君に誓おう
珍しく深く寝入っていたらしい、シーツが擦れる音で目が覚めた。どうやら隣で寝ていた彼女はすでに目を覚まし、体を起こしている。珍しいこともあるものだな。
円香は別段、寝起きが悪いわけではないが、昨夜はかなり無茶をさせてしまったからな…そう簡単には目を覚まさないかもしれない、と寝る直前に思っていたんだが。俺の予想は外れてしまったらしい。
side:赤井
わざわざ横浜まで車を飛ばし、プロポーズをした。事前に用意していた指輪も、鎖代わりにと彼女の左手薬指にはめて。まだ籍を入れることはできない、少なくとも奴らの組織を壊滅させるまでは入れるつもりもない。
…だったら今しなくとも、と思ってはいたんだがな。それでも告げようと、縛りつけようと、繋ぎ止めておこうと思ったのは―――どうしたって、俺以外の誰かにコイツを渡すのは嫌だと思ってしまったからだろう。想いを告げて再び手に入れられたが、それでも虫よけは多い方がいい。あるに越したことはないからな。
少し前のことを思い出しながら、そっと彼女の顔を見上げた瞬間―――心臓が、跳ねた。薬指にはめた指輪を撫でた後、それにキスを落としたから。
浮かべている笑みも今までに見た中で一番、蕩けそうなものだと思った。そんな顔で指輪にキスをするとは、そんな顔で…笑うとは。ああそんなの、正直堪らない。
円香が驚き、反論の声を上げるのをわかっていながら、ベッドへ押し倒した。案の定、驚きに目を開いた円香の目が俺を見上げている。
「しゅ、秀一…?起きていたんですか?」
「ああ。さっき目が覚めた…それより、」
左手を持ち上げ、先ほど彼女がしていたように薬指にはめられている指輪にキスを落とす。
「ずいぶんと嬉しそうな顔をしているな?」
「もっもしかして見て…?!」
みるみるうちに赤くなっていく様は、何度見ても面白い。全く…こういう時は普段と違うから、こっちも困るんだ。どれだけ魅せられているか、惚れ直しているか、きっとコイツは一生涯知ることはないだろう。
だが、それでいい。別に知ってもらう必要などないのだから。ただ、俺が円香を離すつもりなどない―――それだけを知っていれば、問題などない。
ふと視線を落とした先に見えたのは、真っ白い肌に散らばった紅い華。昨夜の情事の跡だ。こうして改めて見てみると、やり過ぎたかもしれんな…見える場所にはつけるな、と言われていたような気もするが、ハイネックを着ない限り見えてしまう場所にも、くっきりとついている。
はは、シャワーを浴びた際にバレるだろうから烈火の如く怒るのだろうな。…だが、その怒った顔すらも愛おしいと思ってしまうのだろう。
口元に笑みを浮かべてツ、と鬱血痕に指を這わした。くすぐったいのか、組み敷かれている彼女は小さくくぐもった声を発する。それもそうだろう、コイツの体にはまだ色濃く情事の感覚が残っているのだろうから。
「ン、ちょっと秀一、くすぐった…!」
「少しくらい構わんだろう?」
「構いますよ!今何時だと思ってるんですか」
「7時を過ぎた所だな」
「わかってやってたのか!質悪いですよ本当!!」
円香が今日、これから仕事だというのならやめていたかもしれん。だが、残念ながら非番だと聞いている。昨日、メールを送った際も否定の言葉は返ってこなかったから、俺の記憶に間違いはなかったのだろう。ならば、もう少し微睡ながらの睦み合いをしても問題はないということになる。
鎖骨に唇を寄せ、ガリ、と噛みついた。すると彼女の体は面白いくらいに跳ねて甘い声を漏らすんだ。自らが仕掛けたこととはいえ、朝からその声はなかなかにクるものがあるな。ゾクリ、と背中が震え、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
「円香…」
「やっそんな声で名前呼ばない、で…!」
「だったら、お前もそんな反応を返さないでもらいたい」
「理不尽!!そう言うんだったら、その弄る手をっ…ぁ、」
「悪いな、止めることは無理そうだ」
