからも何を考えているのか、時々読めなくなるけれど。でもこうやって感情をわかりやすく表に出してくれるようになったから、結構嬉しいんですよ。私。昔はほんっと無表情に近くて、怒ってるのかそうじゃないのかわからなかったことだってたくさんあるんだから。
まぁ、今だってそこまで感情表現豊かじゃないから、わからないことも多いけれどもさ。でもあの頃に比べれば段違い、大分心を許してもらってるんだな〜とニヤケてしまう程にはわかりやすくなってくれました。それは私の前でだけ、と思いたいくらいに。
「あ、もうそろそろ着くみたい」
「ええ。降りる準備してくださいね」
「はーい」
日曜日だから混んでいるかと思いきや、まだ開館してすぐだからか駐車場は割と空いていた。こういう所って空いてる駐車スペース探すのが一番大変なんだよねぇ…と思いながら、車を降りてぐーっと伸びをする。
…あ、黄色のビートル。もしかしなくても博士の車かな?きっと子供達に急かされて開館前に着くように来たんだろうなぁ、大変だ、保護者代わりも。
「どうしました?」
「黄色のビートルがあったから、博士達かなって」
「ああ、本当だ。そういえば、朝早くから子供達の声がしていたような…」
「あはは!そうなんだ。こういう時って待ちきれないんだよねぇ」
「そうですね。では、私達も行きましょう。円香さん、手を」
「え、あ、はい」
今度、差し出されたのは左手。一瞬だけ考えて、私は彼の右手側に回り指を絡めた。