胸の中を占めるのは


―――この人は天才だ、と本気で思う。
ターゲットをただただ静かに見据え、呼吸を殺し、引き金を引く。その姿の何と美しいことか。

何度か任務の際に隣でライフルを構えさせてもらったことがある。捜査のノウハウも銃の扱いも、習うより慣れろ精神の人だったから。見て、感じて、覚えろの三拍子だったような気がします。そしてこの人には敵わない、と思った瞬間でもある。





「……ッ!」
「FBIっつっても、こんな弱ェ女もいるんだなぁ?!」
「ぐ、」


油断をしたつもりも、気を抜いたつもりもなかったはずだった。だが、それはあくまでも"はず"だったというだけで、確かではない。というか、今こういう状況になっているのだから油断した、気を抜きすぎだと言われても仕方のないことだと思うから。制圧できると、そう思っていたのは驕りだったのかもしれない。
ゴリ、と手を容赦なく踏みつけられ、じわりじわりと痛みが広がっていく。刺されたわけではないけれど、この力で勢い良く踏まれてしまったから骨がイッてしまっていても不思議ではないかな…利き手をやられるなんて、本当にバカじゃないのか私。
握っていた銃は蹴り飛ばされてしまったけれど、幸いというか何というか…ホルスターにはもう一丁銃がしまわれている。普段使っているものよりは小さく、殺傷能力は低いけれど。それでも何もないよりかは、マシだと言える代物だろう。

(左で銃を撃つなんて、やったことがないけれど…)

この至近距離でなら、腕や足を掠めることはできるはず。一瞬でいい、怯ませることさえできれば何か突破口が開けるはずだ。チラ、と視線を周りに向ければ、共に潜んでいた仲間達は半分以上が地面に伏せっている状態。犯人が銃を乱射してくれたせいで、ね。
予想していなかったんだ、焦りが一周してしまった犯人が錯乱してしまうなんて。それを予想できていれば、怪我なんて負わせずに済んだかもしれないのに。願わくば、死人が出ていませんように。
犯人の視線が私から外れた。その好機を見逃さず、もう一丁の銃に手をかけようとした瞬間―――犯人の肩と足からパッと鮮血が舞う。同時に倒れ込む音も聞こえた。
それが合図だったかのように、比較的軽傷だった仲間達が抑えつけて犯人を確保することに成功したのだけれど。


「先輩…」


彼も今回の作戦のメンバーの1人。万が一に備え、離れたビルでライフルを構えていたはずだ。最悪の場合、脳幹を撃ち抜けるように。ぐっと唇を噛みしめる。
私はあの人に、命を救われたんだ。本来、あの人は保険で…犯人の制圧・確保は私達に任されていたはずだったのに。

『円香、お前が指揮を取れ』

先輩の推薦もあり、この作戦の指揮を任されたのは私。陣形も、作戦も、練りに練って上司達にも何度も確認してもらってようやく太鼓判を押してもらって。…不備なんて一切ない、と自信を持っていたはずだったのにな。
それが現場で覆されてしまった。お前はまだ未熟だ、指揮を取るなんて無理だ―――そう言われているような気さえする。





「怪我の具合はどうかね?工藤くん」
「ボス…ええ、良好です。もう少しすれば銃を握れるようになるかと」
「そうか。その割には落ち込んでいるように見えるが」
「!…落ち込んでなんかいませんよ。少し、体が鈍っているだけですから」
「それなら構わんが…君は些か胸の内に抱え込みすぎる節があるようだ、悪いクセだと私は思うがね」


ボスの言葉に、私は何も返せなかった。
ただ、胸の内で燻るこの真っ黒な炎が何なのか―――わからずにいて、ひどく気分が悪い。
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