嵐が来る前触れ


ここ数日、組織の動きが活発化しているらしく私達FBIは多忙を極めていた。それは公安も同じらしく、現場で鉢合わせなんてことはザラにある。もう何度あったかなんて数えるのも面倒なくらい、めちゃくちゃ多いんですよ。
いや、仕方ないとは思うよ?同じ組織追ってますし、同じ情報を掴むことだっておかしいことじゃないもの。それに公安には組織に潜入している『ゼロ』がいる。その分、公安の方が情報を手に入れるのは一歩早いと思っているし。

(だけど、鉢合わせすると色々面倒なのよねぇ…)

こっちはそこまでじゃないと思うんだけど、あちらさんはこっちをもうわかりやすいほどに敵視してくれている。彼を筆頭に、ね。
だけどあちらさんからすれば、自分達の守るべき国を土足で踏み荒らされているわけだから…敵視してくるのも仕方ないことなんだけれど。捜査する為の許可をもらっているわけでもないから、所謂無断ってやつですよ。私達のこの捜査は。


「円香、大丈夫?顔、死んでるけど」
「あー…うん。さすがに半月家に帰れないっていうのは、堪えるかも」
「今は動きがないみたいだし、一旦、シャワー浴びに帰ったら?」
「んー、そうしたいのは山々なんだけど…いつ動くかわからないじゃない」


パソコンのキーボードを叩きながらそう返せば、動きがあったらすぐに連絡するわよ、と言われてしまった。ジョディの声にも大分疲労が滲んでいる。それもそうだよね…ほぼ缶詰状態でまともに休めてすらいないんだから。
これも組織壊滅の為、と思って頑張っているけれども。いい加減、休暇がほしいところではあるよなぁ。―――なんて、そんな贅沢を言っていられる身分じゃないんだけどさ。


「円香さん、ジョディさん。手が空いている人は、今のうちに休んでおくようにとボスから伝言です」
「あら、ありがとう。キャメル。…だそうよ?」
「……家に帰るほどの余裕はないんじゃないかなぁ」


はは、と苦笑しながら呟けば、キャメルくんにも帰った方がいいですよ、なんて言われてしまいましたとさ。さすがにここの仮眠室で全員休めるわけではないから、借りているマンションやホテルが近い者は帰っても構わないという許可も下りているそうな。
それを私に言ってきた、ということは、つまりはそういうことなのだろう。暗に帰りやがれ、と言われているようなもの。その前に帰った方がいい、と言われてるけどね。面と向かって。
はぁ…家に帰ると彼がいるから、必要以上に休んでしまいそうで嫌なんだけどなぁ。でも2人にはそれも通用しそうにない。むしろ、必要以上に休んでこい!くらいは言われそうな気がする。
あまりにも疲労が溜まった状態じゃ、捜査にも支障をきたすのは目に見えてるし。……仕方ない、あまり気は進まないけれど一時帰宅するとしましょうか。シャワーだけ浴びて、すぐに戻ってこよう。仮眠は車内でとればいい。あそこなら熟睡してしまう心配はないし、何か動きがあった時にすぐ向かうこともできる。
そう決めてからの行動は早かった、さっさと荷物をまとめ、私は駐車場へと向かったのです。





「…お久しぶりですね、円香さん」
「ああうん、久しぶり。沖矢くん」


ガチャガチャと乱暴に鍵を開けて家に入ると、その音で目を覚ましたらしい沖矢くんが下りてきた。ああごめんなさい、安眠を妨げて。でも秀一はちょっとした物音で目を覚ます質だから、そっと開けていたとしてもきっと無駄だったのだろう。うん。
スリッパに履き替えて一歩踏み出した瞬間、ぐらりと体が傾いだ。すぐさま沖矢くんが支えてくれたけど、これは思っていた以上にキているな。半月働き詰めるくらいどうってことないはずなんだけど、歳なのかなぁ。もう無理はできないよ、って言われてるみたいだ。


「ごめ、ありがと…」
「忙しいのは知っているが、食事はきちんと取っているのか?」
「急に秀一になるのは反則でしょう…食べてはいますよ」
「円香のことだ。簡単なもので済ませているのだろう」
「…否定はできません」


顔を覗き込まれて、目の下を優しく擦られた。多分、隈に気がついたのでしょうね。まともに睡眠も取れていなかったから、ひどい隈ができていることは予想できているのだ。化粧で隠してはいるけれど、そろそろそれも難しくなってきたかも。


