彼女の魅力は、
安室くんに連れて来られたのは、とてもオシャレなイタリアンレストラン。こういうお店を知っているから、女性にモテるのかしらね…美味しいワインとピザに舌鼓を打ちながら、そんなことをぼんやりと考える。
外観からして素敵だったお店は、内装も素敵で、ついでに言えば少し薄暗い照明がこれまたいいお仕事をしています。カップルが多いのも頷けるかな。…こうやって店内やお客さん達を観察しちゃうのは、どうにも職業病よね。うん。
「気に入ったみたいだな、この店」
「ん?うん、料理もワインも美味しいし。それに外観や内装も素敵なお店ね」
「そりゃあ工藤が好きそうな店を調べたからね」
あ。と大きく口を開けながらピザを頬張っている安室くんは、何てことはないという風に爆弾をぶん投げてくれました。じわじわと上がってくる熱は、どう説明をしたらいいんだろう。というか、何で私の周りにいる男性達はこうも恥ずかしくてキザなセリフをいとも簡単に口にできるのかしら。
さっきの安室くんの言葉はまだマシな方だけど、…でもそれって私のことを考えて調べたってことでしょう?そんな言葉、イケメンに言われてみなさい。一発で堕ちるから。
(生憎、私は彼に興味がないからアレだけど…でも照れはするよ、どうしたって)
安室くんに興味がなくとも、好意を持っていなくとも、どうしたって甘い言葉は言われ慣れていない。それはつまり、照れる理由としては十分だということ。ただでさえ、恋人である秀一に言われることも慣れていないのに…。
頬の熱を誤魔化すように、グラスに残っていたワインを一気に飲み干した。とにかくさっきの言葉は忘れることにしよう。美味しい料理とワインに集中しよう。そうじゃなきゃ彼にからかわれる…!
「…というか、何で急に食事に誘ったのよ」
「ん?気になるのか?」
「そりゃあね。だって君、私達のこと思いっきり敵視してるじゃない」
「ええ。早く日本から出て行け、とは思ってますよ?」
「はぁ…尚更わからない。何でそんな風に思ってる相手を誘うのかしら」
嫌いな相手と2人で食事だなんて、どう考えたって楽しくはないだろう。どんなに料理やお酒が美味しくても、空気がギスギスしていたら不味くなるし、むしろ味すらわからない可能性だってある。
食にそこまでこだわるわけではないけれど、仕事に余裕がある時はなるべく美味しいものが食べたいと思うし、誰かと食事をするなら少なくとも穏やかな空気の中でがいいもの。誰だって空気が悪い中で食事はしたくないでしょう?
それなのに、…安室くんはケロッとした顔で食事してるし。気にしていないのか、それとも誘わなければならない程の事情があるのか。意図が読めないな、と溜息を吐いた時、にっこり笑った彼が「話はデザートを食べながらにしましょう」と言った。
程なくして運ばれてきたデザートは、ドーム型のスポンジケーキ。クリームなどが飾られているわけでもなく、本当にシンプルなケーキだった。何だろ、これ。私のイメージするケーキってフルーツやクリームで飾り付けられた、そんなやつなんですけど。
特にウェイターさんはデザートの説明をするでもなく、2人分のケーキとコーヒーを置いて去っていかれましたとさ。
「ああ、初めて見ます?これ、ズコットって言うんだ」
「ズコット…?」
「そう。フィレンツェで生まれたお菓子で、聖職者の被る小さな帽子のズコットに似てるからその名がつけられたらしい」
「へぇ」
「中にはチョコレートやアーモンドクリームが入ってる。工藤も気に入ると思うけど」
甘いもの好きだろう?
頬杖をつき、またもやにっこり笑った安室くん。その仕草はカッコイイというより、可愛らしい。ハニーフェイスだ、と組織内でも囁かれていたけれど…うん、確かにそうかもね。29歳には到底見えない。
「…ん、これ美味しい」
「気に入った?」
「うん、見た目も可愛いし」
「王道のティラミスとかジェラートでも良かったんだけど、食べたことないものの方が喜ぶかなって思ってさ」
…何だろう。今日の安室くんは何か、いつもより優しい感じ?
