それは世迷言


「ねぇ、秀一。もし、私が死んだらどうしますか?」


我ながら突拍子もない質問だなぁ、とは思う。思うけど、でも思いついてしまったのだから仕方がないと内心開き直っていた。そして問いかけられた秀一本人は、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして私を凝視している。お前はいきなり何を言い出すんだ、って言いたげだけれど。
まぁ、そう思うのも無理ないわよね?こんなもしもの話。私が彼の立場だったら、同じように何を言っているの?と訝し気な瞳を向けたと思うもの。最も、もしもの話なんてそんなに好んでするタイプでもないのだけれどね。私。


「いきなり何を言い出すのかと思えば…お前はそういう話を好まない質だと思っていたが」
「ええ、好みませんよ。まぁ…所謂、興味本位ってやつです」


ローテーブルに置いてあるロックグラスを手に取り、残りを一気に飲み干した。左手でグラスを持ったせいか、指輪が当たったらしくカツン、と音を立てる。その音にさえ幸せを感じて、自然と頬が緩んでしまうのは仕方がないと思うんだよね。だけどこんなにも幸せなのに、幸せだと感じているのに…どうして私が死んだらこの人はどうするのだろう、なんて縁起でもないことを聞いてしまったんだろうなぁ。
はて?と自分でも首を傾げてしまうくらい、自分自身の発言に疑問を持ってしまっていた。考えてみてもわからない、というのは厄介だ。それが自らの心だとすれば、尚更。自分のことなのに、と胸の内で悪態をついても仕方がない。
追及するのはやめよう、と空になったグラスに再びバーボンを注ぎ入れる。一口飲めば、特有の苦みと熱さが喉を通って流れていった。んー、飲めないわけじゃないけど…やっぱり得意ではないな。どうして秀一はこれをロックでバカバカ飲めるんだろう。それこそ水を飲むみたいに。
晩酌の為にささっと作ったカナッペを頬張りながら、またバーボンを一口。ん、割と合うかな。適当に冷蔵庫にあった材料で作った割には美味しい。テレビはつけておらず、カランッと氷が鳴る音だけが聞こえる静かな空間。さっき秀一に投げた質問さえも忘れかけていた頃、グラスを傾けていた彼が口を開いた。


「もし自分が死んだらどうする、と聞いたな」
「ええ。なに、答える気になったんですか」
「少し考えてみたが…ダメだな、全く浮かばなかった」
「考えるのが嫌になっただけではなく?」
「違うな…恐らく、お前がいなくなってしまった世界を思い描けないんだ」


グラスを置き、翡翠の瞳はゆっくりと私を映した。普段は何も迷いなど浮かべてない凛としている瞳が、今は僅かに揺れて戸惑い…のようなものを、浮かべている気がする。眉間にはシワが刻まれていて、まるで泣きそうな顔だと思ってしまったの。


「秀一…?」
「こんなことを言ったら笑うかもしれない、情けない男だと思うかもしれん。だが―――」


俺の世界は今、円香。お前そのものなんだ。
ぎゅっと抱きしめられ、切なく震える声でそんなことを言われてしまったら…何だかとても悪いことをした気分になる。だってこんなにも真面目に考えてくれるとは思わなかったから、絶対に馬鹿馬鹿しいって鼻で笑って、答えてくれないと思っていたから。
でも私の突拍子のない軽率な質問で、もしかしなくても彼の心を傷つけてしまったのかもしれない。ごめんね、と呟けば、応えるかのように腕の力が強まった。もういい、と言われているみたい。


「想像だけで心臓に悪いとは思わなかった…」
「そこまで悩ませちゃうと思わなかったです。軽率でしたね、ごめんなさい」
「いいさ。…お前自身は、どうするんだ?」
「秀一が死んだら、ですか?」


再びロックグラスを傾けながら首を傾げれば、頷きだけを返された。
これまたビックリ、同じ質問を返されるとは思わなかったなぁ…秀一が死んだら、か。今までに一度も想像したことがないのか、と聞かれれば、答えはもちろんNO!だ。職業が職業だから、いつ死んだっておかしくないことくらい秀一も私もわかってる。覚悟だってしているつもりだ、任務で命を落とすことだってあるとね。
けれど、彼はそれを理解した上で私がいない世界を思い描けない、と口にした。理解していてもやっぱり、心はついていけないのかもしれないと実感した瞬間だったわ。

(私の世界もきっと、秀一なんだと思う)

平静を取り戻したらしい秀一は、読みかけの本に目を落とし、バーボンを飲んでいる。こういう所は本当にマイペースだなぁ。自分で質問を返したくせに。まぁ、本を読んでいようと何だろうと私が口を開けば、本を閉じて耳を傾けてくれるのだろうけれど。そう納得して思考を元に戻す。

秀一が死んだら私はどうするのか。

…恋人としての意見だったらすぐにでも後を追いたい、と願うのだろう。でも相棒としては―――秀一が遺したものを守りたい、と思うのかなぁ。どちらが私の心なのかと問われれば、多分どちらもだと言える。上司の赤井秀一を慕う心も、恋人の赤井秀一を愛する心も、どちらも私のものに違いないんだから。


「うーん…正直、わかんないですね」
「…おい」
「でもね、秀一。人って生まれ変わるかもしれないんですよ、死んだら」
「……?」


訝し気な視線を寄越す秀一が、何故かおかしくて笑みが零れる。


「前世を覚えてるって事例もあるって聞きます。だから―――私達だってきっと、もう一度恋に落ちるんじゃないかなぁって」


それを糧に生きるかもしれないし、それを望みとして後を追うかもしれない。
自分から聞いておいて何ですけど、上手く言葉にできないですね?こういうことって。でも確実なのは1つだけ、大切な人がいなくなってしまったら私の世界はきっと、モノクロになる。
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