おかえり、日常
あの後は本当にもう自分がFBIであることを忘れてしまいそうになるくらい、静かで穏やかな時間が流れに流れまして。私と秀一は本日、日本へと帰ってきましたー。
フライト長かった…!何度も経験してることだけど、体バッキバキになるんだよねぇ?時差ボケにもなるし。ガッツリ飛行機の中で寝てしまえば意外と平気なんだけど、寝れない時は結構キツいんだこれ。
諸々の手続きを終え、荷物を受け取りゲートを潜った所で隣を歩いていた秀一…もとい、沖矢くんがおや、と呟いた。え?おやってなに。何かいたのか?と視線を向けると、そこにはボウヤと博士の姿がありましたとさ。
何でいるんだ?私、連絡した覚えないんだけど。
「おかえりなさい!円香さん、昴さん」
「た、ただいまボウヤ…何でいるの?博士も」
「出国前に昴さんから聞いてたんだよ、この時間の便で帰国予定だって」
「ああ、そういえば教えてありましたね」
「迎えをお願いします、と彼らからお願いされてのう」
彼ら?沖矢くんは誰のことかすぐにわかったみたいだけど、私はさっぱりだ。私達の迎えをお願いするような人達って一体……あ、もしかしてジョディ達?ボウヤに問いかけてみればそうだよ、とにっこり笑顔付きで返答を頂きました。そうか、やっぱりそうか。
というか、迎えがなくても帰れるんだけど…子供ですか、私達は。タクシーに乗るなり電車を乗り継ぐなり、帰る方法はあるというのにどうして博士に迎えを頼んだかなぁ。過保護でしょ、と苦笑が漏れるけれど、過保護になるほど心配掛けているのは事実なわけだし仕方ないのかな。
あとでお礼と謝罪の電話をしないと…記憶が戻ったことも知らせないといけないし。博士にありがとう、とお礼を言って歩き出そうとした所でくいっと袖を引っ張られた。ん?と視線を下げると、案の定、そこには小さな名探偵の姿。
何か用事だろうか?見上げてくる彼になーに?と視線を合わせて問いかければ、そっと耳元に顔を寄せて「記憶戻ったんだね」と言われた。
「よくわかったわね…」
「雰囲気だよ。前の柔らかいものに戻ってたから」
「…ふふ、そっか。うん、戻ったよ。色々ありがとね、ボウヤ」
「ううん、ボクは何もしてないから。喜んでたでしょ?昴さん」
その問いかけには黙秘します!人差指を口に当てなーいしょ、と笑みを浮かべれば、何だよそれって笑う。
「おーい、コナンくん!円香くん!置いていってしまうぞー」
「あっ今行くよ!」
博士の車で家まで送ってもらって(まぁ、博士の家の隣だけど)、夕飯はそっちでごちそうになることになりました。ちょうど、探偵団の皆も来る予定だったから疲れていなければ私達もどうぞ、って言われてね。正直、作るのは面倒だなぁって飛行機の中で話していたからラッキーかも。ボウヤから探偵団の皆が会いたがっている、と聞いたばかりだし。それにお土産も渡せるしねー。
ひとまずは解散になり、夕方にまたお邪魔することにした。夕方って言ったって、あと2〜3時間後だけど。その間に荷物を片づけて、軽くシャワーを浴びて、時間があれば掃除もしたい所だな。いなかったのはほんの数日とはいえ、掃除をしていなかった家はそれなりに埃が溜まる。人が住んでいようがなかろうが、溜まるものは溜まるのだ。ええ、本当に。
割と疲れてるから休みたいのが本音だけど、明日には仕事に復帰したいし…今のうちにできることは全て終わらせておきたい。
「円香、ジョディだ」
「へ?電話していたんですか」
「ああ、お前に代われと」
いつの間に電話していたの…。
荷物整理していた手を止め、秀一から携帯を預かって耳にあてると―――慣れ親しんだ彼女の声が、聞こえてきた。
『円香?!記憶戻ったって本当?!』
「久しぶり、ジョディ。本当だよ、全部思い出せた」
『そう…良かった。彼のことだけ忘れてしまっていたから、どうなることかと思ったんだけど』
「ぜーんぶ元通り。心配かけてごめんね。ボス達にも伝えておいてもらえる?」
『ええ、わかってるわ。今日戻ってきたんでしょう?ゆっくり休んでちょうだいね』
「ん。…あ、そうだ。明日から復帰するからよろしくね」
そう伝えると驚かれはしたけど、でも止められることはなく待ってるわ、と言われて通話が切れる。秀一と話さなくて良かったのか、と思ったけれど、当の本人も別段気にした様子がないから大丈夫なのかな。本当に戻ってきた旨と、私の記憶が戻った旨を報告するだけの電話だったみたい。
待ち受け画面に戻した携帯を返すと、少しだけ不機嫌そうな顔で「復帰するのか」と問いかけられる。その顔に一瞬、きょとんとした表情になったけれどとりあえず頷きだけを返した。そうするとまた機嫌が悪くなったような気がしました。私の気のせいだと思いたいです、室内の気温が下がっているのも!