そう告げてキスをすれば、諦めたように目を閉じて首筋に腕を回してきた。
「もう無理ですからね…!」
「それはどうだろうな?」
「本気で無理ですってば!昨夜からどれだけシたと…」
意識を飛ばすところまではいかなかったが、ぐったりとベッドに寝転んでいる彼女。言葉だけは強気で達者だが、声には普段の覇気は一切感じられない。本人の言う通り、もう限界がきているのだろう。まぁ、昨夜は抱き潰してしまった上、起き抜けに2回スればそうなるか。俺も些か体が怠い。
ベッドボードに背を預け、煙草に火をつけた。視線を感じてそちらを向けば、じーっとこちらを見上げている円香と目が合う。合えばふっと蕩けそうな笑みを浮かべるから、無性に愛おしさが増して唇を塞いだ。
「そんな笑みで見るな。また触れたくなるだろう」
「ん…だからこれ以上はキツイですってば…キスならいいですけど」
「それはそれで魅力的な誘いだが、キスだけで済むとは思えんな」
「あはは…否定はしないです」
いたた、と腰を庇いながら起き上がった円香は、何を思ったのか知らんが咥え直した煙草をサッと奪い取って。それを咥え、眉間にシワを寄せた。勝手に奪っておいてその顔は失礼だと思わないのか、コイツは…そもそも煙草を何年も前に止めた奴が、いきなりタール数の高い煙草を吸えばそうなるのも目に見えていたはずなのだがな。
マズイ、と口にしながらももみ消そうとも、返そうともしない彼女を見て溜息をひとつ。返してくれそうにないのならば、もう1本火をつけるか。サイドボードに置いてあった煙草を手に取るのと同時に、グイッと引き寄せられ、そのまま深く唇が重なった。
口の中に入り込んできたのは、まだ僅かに熱を残している彼女の舌と煙草の煙。そうくるとは思っておらず、驚きに目を見開いた。唇が離れ目に飛び込んでいたのは、煙草片手に悪戯が成功したと言わんばかりに笑みを浮かべている円香の姿。シーツだけを纏い、隙間から見え隠れする肌と情事の跡にドクリ、と心臓が反応を示す。
これ以上は無理だ、と言っておきながら、自分で煽りにかかってきているとは気が付いていないのだろうな。あくまで彼女の中では、さっきのは『可愛い悪戯』に分類されるのだ。された側は堪ったもんじゃない。思わずため息を吐きそうになる…全くコイツは俺を煽る天才なのかもしれんな。
「ふふ!秀一の驚いた顔なんて、久しぶりに見ました」
「いきなりあんなことをされれば、誰でも驚くだろう」
「貴方はいつだって冷静な人ですから、そう見せてはくれないですよ?」
「なるべく顔には出さんようには気を付けているがな…」
吸わないのなら返せ、と短くなってきている吸いかけの煙草に手を伸ばせば、ひらりと躱され、そのまま灰皿に押し付けられてしまった。…まぁ、いいか。ふ、と息を吐いて、円香の頬に触れる。掌にすり寄るように甘えてくる様は、まるで猫のようだな。ずいぶんと可愛らしい真似をしてくれるものだ。
赤くなってしまっている目尻をそっと擦れば、くすぐったいと笑みを零す。そのまま円香の頬に触れて遊んでいると、彼女が同じように俺の頬に触れてきた。顔には相変わらず、蕩けそうな笑みを浮かべている。俺の名を呼ぶ声も、まるで砂糖菓子のように甘く。
「どうした?」
「あのね、秀一。私、秀一が大好きです」
「ッ、…本当にどうした…?」
「どうしたってわけでもないんですけど、…しいて言えば幸せだから、ですかねぇ」
頬に触れていた手が離れ、俺の左手をとる。指先を掴み、まるで男が女にするような仕草…そして流れるように薬指に光る指輪へと唇を落とした。
サラリ、と落ちてくる髪を耳にかける姿が、また堪らないほどに色っぽい。
「私に、永遠を信じさせてくださいますか?」
「!…もちろんだ。この命が燃え尽きる時まで、円香の傍にいると誓おう」
「ふふ。私も、誓います。これからも貴方の隣に立つことを。部下として、相棒として、そして―――生涯の伴侶として」
此処には俺達以外に誰もいない。だが、互いにだけ誓っていれば十分だろう。
充足感に浸りながら、再び口づけを交わした―――。