愛おしい時間
アメリカに滞在するのは5日だと聞いている。機内泊があるから5泊7日だったかな?
1日目はほぼニューヨーク観光で使い、2日目は家から出ずにベッドの上で過ごしました。何でこうなった、と本気で秀一を問い詰めたくなったけれど、心が離れていた期間があったということを考えると…仕方ないのかなぁと思ってしまう部分もあって。ものすごく今更だけれど、私はあの人に弱いんだなぁと。
一応、文句のひとつやふたつは並べるけれどあの低音イケボイスで「ダメか?」なんて言われてみなさい。一瞬で陥落するわ。逆らえる人がいるのなら、私は是非とも会ってみたい。
というわけで、今の私は絶賛―――ベッドに沈んでおります。
そう、今日はアメリカに来て3日目。昨日はずっと、それこそ今から数時間前まで余すことなく食べられておりました。いやほんと、冗談抜きで喰らい尽くされるかと思った…!
だってほぼ1日中よ?!途中、意識が飛んで眠ったりしてたけど…それを抜いたって他人がドン引くくらいには睦み合ってたもの。……これ自分で言うの死ぬほど恥ずかしい!!
(秀一が絶倫だったとは知らなかった…)
今までだって一度で終わることは少なかったけれど、ここまで抱き潰されたのは本当に初めてだ。二度や三度スることはよくあるけどね。それだってかなりキツイんだけどね?!
でも秀一って一度スイッチが入っちゃうと、なかなかオフにならないんだもの…ダメも待っても聞いてくれなくなるから、困りものだ。本気で止めたいのならば殴るなり蹴るなりすればいいんだろうけど、それをしないってことは私も本気で嫌がってないんだろうなぁ。実際、彼と触れ合うことは好きだし。
「……腰、痛い」
「だろうな」
「秀一…何でそんなに元気なの」
「これでも怠さは残っているぞ。さすがに無理ができなくなってきたな…」
「30越えた人があれだけシて、早くに起きておいて無理ができないとか言っちゃいます?!」
言葉の勢いに任せてガバッと起き上がれば、ビシッと痛みが走ってベッドに逆戻り。ばふっと枕に顔を埋めて痛みが引くのを待った。おかしい…昨日は私の方が早くに起きていたというのに、秀一の寝顔を見れたというのに、今日はもう目を覚ました時には隣にいなかったんだもん。この人。
抱き潰された時のダメージが大きいのは明らかにこっちなんだろうけど、ほぼ1日中シてたのに秀一にほぼダメージがないってどういうことなの。これでもFBIだ、秀一程ではないけれど鍛えているつもりなのに。体が資本だもん、この仕事。
ある程度、腰の痛みが引いて響かないようにそっと起き上がる。何も着ていない状態だからシーツを羽織って体を隠すことにした。だって昨日着てた服、どこにあるかわからないし…でも多分、リビング?あ、でも秀一が先に起きてたしもしかしたらもう洗濯されてるかも。
鈍い痛みがある腰を擦って溜息を1つ、そして思うことは「今日が帰国日でなくて本気で良かった!」ということです。この状態で長時間のフライトとか絶対無理。耐えらんない。
「ミルクティーを淹れたが飲むか?」
「飲みます…というか、紅茶の茶葉も買っていたんですか」
「ああ…本部にいる時に円香がよく飲んでいた茶葉が売っていたから、つい買ってしまった」
「……私も大概ですけど、貴方も甘いですよねぇ」
「好きな女に甘くして何が悪い」
コーヒー飲みながらしれっと返されたぞチクショウ。
ソリャドウモ、と何故か片言の日本語で返すのが精一杯ですよ。くくっと楽しそうな笑みを零しながらベッドに座る秀一をジト目で見て、温かいミルクティーに口をつけた。あ、甘めで美味しい…染み渡りますねぇ。
「今日はどうする?」
「せっかくだからデートでも、って思ってたんだけど…ちょっと無理そうデス。誰かさんのせいで」
「ホー…誰だろうなぁ」
「貴方ですよ貴方!他に誰がいると思って…!」
「ははっ悪かった」
その言い方、絶対に悪いと思ってないと思う。…いいんだけどさ?腰が痛い以外は何ともないし。抱き潰すクセに扱いはひどく優しいから、この人。まぁ、腰が痛くて動けないまでされてたら優しいのかどうかも疑わしい所ではあるけれども。
だけどきっと、スイッチが入っていようが何だろうが、私が本気で、心の底から本気で嫌がったら止めてくれるような人だと思っているので。冷淡そうに見えるけれど、秀一は誰よりも優しいのだ。ちょっと不器用で口数が少ないから、誤解されがちだけど。
(降谷が一番いい例なのかも…とは思うけれど)
けれど、あれは果たして降谷を悲しませない・死なせない為の偽りなのか―――それがいまだにわからないでいる。その場にいたわけではないし、組織内で囁かれていた噂達を掻き集めて知ったことだからなぁ。ちょっとだけ本人から聞いた部分もあるけど。
まだ熱いミルクティーをふうふう、と冷ましながら飲んで、チラッと秀一の顔を見る。この人はあの時、「彼のことは悪かったと思っている」と口にした。問い質せば話してくれるのかもしれないけれど、私は…それを知ってどうするんだろう。
だって聞いた所で何かが変わるわけじゃないんだもの。別にそれを降谷に伝えようとは思っていないし、いつかは知られてしまうことだろうけど…それは今じゃないし、伝えるのだって私の役目ではないから。
「お腹空きました…」
「サンドイッチとスープで良ければ作ってあるぞ」
「わっ本当?食べます!」
「なら、その前にシャワーを浴びておいで。準備をしておこう」
「はぁい」
正直、腰が痛いからバスルームまで行くのもキツかったけど…秀一に運んでください、というのも何だか癪だったので強行です。はい。
ちゃっちゃと洗って、髪を拭きながらダイニングへ戻ればスープのいい香りがした。
「円香、髪くらいしっかり拭いてこないか」
「これでも拭きましたよ?」
「まだ水が滴ってる。ほら、おいで」
頭の上にのせていたタオルは取られ、椅子に座るよう促される。この声でおいで、とか…従っちゃうよねぇ、無条件で。大人しく身を委ねれば、わしゃわしゃと強すぎず弱すぎず、絶妙な力加減で髪を拭かれる。
なーんか秀一にこうしてもらうのって新鮮な気がする…沖矢くんの姿では何度かしてもらったことがあるけれど、本来の姿でしてもらうのってもしかして初めてかなぁ。大学時代にも多分、してもらったことはなかった気がする。一緒になんて住んでいなかったし、お互いの家に行くことだって片手で事足りる程だけだったと思う…でも泊まったことは1回か2回くらい?