「怪我は治っているから問題ないだろうが…」
「ただでさえ1ヶ月意識不明で迷惑掛けてるんですもの。早々に復帰したいと思っていたんです、記憶が戻る前から」
「だが…」
「体は何ともありませんし、無茶もしないつもりです。それでもまだ心配ですか?」
珍しく言葉を詰まらせた秀一にしたり顔。やった、勝った!
「ふふっまさか口で言い負かせる日が来るとは思っていませんでした」
「全く…一度言いだしたら聞かないお姫様だな、円香は」
「お姫様って柄じゃないんですけど…」
俺にとっては立派なお姫様だよ。
頬にキスを落とされ、そんな甘くむず痒くなるようなセリフを囁かれた。ぶわっと顔に熱が集まってきて熱い…!本っ当爆弾を落としやがるなこの人は!それに沖矢くんの時はこういうことしないで、って言ってあるのに。
頬にキスくらいなら別にいいとか思ってんのかな?…と思ったけど、仮面を被ってる時にキスされたこと…あったわ。今更思い出したけど。
でもここで素直に照れるのは悔しい、非常に悔しい。せめてもの抵抗だ、とフイッと顔を背けてみるものの、抵抗にも何にもならなかったようで。ただ沖矢くんの仮面を被っている秀一は、至極楽しそうな笑みを零している。見た目と声が沖矢くんなだけで、仕草や笑い方は完全に秀一だ。いや、工藤邸の中だからいいけどさ。盗聴器のチェックはさっきしたし。
「円香お姉さん、もう怪我は大丈夫なの?」
「そうですよ!意識不明だったって聞きました!」
「でも姉ちゃん、元気そうに見えるよな」
「もう大丈夫だよ、怪我も治ったし。心配してくれてありがとね、皆」
歩美ちゃんの頭を撫でれば、嬉しそうに笑ってくれる。うーん、可愛いなぁ。新くんはこんなに可愛い顔を見せてはくれないので、余計にデレデレになっちゃう。
昔っからどこか大人びた子供だったんだもん、あの子。見た目はすっごく可愛いのに、口を開くとホームズとかの話しかしないんだから。兄さんは嬉しそうだったけどねー。
だから、歩美ちゃん達のような子供らしい子供を見るとどうしても可愛い!って抱きしめたくなっちゃう。新くんも見た目だけなら抱きしめたくなるほどに可愛いのに…。
「はい。お肉食べて力つけなさい」
「ありがと、哀ちゃん」
「貴方も少しは食べたら?はい」
「ああ…すみません、ありがとうございます」
もらったお肉を頬張りながら、沖矢くんと哀ちゃんを微笑ましく見つめる。少しずつ歩み寄ってくれているらしい関係に、自然と笑みが浮かぶのがわかった。
きっと沖矢くんの正体を知ったら驚くだろうし、もしかしたら恨み全開になるかもしれないけど…明美の大切な人達だ、守りたいと思っていた人達だ。仲良くなってくれなくてもいいからわだかまりがなくなってくれれば、と切に思うよ。あれ?それは仲良くしてほしい、っていうのに変わりないか。
もぐもぐと咀嚼しながら、用意されていたアウトドア用の簡易椅子に腰を下ろす。そうすると全体の様子がわかって、まぁ面白い。
楽しそうに博士が焼いてくれたお肉や野菜を頬張る子供達、それを苦笑と呆れた瞳で見つめながらも食事をしている名コンビ、更にそれを薄らと浮かべた笑みで見つめている大学院生。
いやー、アメリカにいる間も思ったけど…平和だね。本当。これで世界を震撼させている組織を追いかけている最中だと言うんだから、それはもうビックリだよね。
「円香さん食べてます?」
「食べてる、食べてる。子供達が勝手に持ってきてくれてるから、割とお腹いっぱいだよ」
「それは良かった」
「沖矢くん、焼くの代わるから座って食事しなよ」
「私も食べてるんですけどね…どちらかと言うと博士の方が食べていないのでは?」