「昨日作ったカレーが残っている。温めておくから、シャワーを浴びてこい」
「え、私シャワー浴びたらすぐ出る…!」
「いいから食事くらいしていけ。連絡がくるまでは猶予があるのだろう?」
「それはそう、ですけど」
「お前が帰ってきたということは、ジョディ達に追い出された…大体そんな所じゃないのか」


ええ、全くもってその通りです。よくもまぁ、そこまでわかる……ああ、今までにも何度も似たようなことがあったからわかったのか。推理したわけでも何でもないわ。この人は私のことをよくわかっている、ということなのだ。それなりにつき合いも長いしね、色々とあったものの。
キッチンに消えていく背中を見送り、私もフラフラした足取りでバスルームへと向かう。着替えを持ってくるの忘れたな、と思ったけど、今は2階へ上がる気力がない。幸い、バスタオルは脱衣場に置いてあるから、それを体に巻き付けて自室へ行けばいいか。とりあえず、シャワーを浴びてスッキリさっぱりしたい。
スーツを脱ぎ捨て、頭から熱いお湯をかぶれば些か意識がハッキリしてくるな。さっきよりも幾分マシになった体を叱咤し、黙々と髪や体を洗っていく。そして泡を流し終わる頃には、半分閉じかけていた目はパッチリ開くまでに回復していました。回復した、というのは語弊があるかもだけど。

(あれ?着替えがある…)

バスタオルで体を拭いていると、カゴの中に新しい下着とシャツが入っていることに気がついた。私は持ってきていない、ということは…必然的にあの人が持ってきてくれたことになる。そういえばシャワーを浴びている最中に、何か音がしたような気がしないでもない。そして声も聞こえたような気もする。
…あの時、脱衣場にいたのか。沖矢くん。有難いけど、何でシャツ1枚…?こういう時って普通、下も用意してくれるものじゃないの?文句を言うのはお門違いだっていうのは、重々承知しているけれども!だが、それだけではない。着てみたシャツのサイズは明らかに大きい…そう、男サイズだったのです!


「ちょっと沖矢くん?!」
「まだ早朝ですよ、円香さん。近所迷惑になります」
「それどころじゃないわよ!なんっで君のシャツが置かれてるの?!」
「律儀に着てくれる辺り、優しいですよね」
「これしかなかったら選択肢ないじゃない」
「そのまま部屋に戻って、自分の服を着れば良かったでしょう?」


―――あ。
思わず、口を開けたまま固まった。


「変なとこ抜けてますよね、君。でもまぁ…私としては眼福なので」
「…こういうの、好きなの?」
「好きというか、男のロマンではありますよね。彼シャツ、でしたっけ」
「ああ…言うね、彼シャツ」


今から着替えに行くのは面倒。ダイニングにはカレーのいい香りが漂っている。その香りに刺激されたのか、途端に空腹感に襲われてるし…先に空腹を満たしてしまうことにしよう。それから着替えて、戻ればいい。


「お腹空いた。食べる」
「はいはい。もう用意できてますから、座ってください」


沖矢くんの手料理を食べるのも、家に帰ってきたのも、どれもこれも半月ぶり。ゆっくりシャワーを浴びたのだってそうだ。本部にもシャワールームくらい完備されてるけど、今日みたいにゆっくり浴びれるわけではない。
他の捜査官達だって使うから、そうゆっくりはしていられない。本当にさっと汚れを落として終わり、って感じだもの。だから贅沢を言えば湯船に浸かりたかったけど、そこまでの時間はないから。

温めてもらったカレーを半分ほど食べ終わった頃、テーブルの上に置いておいた携帯が震え出した。電話の相手はジョディ、これは動きがあったってことかな…思ったより早かったかも。
急いで飲み込んで通話ボタンを押せば、案の定、動きがあったから至急現場に向かってほしいとのことだった。詳細な場所はメールで送るから、と告げられ、通話は終了。メールがくるまでの間に着替えを済ませておかなくちゃ。


「ごちそうさま!」
「―――円香」
「はい?」
「気を付けろよ。…何か、嫌な予感がする」
「大丈夫、ヘマはしませんって」


急いで着替えを済ませ、メールで場所を確認し、私は家を飛び出した。
これが沖矢くん―――秀一との最後だなんて、思いもしなかった。
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