「なんです?眉間にシワ寄せて」
「いや、…今日は突っ掛かってこないんだなと思って」
「ああ…別にいつでも突っ掛かってるわけじゃない。それに今日は仕事抜きで会ってるんだし、それくらいは弁えてる」
だったら、いつも突っ掛かってこないでください。とは、ちょっと言えそうになく、ケーキと一緒に飲み込んだ。
それにしても、彼が私に話したいことがあるのは確かってことになるのかな…話はデザートを食べながら、って言っていたくらいだし。あの口振りは誤魔化そうとしているわけでも、話を逸らそうとしている感じでもなかった。
コーヒーを口にしながら考えても、一向に用件に心当たりがない。この優し気な雰囲気に関係はあるのかな、それとも全く関係ないのかな。まぁ、どっちでもいいけどさ。話す気がないってわけでもなさそうだし、安室くんが口を開こうとするまで待つしかないか。そう思い直して、残りのケーキを口にした。
「…で、食事に誘った理由だけど」
「あ、はい」
「単純に工藤に会いたかった、ってのは…ナシ?」
「…………は?!」
思わず、持っていたカップを落としそうになったのは言うまでもない。落とす前にソーサーに戻そう、と手を下ろしたけど、思っていたよりも動揺しているのかガチャン、と派手な音がする。そしてコーヒーがちょっと零れました、ごめんなさい。
当の本人である安室くんは素知らぬ顔でにこにこ笑ってるけどな!なんだよ、原因は他でもない君なんだからね?!
「ええっと、…ちょっと待って?私、君に嫌われてるわよね?」
予想もしていなかった斜め上をいく理由を、どうにか理解しようと頭をフル回転。そうしてようやく紡げた言葉が、さっきのだ。
だけど、彼は私の言葉にきょとんとした表情を浮かべていて、私も一緒に首を傾げる羽目になったんだけど。
「なぁ、工藤。貴方、もう忘れてるのか?」
「わ、忘れてるって何のこと…」
「いつぞやのカフェで言っただろ?貴方は魅力的だ、と」
―――忘れてなんか、いない。
ただ、信じていないだけだ。彼のこの言葉は嫌がらせでしかない、と…そう思っているだけだ。秀一にいくら危機感を抱け、と警告されても、どうしたって信じることができなかったの。
だっておかしいでしょう?敵視している組織に属する私を好きだなんて、そんな戯言。あの時だってボウヤに私のことが好きなのか、と聞かれて応と言っていた。そして頬にキスまでされた。そこまでされても尚、手の込んだ嫌がらせだなぁと思っていたのだけれど。
(だけど、…あれ?何だか雲行きが怪しいというか、)
だらだらと冷や汗が流れる。だって何か、安室くんの顔からは全くそういう負の感情を感じ取れないんだもの。冗談を言っているようにも見えなくて、どんどん焦りが生まれてきた。
これは、本当に、彼自身が言う通り、秀一の言っていた通り…私のことを好いている?ようやくそれを理解した瞬間に、ぶわり、と熱が上がった。
「ちょ、えっ、…あれって、嫌がらせとかじゃ、なくて?」
「さすがの僕でも嫌がらせやら何やらで、あんなセリフ言いませんよ。仕事で必要ならしますけど」
「もう理解が追いつかない…!」
「簡単に言うと、貴方が好きだってことですよ。工藤」
改めて言葉にされてしまうと、どう反応したらいいのかわからない。
秀一以外の人とつき合ったことがないわけではない、その時に好きだと言われてもいた。…けれど、こんなに真摯な瞳で言われたのは今までに経験がない。秀一以外には。
「貴方の答えはわかってるんです。わかってるんですけど、それでもどうしたって諦めきれない」
「っ、」
「望みがなかろうと、はいそーですかなんて簡単に言える程…簡単なものじゃないんだ」
「安室く…」
彼のこんな真剣な表情、初めて見たかもしれない。何も言えなくなってしまった私を見て、安室くんは笑みを浮かべて出ましょうか、と立ち上がる。コーヒーがまだ残っていたけれど、こんな状態で飲もうと思う気持ちは湧き上がってこなくて…申し訳ない、と思いつつ、彼の背を追うように立ち上がった。
ああもう、顔が熱い…こんなに照れることになろうとは、予想すらしていなかったわ。いや、予想で来ていたらそれはそれでどうかと思うけど。
(…もし、もしも秀一が本当に死んでいたとしたら、私は安室くんの告白に頷いていたのだろうか)
追いついた背中―――さっさと支払いを済ませている彼を見ながら、そんなことを考える。真摯な瞳で、あんな甘い言葉を吐かれたらきっと誰でも照れる。私もその枠に入っていたようで、まんまとどきりとさせられたし。嫌だとは感じなかったけれど、…ときめきとは少し、違ったようにも思う。
好意を持たれることは素直に嬉しいと思えるし、それこそ嫌な気はしないけど。それでもやっぱり、私の心を揺り動かせるのはあの人だけなんだと実感してしまう。まぁ、照れてしまった時点で揺り動かされてしまったような気もするんだけど。
「私は―――…きっと、一生、君の想いには応えられないと思う」
「…ええ、そうでしょうね」
「それなのに、諦めないの?」
「僕の貴方に対する想いは、そう簡単に捨てられるものじゃないんですよ」
くるっと振り向いた安室くんは、どこかスッキリとした表情を浮かべていた。
「工藤が誰とつき合っているのかも、けれど心の奥底で誰を想っているのかもわかっているつもりだ」
「……」
「だからって、貴方を諦める理由にはならないだろう?好きでいることは、自由のはずです」
「変な人…」
「どうとでも。いつかきっと、貴方を奪ってみせる」
秀一とは違う熱情だと、直感でそう思った。きっとこの瞳に、腕に囚われたら最後、逃げることは叶わないのだろうと悟る。
僅かな狂気を含んだソレは、確実に安室くんの瞳の奥に宿っているのだ。
「円香さん」
ハッと我に返ったのは、聞き慣れた声に名前を呼ばれたから。振り向いた先にいたのは予想通り、沖矢くんだった。
な、何で彼が此処に…?!安室くんと食事に行くことは言ってあるけど、場所までは私もわかっていなかったから伝えていないのに。ふっと視線を動かせば、路上に彼の愛車であるスバル360も停まっていた。ドライブでもしていたのだろうか?