ああ…言われてみればそうかも。じゃあ博士と交代しようか、と立ち上がろうとすると、哀ちゃんに片手で制された。
「哀ちゃん?」
「いいのよ、博士は。焼かせていないとすぐに食べ過ぎるんだもの」
「…君、いいお嫁さんになりそうね」
「あら、ありがとう」
「円香さん、灰原。飲み物」
はい、と渡された紙コップ。哀ちゃんと一緒にお礼を言いながら受け取った。すぐに彼は沖矢くんの元へと戻っていってしまったけれど。
賑やかな声が聞こえ、美味しそうな匂いと音が聞こえる空間は…うん、やっぱり平和。何度でも言おう、マジで平和!いいなー、組織のことが片付いたらこういう時間増えるのかなぁ。
(…それはないか。FBIだもんね、私)
今は組織だけ追いかけているが、本国へ戻ればまた様々な事件に追われる日々が待っているのだろう。それこそFBIを止めて一般人に戻らない限り、こんな穏やかな時間はやってこないような気がする。
日本、というか米花町はなかなかにデンジャラスな町だと思っていたけれど(現在進行形で思ってるけど)、それでもやっぱりアメリカ程ではないかな。ボウヤの行くとこ行くとこ事件が待っているのはどうかと思うけど、さすがに。
「いいね、こういう何でもない時間があるの」
「…なぁに?感傷的な気分なのかしら」
「ん?うーん…どうだろう、そうなのかな」
「昴さんを呼んできてあげる。2人で話したらいいんじゃない?」
「えっちょ、哀ちゃん…っ?!」
伸ばした手はむなしく空を切り、立ち上がった彼女は真っ直ぐ沖矢くんの元へと行ってしまった。行き場を失くした手を引っ込め、椅子に深く腰掛ける。
数分もしないうちに沖矢くんは私の傍へとやって来て、苦笑を浮かべながらさっきまで哀ちゃんが座っていた場所へと腰を下ろした。
「貴方の傍にいろ、と言われてしまいました」
「あはは…でもまぁ、嬉しいからいいかな。博士には申し訳ないけど」
「1人で焼き場を受け持つことになりますからね」
だけど、ボウヤと哀ちゃんが加わっているから子供達の暴走は止めてくれるでしょう。何かあれば私達もあっちへ行けばいいし。
うーん、と伸びをすれば、隣から疲れましたか?の声。このバーベキューで疲れたってわけではないけど、長時間のフライトをした後だからね…そりゃあ疲労は溜まってますよ。楽しいけど。
「沖矢くんこそ疲れたんじゃない?動きっぱなしだったでしょ」
「楽しかったので、案外大丈夫ですよ」
「ふふ、そっか」
沈黙が流れる。子供達の声は絶えず聞こえるから、全くの無音にはならないけれど。…あの、子供達がいる場所でこんなこと思っちゃうのも何なんだけど…くっつきたいなぁ、と思ってしまうのは何でなんだろうね?常に一緒にいるのに、これ以上どうくっつきたいと言うのか。我ながら自分の思考回路がよくわからない、と息をつく。
飲み物でも飲もう、と紙コップに手を伸ばしたけれど、中身は空っぽ。いつの間にか飲みきってしまっていたらしい。
新しいのをもらってこよう、と立ち上がった所でグイ、と腕を引かれた。なんじゃいな、と振り向くと、沖矢くんがにっこり笑っているのが見えたのですが…え、嫌な予感。
「飲み物でしたら分けてあげますよ…」
「ちょ、沖矢く―――」
触れ合った唇。流れ込んできた液体は、独特な苦みがあるバーボン。子供達がいる前で、と思いながらも、私はそれを飲み下すしかできなかった。それに気がついたボウヤが皆の目を逸らしてくれていたことには、気がつかずに。
後々、本人に聞いて平謝りしたのは言う間でもありません。
(ったく、場所考えてくれよ!)
(すみません、コナンくん。…つい)
(ついじゃねーよ!!ほんともー…円香さんも円香さんだよ!)
(はい、すみません。反省してます…)