行き先、旅先、何処へでも
ぼんやりと見ていたテレビ。別に見たくて見ているわけではない。ただ、沖矢くんが真剣な顔をしてパソコンとにらめっこしているからつまらないだけ。静かな空間も好きだけれど、全く構ってもらえないのがつまらなくて、淋しくて、だから面白いわけでもない番組を見続けている。…こういうことも不毛だ、と言うのかしら。
ふ、と息を吐き出して、傍らにあったクッションをこれでもか!ってくらいに、ギューッと抱きしめる。ふわふわとした手触りのそれは、少し力を入れるだけで形を変えて。ああ、あんまり入れ過ぎると変形しちゃうかも…人様の物なのに、と思うのだけれど、それでも力を緩めることはしなかった。
「…あ、」
思わず声が、漏れた。小さすぎる声はあっという間に溶けて消えていく。きっと集中している沖矢くんの耳には届いていないだろうな。チラッと視線を向けると、そこには変わらずパソコン画面をじっと見つめカタカタとキーを叩いている彼の姿がある。
…改めて見てみると、沖矢くんの顔というのは女受けする顔だなぁと思う。人当たりが良さそうで、優しそう。それが初めて見た時の印象だった、と思う。いつか、秀一の姿でも眼鏡をかけてくれないだろうか。絶対似合うと思うんだ。
(…あれ?だんだん話が逸れてきた気がする)
脳内で、胸の内で自分相手に淡々と言葉を並べていたはずなのに、気がつけば話が逸れていっていることに気がついた。誰と会話しているわけでもないのに、何をしているんだろうと思ったのは当然のことだと思う。
ええっと、…そうだ、テレビで見た映像に反応したんだった。沖矢くんからテレビへ視線を戻した時にはもう、私が思わず声を上げた映像は全く違うものへと変わってしまっている。それもそうか、こういう番組は数分単位で映像が変わっていくものだし。それでも脳裏には印象的なあの映像が、きちんと残っているのだけれど。
「何か気になる映像でもあったのか?」
「え?」
見られていたことにも、気がつかれていたことにも驚いたけれど…それ以上に驚いたのは、声が秀一のものだったから。沖矢くんの姿をしているのに、聞こえる声が彼のものだというのはいまだに慣れないなぁ。一瞬だけビクッとしちゃう。
「ずいぶんと集中していたので、聞こえていないものだと思っていました」
「別のことに集中していても、声くらい聞こえるさ」
「考えてみれば貴方ですもんね、そのくらいできそうです」
「それで?」
パタン、とパソコンを閉じた秀一は、普段は閉じているその翡翠の目を開いてこっちに向き直る。仕事は終わったのだろう、これは完全に問い質す気満々ですね。まぁ、隠すつもりなんて毛頭ないのだけれど…なんだろう、この尋問っぽい感じは。はは、と苦笑を漏らしつつも、もう見ないであろうテレビの電源を切った。
「円香?」
「ハワイの映像がね、映ったんですよ」
大学からアメリカで暮らしているものの、勉強やら何やらに追われて他の州に行ったことなどほとんどない。FBIに入ってからなんて尚更だ。何度か兄さんに誘われたこともあったけど、家族旅行だと聞いてしまったら行くわけにもいかないでしょう?兄さんと義姉さん、そして甥っ子である新くんと旅行なんてとても魅力的ではあったけれど。だから、誘われる度に断っていたのだ。
それ故、一度もハワイに行ったことがないというわけです。とは言え、何もハワイに行ってみたいなーいいなーって気持ちで声を上げたわけではない。私が声を上げた理由は、…ハワイのとある海辺で男女が2人きりでの結婚式を挙げていたから。
「夕暮れの海がとても綺麗で、行ってみたいなぁって…」
そう思っただけ。本当のことは口に出さず、濁らせて頂きました。さすがに言えないもの、まるで催促しているみたいで嫌だし。
「―――行くか、旅行」
「は?」
「さすがにハワイは無理だから、それはハネムーンまで取っておいてくれ」
「あ、はい。わかりました。……ってそうじゃなくってね?!」
「なんだ、行きたくないのか?日本にも綺麗な海くらいあるだろう」
うん、あったと思いますけど!でも私が言いたいのは、そういうことでもなくって!!