「沖矢、くん…」
「息抜きにドライブをしていたら姿を見かけたもので…お邪魔でしたか?」
「え?えっと、あの」
「…いいえ、食事はさっき終わりましたから。送っていくつもりだったけど、その必要はなさそうですね」
ではまた、連絡しますよ。工藤。
そう言って踵を返した安室くんは、闇に溶けていくように姿を消した。その場に残ったのは沖矢くんと私の2人だけ。何とも言えない空気が流れているのはきっと、私の気のせいではないと思います。
ただでさえルパンとのことで彼は怒っているというのに。…安室くんと食事に行くことを言った時だって、あまり承諾したくなさそうな感じだったし(電話だったから顔は見えなかったけど)。
「円香さん、帰りますよ。いつまでも此処で突っ立っていたら風邪をひく」
「あ、うん」
するり、と手を引かれて、助手席へ。その動作は普段と変わりないように思えるし、ちらりと見た横顔も普段通りで感情が読めない。家に帰ったら、わからないけれど。
…あ、自分で考えておいて何だけど、ちょっと寒気した。
「…ドライブって、本当?」
「ええ、本当ですよ。さすがに貴方が彼と行った店までは特定できません」
「いや、ほら、盗聴とか…」
「貴方に盗聴器?…ク、それを仕掛けられていたら職業的にどうかと思いますね」
ですよね。それは私も思った。完全に捜査官失格です、気がつけよこの野郎って話になるよね。確実に。
けど、沖矢くん…というか、秀一だったらやりかねない、と思って、そろっとジャケットやワイシャツの襟辺りを探ってみる。一通り確認した所で、最近は家に帰っていないんだったと思い出しました。仕掛けられるわけもなかった…!
運転しているから当たり前だけど、一部始終見ていたらしい沖矢くんはふふ、と楽しそうな笑みを浮かべていらっしゃる。相も変わらずSっ気たっぷりですね君は!!
「それで?俺の忠告はようやく理解してもらえたのかな?」
「ええもう存分に…!絶対に嫌がらせだと思ってたのに」
「彼の目を見ればわかる。俺と同じだ」
キキッとブレーキがかかる。視線を前に向ければ、信号が赤く光っていた。ああ、だから停まったのか…なんてぼんやり考えていると、ふっと翳った。その影が何かと理解する前に、唇に柔らかいものが触れる。その感触でキスされた、と気がついたのだけれど。
だからっ…沖矢くんのままでそういうことしないで、って何度も言ってるのに……!
「ちょっと沖矢く、」
「…黙って」
もう一度だけ、と言うようにキスをされて、信号が青になるまえに唇が離れていく。僅かに開かれた翡翠の瞳には、仄暗いソレが垣間見えてゾクリ、と背中が震えた。けれど、抱くのは決して恐怖ではない。しいて言えば、悦び―――と呼べるものかもしれない、と内心思っている。
それもそれでどうかと思うのだけれど、どうしたってこの人には敵わなくて、何をされてもそれを本気で嫌だと思えないのだから…もうどうしようもない程に溺れているのだろう。窮屈すぎるかもしれないこの愛も、私にとってはひどく甘くて、温かなものだから。
「今すぐ押し倒したいが、…今日はゆっくり休んでください」
「なにそれ、すっごい不穏な言葉だね?!」
「心外ですね。我慢すると言っているのだから、褒めて頂きたいくらいですよ」
やっぱり不穏だよ!だって纏ってる雰囲気が穏やかじゃないもの!!ああもう…熱くなってきた頬に手を当てながら、視線を窓の外へと移した。
絶対にスイッチ押しちゃうから、火をつけちゃうから言ってあげないけど、…何も我慢しているのは貴方だけじゃないんだからね。自業自得の結果だし、仕方ないとは思っているけれど、私だって貴方に―――秀一に触れたくて仕方ないんだから。