女盗賊の贈り物


『1週間後の水曜、米花町のホテルアクアガーデンに19:00!フロントには私の名前を出してね(ハート)あっもちろんイケメンの彼と2人で来るのよ! 峰不二子』

不二子さんから預かった紙に書かれていた言葉を思い出しながら、私は車を走らせていた。助手席にはもちろん秀一…ではなく、沖矢くんを乗せて。さすがに死んでいる身である秀一と連れ立って、人目の多いホテルには行けません。
不二子さんの言うイケメンの彼、とは恐らくも何も確実に秀一のことなんだろうけれど、だからといってホイホイ姿を晒すわけにもいかないし。沖矢くん=秀一だという事実を、不二子さんに知られるのもマズイけど…この人が生きているということを組織に知られる方がもっとマズイのですよ。


「さて着いたけど、…何が起きるのかなぁ」
「何もないことを祈りたいですが、相手が相手ですからね」
「だよねぇ。お腹空いたなぁ…」
「話が飛んでますよ、円香さん」


わかってるけど、仕事終わりだからお腹空いているんだもの。仕方ないじゃない。何も問題がなければ、そのままホテルのレストランで食事したい。それで家で秀一とのんびり過ごしたい、というのが私の意見だったりする。その為には早々に用事を片づけるべきだ。…何が起こるのか、全く予想がつかないけれど。
とりあえず、書かれていた通りフロントで不二子さんの名前を出すと、綺麗なお姉さんがにっこり笑って「工藤様でいらっしゃいますか?」と問いかけてきた。何故私の名前を、と訝し気ながらも頷けば、こちらをどうぞ、とカードキーを渡されたんですけれども。ホテル名が書かれているし、誰がどう見てもこれはルームキーよね…?一体、どういうこと?


「お部屋は最上階の一番奥にございます。チェックアウトのお時間は明日のお昼12時でございますので、ごゆっくりお過ごしください」
「は、はい…?」
「それからお代はすでに峰様よりお支払い頂いておりますので、そのままお部屋に行って頂いて大丈夫ですよ」


何ですと?!思わず沖矢くんを見上げれば、彼も驚いた顔をしていらっしゃる。てか、マジで何なんだよ不二子さん…?!
とはいえ、フロントのお姉さんに理由を問い質すわけにもいかないし、このまま呆けているのも邪魔になってしまう。つまりはルームキーを受け取って、部屋に行くしか手はないわけでして。
お姉さんには気がつかれないよう溜息を吐いて、沖矢くんと一緒にエレベーターへ乗り込んだ。


「すっご……」
「ホー…これはまた、すごい部屋だな」
「あっまた変声機切って…!」
「確認はしてある、大丈夫だ」
「いや、いつの間に確認したんです?!」


不二子さんがとっていた、という部屋は、まさかのスイートルームでした。開いた口が塞がらない、というのは、正にこのことだと身をもって知ることになるとは思わなかったけど。この部屋、1泊いくらぐらいするんだろう…怖いけど、ちょっと気にはなるわよね。
それにしても、…本当に不二子さんの真意がわからなくて戸惑う。メモを渡された時、つまみ食いしようとしたお詫びって言っていたけど、もしかしてそのお詫びとやらがこのスイートルームってこと?

(いや、仮にそうだとしても…お詫びのレベルが違い過ぎるよ、不二子さん)

部屋の中に何か仕掛けられているかも、とちょっと疑ったけど、沖矢くん曰く、盗聴器は仕掛けられていないし、心配はしなくても良さそう。まぁ、何が起こるかわかんないのは変わらないけど。本当にお詫びなのか確認のしようがないからね。
その反面、絶対に泊まることがないであろうスイートルームに足を踏み入れられたというのは…ちょっと、いや結構、浮かれてます。だって自分のお金じゃ無理だもん…!というか、今まで興味を一切持っていなかったっていうのも理由なんだと思うけど。
部屋の真ん中に設置されているソファに腰を下ろせば、ふっかふかでまたもやビックリ。ちなみに沖矢くんは洗面所で変装を解いている真っ最中です。盗聴される心配も、盗撮される心配もなさそうだから、それなら本来の姿に戻ってくれるらしくて。さすがに不用意にレストランへは行けないけど、って言われちゃったけどね。
ルームサービスでも頼もうかなぁ、と考えていると、ジャケットのポケットに入れていた携帯が震えていることに気がついた。長さ的に電話だけど…あれ、非通知?なぁんか嫌な予感しかしないけど、とりあえず出てみよう。