水気をしっかりととってもらった後は、待ちに待った朝ご飯です!…と言ってももう昼近かったので、ブランチだけどね。でも本当に秀一ってば料理の腕上げたんだなぁ、サンドイッチもスープもすっごく美味しい!
本人に言えばどちらも簡単なものだ、って返されちゃったけど、煮込み料理以外作ってなかった・料理なんてほとんどしたことなかった頃の彼を思えば、大きすぎる進歩だと思うのよね?私。
「そういえば、秀一の中で何か計画ってあったんですか?」
「何の話だ」
「この旅行中のことですよ。ニューヨークで行った場所は、私と貴方が初めて会った場所とかだったでしょう?」
「ああ…そういうことか。いや、ワシントンでは何処に行くか決めていない」
「そうなんです?」
「こっちでは仕事ばかりで、どこかに行ったことなんざなかっただろう」
そう言われてみればそうかも…ワシントンに引っ越してきたのはFBIになったからで、それまで秀一とは別々の生活をしていた。奇跡的?な再会をした後も、私達の関係は上司と部下でしかなくって。
チームで打ち上げと称した飲み会には何度か行ったけれど、今みたいに2人でどこかに出かけるとかそういうことは一切してなかったね。よくよく考えてみれば、思い出となる場所って―――それこそ、この人の下について事件を追いかけた所くらいだろうか。
「それにアメリカに来たのも、半ば思いつきのようなものだ。もちろん、思い出してもらえればという期待はあったがな」
「ふぅん…」
「まぁ、ボウヤの助言ありきの行動だが」
「え?コナンくん?」
一体、どういうこと?首を傾げると、ボウヤから思い出の場所をもう一度巡ってみたらどうか、と助言をもらったらしい。そうすれば何か思い出すかもしれない、と。
それを聞いて納得した、だから海とかプラネタリウムに連れて行ってくれたのね…私が行きたい、と言ったのも1つの要因ではあるのだろうけれど。水族館や映画は特にね。けれど、海とプラネタリウムは記憶を失くす以前に一緒に行った場所だったから。
「そっかぁ…私が思い出せたのは、ボウヤの助言もあったからなんですねぇ」
「ああ。あの言葉がなければ、お前と行った場所を巡ろうとは思わなかっただろう」
「じゃあお礼に何かお土産を買っていかないと!それにFBIの皆にも」
「そうだな、心配もかけてしまっているし」
「う、それを言われると辛い…」
秀一の話によれば、私は1ヶ月程意識がない状態だったそうで。一向に目を覚ます様子もないし、仲間達ももうこのまま目を覚まさないんじゃないか、って不安になっていたらしくてね?それはもう多大なるご迷惑とご心配を掛けてしまったわけですよ…!
それで目を覚ましたかと思えば秀一のことだけ忘れちゃってるし、という。これまた心配を掛けてしまったんだろうなぁ、と遠い目になる。
「俺も円香も有給が溜まり過ぎているらしいからな、ちょうどいいんじゃないか?これ」
「うーん、まぁそうなのかなぁ」
「こちらとしてはお前と2人きりで過ごすいい口実ができたと思っているしな」
「…それはまぁ…私だって、秀一の姿のまま一緒に過ごせるのは嬉しいですけど」
何も終わっていないし、解決したわけでもないけれど…それでも嬉しいものは嬉しいのだ。サンドイッチをパクつきながら、(目を逸らして)そう言えば、目の前に座る男は珍しく破顔した。
いや、そう珍しくもないか…アメリカに来てからはよく笑ってくれているような気がする。シニカルな笑みももちろん浮かべるけれど、日本にいる時よりかはリラックスしてるかもなぁって気がしています。
穏やかに流れていく時間に平和ボケしてしまいそうだけれど、それでもやっぱり―――この人と過ごせる時間は、何物にも代えがたい。