「ちょうどジェイムズからお前に休暇をやりたい、と言われていたんでな」
「え?ボスが?というか、何で本人ではなく貴方に言うのあの人…!」
「お前自身に言っても聞く耳持たん、ということがわかっているからだろう」
上司2人にそう思われてる私って一体…だけど、反論できない辺りが悲しい所ですよね。確かに休暇を取れ、と言われても、まだイケますとか大丈夫ですとか返す気はする。休んでいる暇があったら、組織を壊滅させる為の糸口とかその他諸々を探るべき、と思っているしね。でも休暇、かぁ…日本に来てからというものの、怪我をした以外で仕事を休んだことってほとんどないかも。それこそ無理矢理、休め!って言われない限りは。
気を張って体を動かした所で、今の所、組織に関する情報は何ひとつ入ってきていない。掴めていない。だから、と言うわけではないだろうけど、休める時に休んでおくというのは正しい判断なのかもね。
うーん、と考え込んでいると、秀一は閉じたはずのパソコンを開いてまたもや何かをしている最中だった。仕事、ってわけではなさそうかな…だって一度、閉じているわけだし。覗いても構わないだろうか。さっきまでの考え事を放り投げ、秀一に腕を伸ばすと、それに気がついた彼が私が触れるより数瞬早く体を抱き寄せた。ビ、ビックリした…!いきなり抱き寄せられるとは思わないもん!!
「な、なに…?!」
「円香が触れたそうにしていたんでな、先手を打ったまでだ」
「…そんな物欲しそうな目で見てませんよーだ!ただ、何を調べているのか気になっただけです」
私の言葉にああ、とひとつ頷いた秀一は、膝の上に載せていたパソコンの向きを僅かに変え、私にも見えるようにしてくれた。そして画面に映し出されていたのは―――…とても綺麗な、海の画像。
うん?海の画像?仕事ではないだろうな、と思っていたけれど、まさかの展開に思考が追いつかない。何でこの人は海の画像を検索してるの?好きだったっけ?
「やはり海が綺麗なのは沖縄のようだが、今回は近場で手を打った方がいいだろう。そう長い休暇でもないからな」
「え?え?ちょ、待ってください、何の話?」
「?旅行の話だが」
さっき話したばかりだろう。
そう零した彼の声には、僅かばかりの呆れが混じっていた。ええ、まぁ確かに旅行に行こうって話はしてましたけどね?まっさか本当に行こうとしているとは思わないじゃないですか!!ああもう、本気で頭抱えたい…!
言葉通りに頭を抱えていると、焦ったわけでもなく至って普段通りの声音で「行きたくないのか?」と尋ねられた。行きたくないのか?ですって?
―――ガバッ
「行きたいに決まってんでしょーが!!」
「なら、頭を抱える必要もないだろう」
「場所云々でも、行く・行かない云々でもなく、秀一の行動の早さと危機感のなさに頭抱えていただけですよ」
捜査官である自覚、そして身を潜めていなければならない自覚があるんですか。貴方は。
「自覚はあるさ。…だが、たまには息抜きをさせてやるのも恋人の務めだろう?」
「…ここでそういうこと言い出しますか……!!」
「本当のことを言って何が悪い。それで?何処がいい」
はぁ、と溜息をひとつ吐き出し、パソコンへと視線を移した。何処がいい、と聞かれても、私が見たのはただの海の画像なわけで…それが何処の海なのかなんてわかるはずもない。よくよく画面を見てみると、画像の下には何処の海なのかきっちり住所まで書いてありました。
わ、近い所だと伊豆辺りに綺麗な海があるのね。意外だわ。
「沖縄も行ってみたいですけど、近場と言うなら伊豆ですかねぇ…ここ、綺麗ですし」
「伊豆なら温泉地でも有名だな」
「ああ、確かにそうですね。観光名所でもありますし、行く所には困らなそうです」
「ならば、行き先は此処でいいな。次は―――…」
えらく楽しそうですね?相棒さん。