「…はい」
『あっ子猫ちゃん?部屋には入れたかしら?』
「不二子さん?!」
『そーよぉ?何でそんなに驚くのかしらね』
「貴方が私の連絡先を知ってるからじゃないですかね…!」


私は一切、連絡先を教えた覚えはない。行動を共にしていたルパンだって、次元だって、私の連絡先を知らないはずだ。さすがにそこまでは調べていないだろう、と思っていたけれど…そうではなかったらしい。
彼女は綺麗な声で笑いながら、このくらいは造作もないわ、と言っている。恐らく、ルパン辺りが調べて教えてもらったんだろう。調べたのがあの男だ、と言われれば、やっぱりかと頷くしかないし。


『どーお?気に入った?そのホテルで一番いい部屋よ』
「はぁ、まぁすごい部屋ですし、素敵ですけど…何でこの部屋を?」
『言ったでしょ?お詫びだ、って。その部屋でイケメンの彼と甘い夜を過ごすといいわ』
「あまっ…?!貴方、何言って…っ」
『うふふ!今度会った時に、どんな夜を過ごしたか教えてちょうだい♪それじゃあね、子猫ちゃん!』
「あっちょ、…!!」


静かな空間にツー、ツー、と通話を終了した音が響き渡っている。私はといえば、携帯片手に呆然としています。何かもう…本当に嵐みたいな人だな、不二子さんも!
はぁ、と大きな溜息を吐いてソファに沈み込んでいると、洗面所に籠っていた秀一が顔を出した。疲れきった私の顔を見て、僅かにだけど眉間にシワが寄る。


「電話か?」
「ええ、不二子さんから…この部屋はつまみ食いしようとしたお詫び、だそうです」
「詫びのレベルではないがな、どう見ても」
「それは私も同意します。…けど、それ以外に意図はなさそうだったので大丈夫だとは思いますけど」
「そうか。それならとりあえず、夕食にしよう」


水滴を拭っていたフェイスタオルをソファの背もたれにかけ、ローテーブルに置かれていたメニューを手に取った秀一が隣に腰掛ける。何が食べたい、と問いかけながら、さり気なく肩を抱き寄せてしまうのは全くもってすごいと思う。これ特技みたいなものなんじゃないか?何でスマートにこういうことができちゃうんだろう、この人…その度に私はドキドキして仕方がないというのに。
いまだドキドキしている心臓を無視して、なるべく肩に置かれた手の感触を意識しないようにして、開かれたメニューを覗き込んだ。あれ?ルパン名義で泊まっていたホテルのルームサービスより、大分リーズナブル…って、それもそうか、あっちは結構な高級ホテルだったけど、今いるこのホテルはそこまでではない。このスイートルームは除いて、だけれども。この部屋までリーズナブルとか、そんなわけはない。部屋の造りとか、諸々を考えると。


「ところで顔が赤いようだが、何か言われたのか?」
「……え。」
「ク、ずいぶんとマヌケな面だな?円香」


頬杖をついて口角を上げる姿は、ものすごく様になっているけれど、触れられたくない部分に触れられてしまった気がする。不二子さんと会話をしていたのはほんの数分だ、確かに赤面するようなことを言われたけれど、いまだ顔に出ているとは思わなかった。…あ、肩を抱き寄せられた時にまた赤くなったのかな。
そうだ、その言い訳があるじゃないか。何も素直に彼女との会話を教えなくてもいいんだった。密かに頷いて貴方のせいですよ、と口にしたものの、秀一はやけに自信満々にそれは違うな、と返してきちゃったよ。
当たってるけど!当たってるんだけれども!!今はそのまま流されてほしかったです…!


「本当に秀一のせいですもん…」
「お前は嘘が下手だな。だとすれば、さっき言葉に詰まることもなかっただろう?」
「ッ、あ、顎クイッてしないでください!ときめく!!」
「ホー…?それはいいことを聞いたな」


あ、しまった。墓穴掘った。ひくっと口元を引き攣らせていると、触れるだけのキスを落とした秀一が「何を言われた?」と再度問いかけてくる。
これはもう観念するしかないのか…!


「円香?」
「…貴方と、甘い夜を過ごすといいわって…」
「ふ、それはそれは…あの女にしては気が利いたことをしてくれる」
「しゅ、秀一…?!」
「ただでさえ、かなりの時間お預けを食らっていたんだ。それに加え、安室くんからの告白だろう?…加減などしないからな、覚悟しろ」


ぺろり、と自身の唇を舐めるその仕草は、私の心臓をひどくざわつかせた。これは、…夕飯はお預けかなぁ。
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